コーランか剣か
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「コーランか剣か」(コーランかけんか)は、イスラム教の攻撃性について取り上げる際に用いられる言葉。コーランはイスラム教の聖典。
[編集] 歴史的経緯
意味は「(イスラム教に)改宗するか、死ぬか」となる。「信仰か戦争か」と解釈されることもある。イスラム教の勢力が拡大するのに伴い、征服者が占領地民に対して用いた態度を言葉で示したものとされる。「右手にコーラン、左手に剣」とされることもある。
実際には「コーランか貢納か剣か」といわれていて、イスラム帝国が占領した敵の都市に住んでいた住民にいった言葉とされている。イスラーム法下では異教徒、とりわけ『アブラハムの宗教』を信じるものはジズヤさえ支払えば、厳しい差別的待遇を受けるとはいえ基本的な信教の自由・財産権・生命権などを保障されていた。
ただし狂信的・教条的イスラーム指導者が現れた場合、「コーランか剣か」という厳しい要求が突きつけられることもあったのは事実である。歴史上ではムワッヒド朝やアウラングゼーブ時代のムガル帝国などで狭義の強制改宗が行われた。また多神教徒と啓典の民では待遇も異なり、前者にはより「コーランか剣か」という問いが突きつけられたことが多かった。
ハディースには、まさに「強制」という項目が存在する。そこではムハンマドがユダヤ人に「コーランか剣か」を突きつけた歴史が語られている。
我々がモスクに居たとき、神の使徒(=ムハンマド)が来て、「ユダヤ人達のところへ行こう」と言ったので、我々は彼と共に出かけ、或る学校に入った。そこで預言者(=ムハンマド)が「ユダヤ人達よ、イスラームを受け入れよ、そうすれば身の安全を保証されよう」と言ったとき、彼らが「ムハンマドよ、お前の伝えたいことはそれか」と尋ねたので、彼は「そうだ」と二度答え、さらに「お前の伝えたいことはそれか」と尋ねられたときも、彼は「そうだ」と答えてから、「大地はアッラーと使徒(=ムハンマド)のものであることを知れ。わたしはそこからお前たちを追い出そうと思う。お前たちのうちで何がしかの財産を持つものは、それを売れ。さもなければ、大地はアッラーと使徒のものであることを知れ」と言った
— ハディース「強制」二の一
「コーランか剣か」という神話の対極にあるもう一つの神話として、親イスラーム的学者によって唱えられてきた「イスラームは平和と寛容の宗教、宗教的迫害とは無縁」というものがある(イスラームの寛容性を参照)。バーナード・ルイスはこの二つの神話はともに一定の真実を含んでいるが、実態はより複雑なものであると述べている。