コロンブス交換

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コロンブス交換(Columbian Exchange)は、1492年から続いた東半球と西半球の間の植物動物食物人口(奴隷を含む)、病原体鉄器、思考の甚大で広範囲にわたる交換を表現する時に用いられる言葉。これは、世界の生態系農業文化の歴史において重大な出来事である。多くの新しく、異なる品物が二つの半球で交換され、アメリカ大陸とヨーロッパで革新的な出来事となった。1492年のクリストファー・コロンブスの「新世界」への到達にちなみ、この名称が用いられる。

交換の例[編集]

トウモロコシを貯蔵するアステカ王国の人びと

コロンブス交換は地球のあらゆる社会に影響を与え、また多くの文化を絶滅させ、新種の作物と家畜を循環させ、長い目で見ると、世界の人口を減少させるよりもむしろ増大させた。トウモロコシとジャガイモは18世紀のユーラシア大陸では非常に重要な作物になった。トウモロコシは日本に届くまで1世紀を必要としなかった。ピーナッツとキャッサバは、東南アジアや西アフリカで栽培されるようになった。

この植物と動物の交換はヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、アジアの生活様式を変えた。以前は見たことのない食物が食され、新しい農作地帯が耕作された。1492年以前、南アメリカ以外ではジャガイモがなかったが、1840年代、アイルランドではジャガイモが主食になっていて、ジャガイモ飢饉で大打撃を受けた。18世紀にスペイン人がメキシコから持ち込んだウマは、北西部の多くのインディアンの生活を変え、日常的に使われるようになった。トマトソースはイタリア料理の象徴になり、アフリカのコーヒーやアジアのサトウキビはアメリカにおいて主要な作物になっている。

19世紀に入っても、北米のインディアンの暮らしは石器時代だった。ヨーロッパ白人は鉄器を持ち込んだが、これは槍やまさかりに転用され、対白人入植者や部族間の抗争を激化させた。同じくも部族間の勢力争いを激化させ、白人によるインディアンに対する民族浄化にも活用された。ウィスキー)は、インディアンを酔わせて土地の譲渡書類に署名させるためにさかんに使われた。酒造文化のなかった北米のインディアンやエスキモーは、酒で骨抜きにされ、たやすく土地を奪われていった。21世紀の今日も、アルコール使用障害は彼らの社会全体を覆う深刻な問題となっている。

コロンブス交換の比較[編集]

コロンブス交換における有機物の分配の比較
種類 旧世界(が持っていたもの) 新世界(が持っていたもの)
家畜
植物
感染症

ソース[編集]

関連項目[編集]