サイゴン条約

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サイゴン条約ベトナム語: Hòa ước Nhâm Tuất/和約壬戌)とは、1862年阮朝越南国とフランスの間で結ばれた条約。壬戌条約とも称する。この条約を第1次サイゴン条約と称し、1874年に結ばれた条約を第2次サイゴン条約ベトナム語版ベトナム語: Hòa ước Giáp Tuất/和約甲戌、甲戌条約)と表記することもある。

背景[編集]

1858年、スペイン宣教師2名の処刑を理由として、フランスとスペインはツーラン(ダナン)に軍を派遣した。その後フエの攻略も図るが行き詰まり、コーチシナサイゴンを本格的に攻撃することになった。1861年にフランスが提示した講和条件を阮朝が拒んだため、さらにビエンホアを占領するなど軍事行動を継続し、軍艦をフエに向かわせた。この結果、ファン・タン・ジャンラム・ズイ・ヒエップベトナム語版を中心とする使節団がサイゴンに派遣され、1862年6月5日にサイゴン条約が成立した。

内容[編集]

以上の内容などを含む全12項目が定められた。

参考文献[編集]

  • 桜井由躬雄、石沢良昭著 『世界現代史7 東南アジア現代史Ⅲ』 山川出版社、1995年