コートニー・ホッジス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| コートニー ホッジス | |
|---|---|
| 1887年1月5日 - 1966年1月16日 | |
| 生誕 | グルジア |
| 死没 | サンアントニオ |
| 軍歴 | 1906 – 1949 |
| 最終階級 | |
コートニー・H・ホッジス (1887年1月5日 – 1966年1月16日) はアメリカ合衆国の軍人。2つの世界大戦に参戦した経験をもつ。主にヨーロッパで戦果を上げる。
第一次世界大戦と戦後 [編集]
ホッジズは第一次世界大戦中の活躍で、殊勲十字章を授与される。1938年、彼は米軍歩兵学校の副校長になり、1941年には校長となった。
第二次世界大戦 [編集]
1941年5月、ホッジスは陸軍少将に昇進し、対独戦では彼の師団が最も早くパリに到着した。そして彼は1945年4月15日に大将に昇進。対独戦が終わった後、彼とその師団は対日戦に参加、ホッジスはドイツ、及び日本のそれぞれの降伏時に現場で立ち会うこととなった。
戦後 [編集]
第二次世界大戦後も、ホッジスは軍人として1949年3月まで働く。そして彼は1966年にテキサス州サンアントニオにて死去。
