コロッセオ
座標: 北緯41度53分25秒 東経12度29分32秒 / 北緯41.89028度 東経12.49222度
コロッセウム(ラテン語:Colosseum, イタリア語:Colosseo コロッセオ)は、ローマ帝政期に造られた円形闘技場。英語で競技場を指す colosseum や、コロシアムの語源ともなっている。現在ではローマを代表する観光地である。
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[編集] 歴史
コロッセウムはネロ帝の黄金宮殿(ドムス・アウレア)の庭園にあった人工池の跡地に建設された。人工池は水を抜けばすでに掘り下げられていたので基礎工事をいくらか省略することができた。工事はウェスパシアヌス治世の75年に始まり、ティトゥス治世の80年から使用されるようになった。使用開始に当たっては、100日間に渡りイベントが続けられ、数百人の剣闘士が闘い命を落としている。なお、完成したのはドミティアヌスの治世中である。
フラウィウス朝の皇帝が建設者であることから「フラウィウス闘技場」(フラウィウス円形闘技場)が本来の名前である。しかし、ネロ帝の巨大な像(コロッスス)が傍らに立っていたためコロッセウムと呼ばれるようになったといわれている[1]。
構造は火山灰を利用したコンクリートで出来ている。鉄骨を用いないコンクリートで幾多の地震に崩壊しなかったのは全体が円筒形で力学的に安定していたためである。中世を通じてコロッセウムに使用されている建材は他の建築物に流用され続けた。つまり一種の採石場とされていたのである。その大理石はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂にも使用されている。それにもかかわらず往時の姿をとどめているのは、迫害されたキリスト教徒がここで殉教したと伝えられていたため、一種の聖地となっていたからである。しかし、キリスト教徒が迫害されたという明確な証拠はない。ローマ教皇ベネディクトゥス14世によりコロッセオは神聖であるとして保存されるようになった。現在外周は半分程度が残っている。古代の完全な状態に再現しようとする動きはなく、このままの形で保存されていくと考えられている。
1900年を越えた現在ではローマはイタリアの一都市となってしまったが、コロッセオは今もって古代ローマの象徴でありつづけている。
かつて多くの殺人(公開処刑を含む)が行われた場所であることから、現在では死刑廃止のイベントのために使用されている。例えば、11月30日の「死刑に反対する都市(Cities for Life)」の日、あるいは、新たに死刑を廃止した国が出たときには、その記念としてコロッセオがライトアップされる。2007年1月には、イラクのサッダーム・フセイン元大統領の処刑に抗議するために点灯された。
[編集] 構造
長径188m短径156mの楕円形で、高さは48m、45,000人を収容できた。また、天井部分は開放されているが、日除け用に布を張る設備があった。皇帝席には一日中直射日光が当たらないように設計されており、また一般の観客席についても一日に20分以上日光が当たらないように工夫がなされていた。
初期においては競技場にローマ水道より引いた水を張り、模擬海戦を上演することさえ可能だった。が、後には「迫」のような複雑な舞台装置を設置したためにそのような水を使った大規模演出は不可能となった。また、人力エレベーターの存在もありこれは剣闘の選手の入場のために用意されていた。現在ではその巻き上げを行った柱の跡が残っている。
コロッセウムの横には噴水が作られた。それは「メタ・スダンス(汗をかく標識)」といわれ、闘いを終えた剣闘士もここで体を洗ったと伝えられている。
[編集] コロッセウムが登場する作品
- 『グラディエーター』 - 2000年に公開されたアメリカの映画。この映画ではコロシアムのセットが組まれたが、撮影までに完成したのは半分だけ、大きさは実物の四分の一で残りの半分はコンピューターグラフィックで作成した。
- 『ドラゴンへの道』 - ブルース・リー主演の香港映画。ブルース・リーとチャック・ノリスがコロッセオで戦うシーンがある。
- 『無敵のゴッドファーザー ドラゴン世界を征く』 - ブルース・リャン主演の香港映画。
- 『アサシン クリード ブラザーフッド』 - ユービーアイソフト制作のアクションゲーム。
[編集] 脚注
- ^ Martialis, Marcus Valerius、Sullivan, John Patrick、Whigham, Peter、1987年『Epigrams of Martial - Englished by divers hands』カリフォルニア大学、ISBN 0-520-04240-9の51ページ目参照。
[編集] 関連項目
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