コミュニティ・ストア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

コミュニティストア から転送)
国分グローサーズチェーン株式会社
KOKUBU GROCERS CHAIN CO., LTD.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 東京都中央区
本部:東京都板橋区
設立 1994年7月1日
業種 小売業
事業内容 コンビニエンスストア
代表者 大塚潤一(代表取締役社長
資本金 9,350万円(2008年4月時点)
売上高 122億円(総売上高、2007年12月期)
従業員数 85名
(臨時雇用者除く、2008年4月時点)
決算期 12月
主要株主 国分株式会社(100%、2008年4月時点)
外部リンク www.c-store.co.jp
  

コミュニティ・ストア(COMMUNITY STORE)は、国分グローサーズチェーン株式会社が運営する日本コンビニエンスストアチェーンである。関東東海関西地方を中心に、300店舗(2007年12月末時点)を展開している。

目次

[編集] 概要

同チェーンの前身は、国分株式会社が取引先酒販店の経営支援を狙って結成したボランタリー・チェーン(VC)である。そのため、酒販店から業態転換した加盟店が多く、それぞれが酒販店時代からの固定客を抱えており、同チェーンは他チェーンよりも客の年齢層が高くなっている(2004年時点)[1]。1999年からは一部店舗でデリバリーサービス「親切・ふれあい便」を開始したが、これには旧酒販店の人脈と御用聞きの経験を生かす狙いがあった[2]

同チェーンでは、VCとフランチャイズ・チェーン(FC)の長所だけを組み合わせた[3]とする「ニューコンビニエンスシステム[4]を標榜している。大手コンビニエンスストアチェーンの多くが

  • オープンアカウント制(加盟店は売上の全額を本部に送金し、会計処理を本部に任せる)
  • 粗利分配方式(加盟店の粗利[5]のうち一定割合をロイヤルティとして本部に支払う)

といった仕組みを採っているのに対し、コミュニティ・ストアはこれらを採用していない。加盟店は仕入代金、ロイヤルティ等だけを本部へ送金すれば良く、またロイヤルティは売上や粗利に関係なく定額となっているなど、VC的な契約内容が盛り込まれている[6]。一方で、品揃え、情報システムなどのチェーンオペレーションは、FC制の他チェーンと同様に本部主導で統一されている[7]

[編集] 歴史

1977年、国分株式会社によりボランタリー・チェーン「国分グローサーズチェーン・アライアンス(KGCA)」が結成された。1992年7月時点では、北海道から九州にかけての広い地域で国分株式会社が本部となっていたものの

  • 株式会社丸ヨ岡田(北海道国分株式会社の前身企業の一つ) - 旭川本部
  • 宮本商産株式会社(後に同社の卸事業は北海道国分へ引き継がれる) - 帯広本部
  • 合名会社畠兵商店 - 能代本部
  • 合資会社月の友酒店 - 茨城本部
  • 株式会社河安(カワヤス国分株式会社の母体となった企業) - 岐阜本部
  • 株式会社井阪商店(後に三重国分株式会社へ営業を統合される) - 三重本部
  • 渡弥 - 福井本部
  • 香川流通株式会社 - 香川本部

といった提携業者もKGCAに加盟し、それぞれ地区本部業務を行なっていた[8]。1993年2月時点でKGCAは、

  • コンビニ型店舗「コミュニティ・ストア」720店
  • リカー&バラエティーと称する酒類専門店「タウンショップ」250店

という2種類の店舗を展開し、合わせて970店を有していたが、当時は各店の内外装も統一されておらず、POSネットワークも整備されていなかった[9]

1994年に国分株式会社は新会社「国分グローサーズチェーン株式会社」を設立し、各地区本部を順次、新会社へと統合するとともに、「ニューコンビニエンスシステム[4]」を標榜し

  • チェーンオペレーションの統一
  • POS、受発注、検品など新情報システムの導入
  • 店主・従業員研修体制の確立

などを推し進めた[10]

旧来の加盟店のうち新システムに移行できない店が脱落したことや、提携卸業者のうち最多の加盟店を持っていた合資会社月の友が1995年に脱退(独立チェーン化)したこともあり、1998年3月時点での加盟店数は690店[3]となった。以後も店舗数減少に歯止めがかかっておらず、営業地域も関東、東海、関西地方にほぼ絞られている。

