コズィモ・マタッサ

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コズィモ・マタッサ (Cosimo Matassa1926年4月13日 米国ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ[1][2] ) は、イタリア系アメリカ人のレコーディングエンジニアでありスタジオ経営者であった。彼の下で数多くのR&Bと初期のロックンロールの作品がレコーディングされた。

1945年、マタッサが18歳のとき、フレンチ・クオーターランパート・ストリート沿いにあった彼の家族の経営する店舗の裏にJ&Mレコーディング・スタジオを開設した[1]1955年には、拡張のためスタジオを移転し、コズィモ・レコーディング・スタジオと名付けた[1]

マタッサはエンジニア、スタジオ経営者として、1950年代から60年代にかけてヒット曲のレコーディングを数多く手がけ、R&B、ロック、ソウルの発展に大きく寄与した。(その多くはアラン・トゥーサンがプロデューサーとして関わっている)マタッサのレコーディングした作品には初のロックンロールのレコードと称されるファッツ・ドミノの"The Fat Man"、リトル・リチャードの"Tutti Frutti"を始め、レイ・チャールズリー・ドーシードクター・ジョンらの作品がある。彼は強力なドラムのビート、重厚なギターとベース、軽いピアノとホーン・セクション、力強いリード・ヴォーカルなどを特徴とするいわゆるニューオーリンズ・サウンドの形成に大きく貢献したと言われている。

彼は1980年代に音楽ビジネスから引退し、以降フレンチ・クオーターにある彼の家族の店舗マタッサズ・マーケットの経営に携わっている[3]

1999年12月、J&Mレコーディング・スタジオは歴史的建造物に指定された[4]。更に2007年10月には、ルイジアナ音楽殿堂がマタッサのルイジアナ州の音楽に対する貢献を讚え、彼を殿堂に加えている。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]