コンラッド・シュニッツラー

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コンラッド・シュニッツラー(コンラート・シュニッツラー, Conrad Schnitzler, 1937年- ) は、ドイツデュッセルドルフ出身のアーティストである。

音楽家である父親のいる家庭に育ち、少年期にカールハインツ・シュトックハウゼンなどの電子音楽と出会うことで次第に音楽に関心を持ちはじめた。

彼は元々、彫刻や絵画により、ファインアートの世界ではちょっと知られた存在であったが、1960年代ベルリンに移り住んでからは、音楽や音響芸術が活動の中心となる。

1969年にZodiak - Free Arts Labというクラブを数人の仲間と設立後、タンジェリン・ドリーム (1969年1970年) とクラスター1970年1971年) といった西ドイツ(当時)・ベルリンの実験的なクラウト・ロックのグループの創始メンバーとなったが、それ以降はソロで活動を続ける。1973年以降、シンセサイザーを用いた電子音楽や電子音響の作品を制作しており、エレクトロニック・ミュージックの重要人物の一人だと言われている。彼は実に600以上の作品をリリースしているが、その多くが自主制作によるものである。その中には、先述の電子音響の他、前衛的な現代音楽ジャズ的要素を持つ電子音楽、インダストリアル、さらにテクノポップまでもが含まれる。

彼は、音楽家ではなく、インターメディア・ライフ・アーティストを自称している。他の多くの音楽家達と異なる点は、彫刻、絵画、グラフィック・デザイン、映像といった他のメディアで培った経験や手法を、音楽や音響作品にも応用している点である。また、パフォーマンスアートを行うこともあったが、こうした芸術活動の根底には、フルクサス運動からの影響がある。

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