コサキンDEワァオ!

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コサキンでワァオ から転送)
コサキンDEワァオ!
ジャンル バラエティ番組
放送方式 後述参照
放送期間 1981年10月8日 - 2009年3月28日
放送時間 後述参照
放送回数 全1655回
放送局 TBSラジオ
ネットワーク JRN
パーソナリティ コサキン小堺一機関根勤
出演 鶴間政行有川周一舘川範雄ほか
提供 日産自動車NISSANミッドナイトステーション枠時代)
大塚製薬スーパーギャング枠時代。武道館イベントの後援スポンサー)
シグマ(「コサキン快傑アドレナリン」時代)
小学館ヤングサンデー名義。Junk枠時代にコーナー提供)
公式サイト 公式サイト
  

コサキンDEワァオ!( - で - 、Kosakin DE Wow![1])は、1981年10月から2009年3月までTBSラジオで放送された、コサキンこと小堺一機関根勤パーソナリティラジオバラエティ番組

同局をキー局にJRN系列各局でも放送されていた。

正しくは、「コサキンDEワァオ!」は1994年10月からの番組タイトルだが(後述)、当項目ではそれ以前にTBSラジオにて小堺と関根がパーソナリティを務めた、同じ趣旨の番組についても取り上げる。

目次

[編集] 概要

他のラジオバラエティの例にもれず、リスナーからの葉書(ないしは電子メール)とパーソナリティのフリートーク中心で構成されるが、「意味ねぇ〜」のキャッチフレーズに代表される独特の世界観を作り上げてきた(後述参照)。

1981年10月8日に放送開始の長寿番組だが、最初は、当時月〜金の帯番組夜はともだち』を担当予定だった松宮一彦(当時TBS〔東京放送〕[2]アナウンサー)が木曜日に生放送のテレビ番組のレギュラー(『ザ・ベストテン』の中継リポーター「追っかけマン」)が入ったためのピンチヒッターとしてのスタートであった。そのため、初期の番組表には松宮の名前だけがそのまま入っていた。翌1982年1月には、正式にレギュラー昇格した。

開始当時のタイトルは、小堺の苗字と関根の当時の芸名(ラビット関根)からついたコンビ名「コサラビKosarabi)」を冠し、「夜はともだち コサラビ絶好調!(よる - ぜっこうちょう)」となった。

放送時間と番組名は度々変わっている(番組変遷の節参照)。タイトルに「コサキン」を冠するようになったのは1985年10月7日開始の「コサキンワールドなんでもねぇんだよゲベロッチョ」、終了まで使われた「コサキンDEワァオ!」の名前を冠するようになったのは1994年10月15日から。終了時の番組名の由来は、西郷輝彦の歌う「真夏のあらし」が当時の番組内で人気となり、そのセリフ部分の絶叫が「イェイイェイ、ワァオ!」だったことによる。

もともとは生放送だったが、二人が多忙になったことなどから、後年は事前に収録したもの(原則として撮って出し形式)を放送していた。

2002年7月から2003年3月まではスカイパーフェクTV!2(現・スカパー!e2)のC-TBSウェルカムチャンネルでも、スタジオ風景の映像を含めて放送されていた。

また、番組のダイジェスト版がインターネット配信され、毎週更新されていた。

1996年8月22日放送分で放送1000回を迎えた。

2006年4月1日放送分(※TBSラジオでの放送日)で放送1500回を迎えた。

2006年10月6日放送分(※TBSラジオでの放送日)で放送開始から25周年を迎えた。

[編集] 番組の終焉とその後

2009年2月、同年3月いっぱいで終了することが発表された[3]

