コルネリオ・サアベドラ・ロドリゲス

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コルネリオ・サアベドラ・ロドリゲス
マプチェの首長たちとの交渉に当たるコルネリオ・サアベドラ・ロドリゲス

コルネリオ・サアベドラ・ロドリゲス西: Cornelio Saavedra Rodríguez1823年 - 1891年4月7日)は、チリ政治家軍人アラウカニア制圧作戦で主要な役割を担った人物である。

生涯[編集]

ロドリゲスは、アルゼンチンの将軍コルネリオ・サアベドラ(Cornelio Judas Tadeo Saavedra)の孫として、サンティアゴで生まれた。15歳でチリ陸軍に入隊し、1851年と1859年に勃発した反乱にも加わった。1860年には海軍の総指揮官に一旦は就任したが、同年に辞職した。後年、アラウカニア制圧作戦を立案し、初期には実際に陸軍を指揮した。