サッカーバスク国代表
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| 国または地域 | ||||
| 協会 | バスクサッカー連盟 | |||
| 監督 | ホセ・アンヘル・イリバル | |||
| 最多出場選手 | ? | |||
| 最多得点選手 | ジューレン・ゲレーロ(6得点) | |||
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| 初の国際試合 | 1915年1月3日対カタルーニャ 6-1 |
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| 最大差勝利試合 | 1937年8月29日対デンマーク 11-1 |
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| 最大差敗戦試合 | 1980年8月31日対ハンガリー 1-5 |
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サッカーバスク代表(バスク語:Euskal Selekzio)は、スペイン、バスク州におけるサッカーの代表チームである。
バスクサッカー連盟がFIFAおよびUEFAに加盟していないため、FIFAワールドカップやUEFAヨーロッパ選手権には参加できない。チームは主にアスレティック・ビルバオなどのリーガ・エスパニョーラ所属クラブのバスク人選手から選抜される。
最初の試合は1915年1月3日に行われたカタルーニャとの試合で、バスク側が6-1で勝利した。
最初にスペイン国外で試合を行ったのはスペイン内戦最中の1937年だった。バスク自治政府の初代大統領にしてアスレティック・ビルバオの元選手でもあったホセ・アントニオ・アギーレは、バスクの資金集めのために、バスク代表による国外ツアーを考案した。チームは1937年4月のフランスを皮切りに、ソビエト連邦や北欧を含むヨーロッパ各地とメキシコを周った。1938-39シーズンにはメキシコの国内リーグに参加して、17試合13勝1分3敗の成績を残している。
地域の独自性が否定されていたフランコ独裁時代を経て、体制転換後の1979年に再びバスク代表としての活動を行われるようになった。1993年以降は、毎年クリスマスの時期に世界の代表チームを招いて親善試合を行うのが恒例になっている。
[編集] 過去の選手
- GK
- DF
- アンドニ・ゴイコエチェア・オラスコアガ
- ラモン・アレサンコ
- ヨン・アンドニ・ゴイコエチェア
- ビセンテ・リザラズ(フランス国籍)
- ラファエル・アルコルタ
- アイトール・カランカ
- イバン・カンポ
- アシエル・デル・オルノ
- MF
- FW
[編集] 外部リンク
- バスクサッカー連盟(バスク語、スペイン語)
- RSSSFによるバスク代表の記録
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