3月22日赤坂サカスにて記念の公開イベントが開催された。最終回で放送するイベントの録音を兼ねており、番組とゆかりのある「ずん」や水木一郎冠二郎イワイガワなどのゲストが出演した他、終了後は来場者がコサキンの2人といつも番組製作に携わっていた鶴間正行、有川周一などの面々とハイタッチをする「ふれあいイベント」で幕を閉じた。抽選による事前申し込みのリスナー100名を含め、1500人以上が詰め掛ける盛況で二人によるアンコール後も尚ファンは一向に帰らず、鶴間が「コサキン以外に人生の楽しみを見つけて下さい。」と挨拶し、ようやく幕を閉じた。

最終回(通算1655回)は翌週3月28日土曜日(TBSラジオ)放送分となった。

番組終了については、マンネリ化によって聴取率が最盛期のほぼ半分にまで下降していたことや、TBSラジオ上層部が出演料高騰等の理由から番組パーソナリティの刷新などを図った事、そして近年の不況等によるスポンサーの撤退などによる収益の下落によるリストラ等が原因とされている。これに関して、同局で担当している番組を持つ伊集院光が、リスナーから愛顧されていた『コサキンDEワァオ!』や、その他長寿ラジオ番組が前述の理由によって次々と放送終了していく問題に苦言を呈している[4]

終了発表後も、同年6月24日にコント集第4弾「太ももと昆虫」の発売があり、これが最後のノベルティか、まだしばらく関連商品展開は続くかは未定。

[編集] 出演者

過去のレギュラー出演者は後述の節を参照のこと。

[編集] パーソナリティー

詳細は個人の項目を参照のこと。ここでは当番組特有のキャラクター付けについて補足する。

番組での愛称は「ムックン」。番組当初、曲をかける際に小堺のダジャレを交えた無理矢理な曲名紹介をしていたことから、「無理矢理くん」が「ムックン」になった。構成作家の有川がリスナー時代に投稿して採用された。この愛称は当番組以外で使われる事がなく、また名前由来のニックネームでないため、時々新参リスナーより「なぜムックンなのですか?」という質問の葉書が送られ、年に数回のペースで由来を説明していた。
番組内では主に、「服やDVDをすぐ買ってしまう」「同じDVDを必ず二度買ってしまう」「女性にモテる[5]」「ベテランなのにかわいい」「金持ちの一流芸能人」というキャラクター(すべて実話に基づいている)である。
番組の進行役であり、リスナーからの投稿を読むのは主に彼が担当している。だが、漢字、特にプロ野球選手の名前に関しては自身が興味がないこともあって読み間違いが多い。過去には「たかぎとようちやしゅ高木豊内野手)」、「のしげ野茂〔英雄〕)」などと誤読し、関根に笑われたり、リスナーにネタにされたりしている。
また、勝手な妄想・毒舌トークに走る関根へのツッコミ役でもあるが、時折関根と一緒になって暴走する場合もある。
番組での愛称は「ラビー」。由来は旧芸名のラビット関根(1983年10月6日放送分までこの名義で出演)。芸名をラビット関根から関根勤に改称した際、本人が、「沢田研二がジュリーと呼ばれているように、僕もニックネームとしてラビーを残したい」と発言した事に由来する。
番組内では主に、「愛犬家[6]」「ゴルフクラブをすぐに買ってしまう」「女人鑑定家」「女性にモテない」「妻や娘に話を聞いてもらえない」「恋愛はすべて受身」「人の名前を思い出せない(実例:目黒の中華料理屋の娘マジカルの女ほか)」というキャラクター(すべて実話に基づいている)である。
主に投稿に対して茶々を入れる役であり、「裏関根」を全開にして妄想・おバカトークを繰りひろげている。
最終回では「他でウケなくても、この番組が糧になっていた。この番組がなかったら、芸能界を引退して似顔絵描きをしていたかもしれない」という趣旨の話をした。

