コーネル・キャンベル

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コーネル・キャンベル
Cornell Campbell
基本情報
別名 ゴーゴン (Gorgon)
出生 1945年11月23日(68歳)
出身地 ジャマイカの旗 ジャマイカキングストン
ジャンル レゲエ
職業 歌手
活動期間 1958年 -
レーベル スタジオ・ワンLee's
共同作業者 センセーショナルズ、エターナルズ、ユニークス

コーネル・キャンベル(Cornell Campbell、1945年11月23日生、ジャマイカキングストン出身)は、ファルセットで知られるレゲエ歌手。1960年代後半にはスタジオ・ワンで、1970年代にはバニー・リーと活動した。

経歴[編集]

初期[編集]

歌手としてのキャンベルの活動は、12歳の時地元の教会のクワイアとして始まった。14歳の時、トロンボーン奏者のリコ・ロドリゲスに紹介され、クレメント・ドッドのスタジオで初のシングル「マイ・トレジャー」を録音する。ザ・スカタライツがバックを演奏したこれらのシングルは、ジャマイカ産音楽がリズム・アンド・ブルースからスカへと変化した時期の物である。

その後キャンベルはキング・エドワーズでザ・ベル・スターズをバックに録音、デューク・リードのトレジャー・アイルに移る前にザ・センセーションズを結成する。ザ・センセーションズが解散すると、キャンベルは自身をリーダーとしたボーカルグループ、ザ・エターナルズを立ち上げ、後々まで代表曲となる「クイーン・オブ・ザ・ミンストレルズ」や「スターズ」を録音する。

ソロ期[編集]

1971年、ソロとなり、バニー・リーとともに活動を始める。初期にはラバーズ・ロックを歌うが、すぐにルーツ・ロックを歌うようになる。1973年にはソロのデビューアルバムを出すが、キャンベルが有名になるのはジ・アグロベーターズの「フライング・シンバル」サウンドによる「ナッティ・ドレッド・イン・ア・グリニッジ・ファーム」、「ダンス・イン・ア・グリニッジ・ファーム」、「ザ・ゴーゴン」、「ボクシング」などのような曲による1970年代中盤頃の事である。1970年代全体にわたり、キャンベルはウィンストン・ホルネスやウィンストン・ライリーらのようなプロデューサーともレコーディングを行った。

1970年代末になるとキャンベルの人気は衰え始め、徐々にラブソングに集中するようになる。1980年代半ば以降には、新しいレコーディングは行われなくなっていき、過去の自身の曲のセルフカバーが多くなっていった。

しかし、2005年にモーリス・ボン・オスワルドとマーク・アーネスツのプロデュースによる「キング・イン・マイ・エンパイア」をブリアル・ミックス・レーベルからリリースした。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]