ゴラン・ヴィシュニック

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ゴラン・ヴィシュニック
Goran Višnjić
生年月日 1972年9月9日(36歳)
出生地 シベニク
国籍 クロアチア
配偶者 Ivana Vrdoljak (1999-)
主な作品
ER緊急救命室

ゴラン・ヴィシュニック(ヴィシュニッチ)Goran Visnjic, Goran Višnjić, 1972年9月9日 -)はクロアチアシベニク出身の俳優である。

目次

[編集] 経歴

子供の頃から役者を志し、16歳で映画に初出演。しかしユーゴスラビア紛争の勃発で18歳のときはユーゴスラビア人民軍(Yugoslav People's Army)に1年間入隊し戦線に立つ。その後シベニクに戻り、クロアチア軍に参加した。

除隊後にザグレブに移り演技を学び、『ハムレット』など多くの舞台に立って高い評価を得た。

その後ハリウッドに渡り、マイケル・ウィンターボトムの『ウェルカム・トゥ・サラエボ』やミミ・レダーの『ピースメーカー』などに出演。また、1998年にはマドンナのミュージックビデオ『the power of good-bye』にも彼氏役で出演している。1999年には人気シリーズ『ER』に抜擢された。『ER』ではジョージ・クルーニーと入替の形でレギュラー出演。(前述の『ピースメーカー』では、ジョージ・クルーニー演じる主人公が乗るトラックを査察する、クロアチアの兵士を演じていて、クルーニーと一瞬の共演を果たす。)ボスニア紛争で妻子を亡くしてアメリカに渡ってきたクロアチア人医師を『ER』最終話まで演じ、ノア・ワイリー降板後はトップクレジットに出されるようになった。

2002年米雑誌『Star』で『ハリウッドセクシー100人』の2位に選ばれている。

007シリーズの6代目ジェームズ・ボンド選考の際には候補の一人として名が挙がっていた。

現在はカリフォルニア州在住だが、クロアチアの映画にも時々出演している。

[編集] 私生活

1999年に彫刻家のIvana Vrdoljak(映画監督のAntun Vrdoljakの娘)と結婚。2007年4月に男の子(2007年4月19日生まれ)を養子に迎えている。なお、クロアチア在住時にクロアチア人女性との間に娘がおり、2007年に娘として認知し月1800ドルの養育費を支払うことで同意したと報じられた。

また、動物愛護活動に熱心で、PETAの毛皮反対キャンペーンに参加したこともある。

[編集] 主な出演作品

[編集] 外部リンク