[編集] 構成作家

  • 鶴間政行 - 愛称は「ケロヨン」。萩本欽一の弟子による放送作家集団「サラダ党」の一員で、暴走しがちなコサキンやリスナーを抑える陰の進行役である。
  • 有川周一 - 愛称は「ありしゅう」。気弱で不摂生で恐妻家、などとネタにされるには十分のキャラクターであり、コサキン随一のいじられ役である。このため有川を主役とした企画・コントなどが多数放送された。コサキンのバカ発言やリスナー投稿に対して合いの手やツッコミを入れることも多く、番組の盛り上げ役を買って出ていた。
  • 舘川範雄 - 愛称は「タッチー」。有川と比べてしっかり者で、スタイリッシュと評されるキャラクターである。時々ゲイに間違われる。後年は有川同様に合いの手やツッコミを入れるようになったが、楠野がいた頃はほとんど喋らず裏方に徹していた。
  • 楠野一郎(1995年まで) - 愛称は「クッピー」。顔立ちから「コサキンの市川昭介」とも称された。有川と違って裏方に徹し、喋ることはほとんどなかった。途中よりコサキンを離れ、ニッポン放送の番組を多く担当するようになったが、その後もよく話題やネタになり、楠野の名を冠した番組本が発売されるまでになった。2009年3月21日の放送(最終回前の回)で、久しぶりに番組に出演した。

このうち、有川、舘川、楠野は番組常連リスナー(ハガキ職人)からスタッフ入りした。古くからのリスナーは上記の構成作家陣(特に有川、舘川、楠野)を、彼らの頭文字を取って「アタック隊」と称している。

本来芸能人がメインとなるラジオ番組では構成作家がスタジオに同席することはあってもあくまで裏方であり、放送中に喋ることすら珍しいが、コサキンのラジオ番組では構成作家たちも本業を全うした上でほとんど番組のレギュラー『出演者』と化しており、リスナーたちにも認知され、人気も高い。特に有川は、その異常な恐がりかたから遊園地のジェットコースターに乗る企画(後述)が設けられ、またその絶叫を"下町兄弟"がサンプリングしヒップホップ風の楽曲として構成したCD(『有川君の絶叫』※廃盤)や絶叫マシン搭乗時の有川の表情をつぶさに収録したDVDをリリースするまでとなった。また、番組関連の書籍やDVDが出るとコサキンの二人ではなく有川が握手会を行い、そこへ数百人のリスナーが集まるほどの人気ぶりであった。

[編集] 過去のレギュラー出演者

[編集] ゲスト

番組の内容の意味の無さに比べてゲスト陣は豪華な顔触れが多く、ベテラン芸人の長寿番組らしいものとなっている。ゲストも多岐に渡り、コサキンのどちらかが舞台やドラマで共演した相手やお笑い芸人だけでなく、俳優歌手アイドル漫画家(漫画家の場合はリスナーであることがほとんど)など数多い。中には普段ネタにしている相手が登場し、そのことをひた隠しにしながら放送していることもある。また、リスナーがゲストについて非常に詳しく調べて質問葉書を送ってくるので、たいていのゲストは「何でそんなこと知ってるんですか!?」と驚くことになる。またその詳しく調べあげた情報はただの確認事項として書かれるのではなく必ず何択かのクイズ形式にされており(たいがい全部が正解と思しき内容になっている)しかも正解はその選択肢以外に設定されている場合が多い。(ゲスト「ん〜と、○ですかね」ムックン「あ〜、残念でした。正解は違います」ゲスト「えぇ?正解があるんですか?」)なお、2000年代あたりには必ず好きなおでんの具について質問するのが恒例になっていた。