[編集] 沿革

  • 1977年 - 国分株式会社の事業部門としてKGC(国分グローサーズチェーン)首都圏本部が発足する。
  • 1978年 - 東京都渋谷区に1号店を開店する。
  • 1978年~1990年 - 首都圏以外の地区本部が発足する。
  • 1993年 - 帯広本部であった宮本商産株式会社がチェーンから脱退し、同地区は国分株式会社直轄となる。
  • 1994年 - 国分株式会社からKGC首都圏本部が分社独立し、子会社「国分グローサーズチェーン株式会社」となる。
  • 1995年 - 茨城本部であった合資会社月の友が加盟店とともにチェーンから脱退し「モンペリ」の店名で独自のチェーン展開を始める。
  • 1997年 - 公共料金収納代行サービスを開始する。
  • 同年 - 岐阜本部であった株式会社河安と、三重本部であった株式会社井阪商店がチェーンから脱退し、両地区は国分株式会社直轄となる。
  • 1998年 - 国分株式会社直轄の地区本部すべてが、国分グローサーズチェーン株式会社に移管される。
  • 同年 - 旭川本部であった旭川国分株式会社(株式会社丸ヨ岡田より営業を継承)が、加盟店とともにチェーンから脱退する。
  • 同年 - エムエムチェーン株式会社(後述)と業務提携する。のちに同社の加盟店を国分グローサーズチェーン株式会社が引き継ぐ。
  • 1999年 - 一部店舗でデリバリーサービス「親切・ふれあい便」を開始する。
  • 2000年 - 香川本部であった香川流通株式会社から、加盟店と本部業務を国分グローサーズチェーン株式会社が引き継ぐ。これにより、すべての地区本部が同社へ統合された。

[編集] エムエムチェーン

エムエムチェーンは、かつて神奈川県を中心にコンビニエンスストア「コンビニマート」を展開していたボランタリー・チェーン。神奈川県相模原市食品卸業者、水谷商事株式会社(東京国分株式会社の前身企業の一つ)が主宰していた。加盟店には酒販店が多かった[11]

1983年「エムエムチェーン協同組合」として結成され、最盛期には108店舗を擁していた[12]が、加盟店の廃業や大手チェーンへの鞍替えなどで店舗数は減少に転じた。85店舗[11]となった1996年には、体制強化を狙って本部を改組し「エムエムチェーン株式会社」とした[13]。35店舗となった1998年には、国分グローサーズチェーン株式会社との業務提携に踏み切り、同年6月より物流、POSなどのシステムを順次コミュニティ・ストアのシステムに一本化していった[14]。のちに、すべての加盟店がコミュニティ・ストアへと移籍している[15]

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 『日本食糧新聞』2004年8月11日より。
  2. ^ 『日本食糧新聞』1999年3月29日より。
  3. ^ a b 『流通サービス新聞』1998年3月20日 5面より。
  4. ^ a b 当初は「限りなくFCに近い超ボランタリー」と称していた。
  5. ^ ただし粗利の算定方法は一般的な売上総利益の算定方法と大きく異なる。
  6. ^ 国分グローサーズチェーン株式会社「加盟契約の要点と概説」PDF、社団法人日本フランチャイズチェーン協会、2008年より
  7. ^ 『日本工業新聞』1997年11月19日 27面より。
  8. ^ 『日本食糧新聞』1992年7月8日より。
  9. ^ 『流通サービス新聞』1993年2月23日 5面より。
  10. ^ 『日本食糧新聞』1995年7月29日、1997年4月2日より。
  11. ^ a b 『日本食糧新聞』1996年8月19日より。
  12. ^ 『日本食糧新聞』1998年3月30日より。
  13. ^ 『日本食糧新聞』1996年11月18日より。なお、この記事ではエムエムチェーン店舗数を42店舗としている。
  14. ^ 『日本食糧新聞』1998年7月13日より。
  15. ^ 『日本食糧新聞』2002年9月30日より。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク