サイレントシャフト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
当時の三菱エンジンの多くに採用されたサイレントシャフト

サイレントシャフト(Silent shaft)とは、三菱自動車工業が自社の直列4気筒および直列2気筒エンジンに用いていた、バランスシャフト商標及び特許である。

概要[編集]

MCA-JETとサイレントシャフトの双方を採用した初代ギャランΛ(A135A)のアストロン80 G54Bエンジン

開発は1960年代から進められていた。当時、自動車部門を分離する前だった三菱重工業は今後の中心事業を「自動車か、船舶か、それ以外か」と決めかねていた時期で、他メーカーとは違いまだV型6気筒エンジンの生産ラインを持っていなかった[注釈 1]同社において、大規模な設備投資が必要な事案には慎重にならざるを得なかった。そこで苦肉の策として「4気筒でも6気筒に負けないパワーと静粛性」を得られるサイレントシャフトが生み出された[1]

1974年12月に同社の軽自動車ミニカF4」(A103A型)用の直列2気筒2G21型エンジンに搭載されたのが最初であり、翌1975年には2,000ccを超える直列4気筒である三菱・4G5系エンジンにも続々と採用されていった。

サイレントシャフトは、「ランチェスターの法則」で知られるイギリスフレデリック・ランチェスターによって1900年代初頭に発明されたランチェスター・バランサーの一種であるが、サイレントシャフトが特徴的なのは、2本のシャフトの位置を上下にずらし、エンジンの振動のみならず、起振モーメントをも打ち消していることである。同社は1975年当時の販売店向けカタログ[2]にて、当時三菱が開発を進めていた公害対策技術であるMCA共々、大々的に宣伝を行い[3]、サイレントシャフトの振動抑制性能を称して「V型8気筒に比肩する」とまで称していた。また、「80年代の理想を追求した未来派エンジン」[4]とも称され、サイレントシャフトを搭載した直列4気筒エンジンは、そのエンジン本来の通称の末端に80を付け、「アストロン80」「サターン80」などと名付けられ、それ以前のエンジンとの区別が行われた。

サイレントシャフトの登場によるランチェスターバランサーによる完全バランス達成はその後の直列4気筒の設計手法そのものに深い影響を与えることになり、三菱は後にフィアットサーブポルシェにサイレントシャフトの特許使用を認可、各社の2,000cc以上の大排気量直列4気筒エンジンに採用されることになった。また、当時三菱と提携していたクライスラー(ダッジ及びプリムス)の販売ルートにエンジンのOEM供給[5]を行う事で、サイレントシャフト搭載エンジンは北米市場にも拡販されていった。また、韓国現代自動車にもクライスラーと同様の形でサイレントシャフト搭載エンジンの供給が行われ、韓国国内でも販売が行われた。

2005年に発表された三菱の新型エンジンでは通常のランチェスターバランサーになっている模様である。これはサイレントシャフトの特許自体は2本のバランスシャフトの配置とシャフト本体の形状に対して掛かっているため、たとえ三菱製エンジンで採用されるバランスシャフトであっても、シャフトの位置関係や形状がサイレントシャフトの原特許と異なる場合には、厳密にはサイレントシャフトに該当しなくなるためである。

なお、サイレントシャフト以前から各社でランチェスターバランサーの研究自体は行われていたが、シャフトの配置及び基本形状を三菱が特許で押さえてしまったために、各社はシャフトの配置についてはサイレントシャフトと異なる形とし、特許抵触の回避が不可能な部分については三菱との個別交渉で許諾を得ることで解決を図った。サーブの場合はB234エンジンにてサイレントシャフトとは異なるシャフト配置を採り、ポルシェの場合には自社のトランスアクスル技術とのクロスライセンス契約を結ぶことで、サイレントシャフトと同じ配置のバランスシャフトの採用に漕ぎ着けた経緯がある。

国内他社の採用例としては、直列2気筒では富士重工業EK23型エンジンダイハツ工業ダイハツ・AB型エンジン直列3気筒ではスバル・EF型エンジン、直列4気筒では本田技研工業F22A型エンジンマツダL3-DE型2.3Lエンジン、日産自動車QR25DEトヨタ自動車トヨタ・AZエンジン(2.4L、2.5L、2.7L)などにサイレントシャフトと類似した2本シャフトが用いられていた。

欠点[編集]

バランスシャフト全般に共通する欠点でもあるが、サイレントシャフトはクランクシャフトからタイミングベルトタイミングチェーンを介して[6]駆動力を受け取って回転するために、馬力のロスが確実に発生する。また、クランクシャフトの2倍の速度で回転する関係上、サイレントシャフトの軸受けの潤滑はエンジンオイルにとっても非常に過酷なものとなり、高回転域では焼き付きが発生する可能性も高くなった。そのため、モータースポーツなどにおいてはサイレントシャフトを除去することで馬力のロスとメタル軸受け焼付きの問題を回避する手法が採られる[注釈 2][7]こともあった。

脚注・注釈[編集]

脚注

  1. ^ 30年間乗っている"ランタボ"のお礼参り - 三菱自動車公式HP
  2. ^ 1975年式 三菱・ギャランGTOカタログ
  3. ^ 1976年式初代三菱・ランサー販売店カタログ - 三菱ランサー (1976年10月)- 北埼玉自動車商会
  4. ^ 1976年式三菱・ランサー販売店カタログ - 北埼玉自動車商会
  5. ^ 1981 Plymouth Reliant and Dodge Aries K-cars - allpar.com - クライスラー・Kプラットフォームへのエンジン供給例
  6. ^ 4G6 DOHC SOHC ENGINE 整備解説書
  7. ^ Bowen, Robert (January 15), How to Build Max-Performance Mitsubishi 4G63t Engines, S-A Design, ISBN 978-1932494624 

注釈

  1. ^ 三菱初のV6エンジンとなる6G7型エンジン1986年に登場する。
  2. ^ 三菱・4G6型エンジンのうち、4G61のみサイレントシャフトが搭載されなかった。4G6型においては、この4G61の内部部品を流用する事でサイレントシャフトを除去する改造が行えた。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 兼坂弘著「究極のエンジンを求めて」
  • 4G6 DOHC SOHC ENGINE 整備解説書 , 三菱自動車工業株式会社 ,1992年9月

外部リンク[編集]