[編集] 主なゲスト

  • 安部譲二 - 番組宣伝CMで出演時の声が使用されていたことがある。『川端康成の「雪国」の書き出しを述べよ - 答:アンコウの吊し切りかと思ったら落合婦人の懸垂だった・・・なんだこりゃ~!?』と爆笑しているのがそれであった。
  • 宇津井健 - 昔は関根にドラマで演じた頑固な江戸っ子や映画「新幹線大爆破」出演時の様子を真似され、自らはコサキンを「江戸前でキュート」と評していた。2000年代は「スジですね!」発言が話題となっていた。
  • おすぎ - 一時期流行った、「踏んづけてやる!」は、この番組発である。(「水野晴郎ちゃんはなぜああなってしまったのでしょうか?」と問われて)
  • 黒柳徹子 - 2000年の放送でオープニングに突然乱入し、二人を驚かせた。関根は初期の『徹子の部屋』にレギュラー出演していた。
  • 松本幸四郎 - いきなり他では出さないようなジョークを飛ばした上、番組でネタにされていることについて釈明していた。
  • 水野晴郎 - 弟子であるぼんちゃんこと西田和昭と登場。
  • ザ・ブルーハーツ - 一時期甲本ヒロトのネタで盛り上がったことがある。
  • ドリームズ・カム・トゥルー
  • access
  • 木根尚登TM NETWORK
  • ダウンタウン
  • 羽佐間道夫 - 「知っテレフォン」コーナーの時に度々登場。また、水木一郎とカチ合うと水木の足が短いことを決まって指摘する。
  • 広川太一郎 - 「知っテレフォン」コーナーでもりいくすお(漫画家、1965年生まれ)による同氏のモノマネが話題になっていた時に登場。
  • 明石家さんま - 小堺がニューヨークへ行って、留守の際に登場。写真ネタを紹介していることに対し、後々番組でネタにされる「写真ネタやめぃ!」という言葉を残す。
  • 沢口靖子 - TBSテレビで当時放送されていたドラマ『痛快!OL通り』で小堺と共演していた頃に登場。番組の内容に付いて行けず、途中で『ぴあ』を読み始めてしまった。にも関わらず、その後も88年の日本武道館でのイベントにゲストとして登場している。
  • 萩本欽一 - 茨城ゴールデンゴールズを創設し話題になっていた、2005年2月26日の1回のみ出演。
  • カールスモーキー石井 - 来るたびに少年時代のおバカな話や青春時代の若気の至り話をほじくり返されている。
  • 坂上二郎 - 剛州とともに登場(2005年)。
  • 千葉真一 - 関根のモノマネの代表的ネタとなった千葉も数回出演している。
  • 沢田研二
  • 高田純次 - 1998年4月22日出演。「適当男」はこの番組でも、いつものように適当なことしか言わなかった。
  • 由紀さおり安田祥子姉妹 - リスナーのリクエストに応え、「コサキンソング」の数々を歌い上げた。
  • リサ・ステッグマイヤー - コサキンの二人がやたら話題にしていた時に登場。
  • 戸田恵子
  • 井川遥
  • 山田優
  • MEGUMI
  • 小池栄子
  • 井上和香 - デビュー当時の彼女のプロフィールに書かれてあった3サイズがマリリン・モンローのそれと同じだということで、特に小堺が盛り上がったことからゲストに登場(ただし、後に小堺の勘違いであったことが判明する)。盛り上がっている過程で「ワカパイ」という言葉が生まれる。
  • 堀越のり - 自身の作る料理があまりにも不味い事が度々はがきネタにされる
  • 松下由樹 - 関根書き下ろしのコントを小堺と演じる。小堺とメールアドレスの交換をするが、その後一度もメールが来ない事が度々ネタにされていた
  • 清水ミチコYOU - 二人とも、関根の意味ねぇ話を食事をしながら聴くという私的な集まりである四季の会のメンバー。その会でいつも暴走気味の関根を母親役になりきってなだめるのが清水の役割であるという。藤井隆もこの会のメンバーであり、その後ゲストとして番組に出演している。
  • 柳沢慎吾 - 得意の「警察24時」や「甲子園」の形態模写ネタをやりきった後、疲れてしまい、マネージャーに肩を抱かれて帰ったという。
  • タッキー&翼
  • 河村隆一
  • さくらももこ - 小堺が「コジコジ」にハマっていた時に登場。以前からリスナーだったことは登場前に明らかにされていた。
  • 秋本治
  • 臼井儀人 - 登場時、リチャード・ギアに間違われたが本人はキッパリと否定していた(詳細は臼井の記事を参照)。
  • さかなクン
  • ダイノジ - 二人ともリスナーであり、お笑いの道を目指したのがこのラジオがきっかけであることを告白(内気な大谷を大地が誘った)。
  • ホリ - 二人(とりわけ関根)のモノマネを見て芸能界を志したことを語っている。
  • 谷啓 - クレージーキャッツのメンバーで唯一複数回登場。なお、植木等も「コサキン増刊号」にゲストで1度出演があり、「無責任男」のキャラクター秘話などを披露した。
  • 小堺翔太(2007年1月7日エフエム世田谷のDJを行っている)
  • 冠二郎 - 後述するようにイベントでの出演やゲスト出演は数多いが、直近の出演(2008年11月)では「○○ジロウ」という名前だけを明かした形で出演が告知され、リスナーは誰が来るかを予想して質問(ネタ)を書いて送り、冠がリスナーの予想した人物(パンツェッタ・ジローラモというのもあった)になりきって質問に答えていくと言う趣向だった。正解を明かした後は自分宛に来た質問に普通に答えた。なお、同じ趣向で「○○イチロウ」が翌週に登場した。
  • ゴスペラーズ - メンバーの黒沢薫がリスナーだった縁で出演した。後述のイベントでも共演し、黒沢は単独でもイベントにゲスト出演した。

[編集] 準レギュラーとも言えるゲスト

  • 関根麻里(デビュー前の中学生時代(1998年8月26日放送)にも、一度登場している)
  • 水木一郎 - 番組内ではルーの兄貴的ポジション(彼の愛称である『アニキ』を最初に使ったのがルーである。但し、特に小堺は「アニイ」と呼ぶことが多い)。「快傑ズバット」を初めネタに歌自体番組初期より使われていたが、関根の替え歌「ぼくらの水木一郎」が評判となりゲスト出演となる。初めてゲストに来たときは番組の趣旨を殆ど理解できていないこともあって終始無愛想気味であった(替え歌での描写どおり、非常にシャイな印象でもあった)。しかし、番組出演後に「雄叫び」が世に知れることになり、リスナーの後押しによって次第にメディアの前面に出るようになるTBSグループ以外の業界人リスナーが非常に多いことも少なからず影響している)。そのような経緯もあり、コサキンのゲストの中でも屈指の出演数を誇る。
  • 小林綾子 - 当初は「モノマネ極めましょうスペシャル」のゲストとして登場したが、『おしん』で世界的な評価を得ている演技派女優とは思えない程のあまりの天然ボケ発言にコサキンの2人も撃沈し、小林を「師匠」と呼んでいる。小林本人も「高校の体操部の先輩と喋っているようで楽しい」と、喜んで出演し、「徹子の部屋」でもそのことについて嬉しそうに語っている。なお、出演時には「小林綾子のズバッと解決」というコーナーが設けられ、リスナーの質問(ネタが多い)に小林が答える。
  • 根本要スターダストレビュー) - 数年に一度の割合で出演していた。根本のトークが卓越していることもあってか、ミュージシャンでありながらほとんど根本(とコサキンの2人)の趣味であるアダルトビデオについての話と根本が「オノ・ヨーコに似ている(これがネタとなり2007年7月28日の放送では「♪あなたのオノ・ヨーコ〜」の一言で登場した)」「オバちゃん顔(タケカワユキヒデと並んで使われる)」というネタだけで終わってしまうことが多い[7]。2006年4月から12月頃まで根本が歌う、コサキン25周年サウンドステッカー(ジングル)が放送され、また7月末からは根本がまた歌う新しいSSが放送された。最終回には電話で登場した。

この他、関根主宰の『カンコンキンシアター』および小堺主宰の『小堺クンのおすましでSHOW』や「不定期ライブマン・コミック君」公演直前には、告知を兼ねて共演者陣がゲストとして登場していた。

[編集] 番組変遷

放送時間はTBSラジオでのもの。元々は生放送であったが、1990年代以降は録音放送が増えだし、2000年代には、録音が基本となった(末期は、公式サイト上で火曜がハガキ・電子メールの締切である旨を告知していた[8])。

後に関連書籍などで取り上げられる際は、「夜はともだち 絶好調!」と表記される。
後に関連書籍などで取り上げられる際は、「るんるんナイト ワオ!」と表記される。コサラビを名乗っていたのはこの時まで。
第1回は生で放送していたが、周囲に理解されなかったため次回以降は録音になった。また実際のタイトルコールは上記のとおりだったが、その後関連書籍(コサキン本)等で活字にされる際は「コサキンワールド」のみの表記が多く用いられている。ちなみに鶴間は「バホバホ隊」の構成も担当していた。
  • スーパーギャング コサキン無理矢理100%( - むりやりひゃくパーセント、1986年4月9日〜1991年10月2日 水曜日25:00〜27:00 1991年7月3日から25:00〜26:00)
番組タイトルの由来は、「大橋照子ラジオはアメリカン」が斉藤洋美への交代が決まり、番組名の変更が検討され、その際の没案のひとつであった「ラジアメ100%」からフレーズを流用したと斉藤がゲスト出演した際に鶴間自身が述べており、この頃から番組タイトルに鶴間の意向が強く絡むようになる。「コサキンのスーパーギャング」と表記される場合もあり。
初の全国ネットに昇格。
  • コサキン増刊号( - ぞうかんごう、1989年4月15日〜1991年10月5日 土曜日24:00〜25:00)
ラジオ史上稀に見る「一週二番組」構成となる。「増刊号」だけに、「本編」となる『無理矢理100%』とはまた違う構成で同じ「意味ねーワールド」を展開。コサキンソングのベスト5投票やセミレギュラー佐野量子のトークコーナー等があった。また、番組終了まで続けられた「意味ねーコント」は「増刊号」からのものである。なお「無理矢理100%」は生放送が基本であったが、「増刊号」は録音であった。
「増刊号」の放送回数もコサキンシリーズの通算放送回数にカウントされた。
同番組も開始半年後の10月15日放送分より全国ネット。本編と比べ多くのネット局が存在していた一方、本編ネット局の一部では放送されなかった。
  • コサキン快傑アドレナリン( - かいけつ - 、1991年10月12日〜1994年10月8日 土曜日24:00〜25:30 1992年4月から24:00〜26:00)
  • コサキンDEワァオ!(1994年10月15日〜1995年4月1日 土曜日18:00〜19:00 大相撲開催時には15分の相撲番組「まった無し!大相撲」が入り、18:45まで)
従来、深夜放送であったが、当時のプロデューサーが編成にコサキンを組み込むのを忘れ、急遽夕方の時間帯に移動。極端にリスナー層が違い、放送もネット局無しの関東ローカルに戻り聴取率は低迷。終了を危惧されこの時期を「暗黒時代」と呼ぶようになった。
  • 恋する電リクBINGO BONGO フライデースペシャル コサキンDEワァオ!(こい - でん - ビンゴボンゴ - 、1995年4月14日〜1995年10月6日 金曜日21:00〜22:55 同じく「まった無し!大相撲」があると15分短縮、21:15から)
  • 木曜UP'S コサキンDEワァオ!(もくようアップス - 、1995年10月12日〜1997年4月3日 木曜日25:00〜27:00)
コサキンのUP'S」とも表記。
1年ぶりに全国ネットへ復帰。
  • 水曜UP'S コサキンDEワァオ!(すいよう - 、1997年4月9日〜2000年3月29日 水曜日25:30〜27:00 1997年10月8日から25:00〜27:00)
先述同様、「コサキンのUP'S」とも表記。
この頃までは、生放送されることもあった。
  • コサキンDEワァオ!(2000年4月5日〜2002年3月27日 水曜日25:00〜27:00)
  • 水曜Junk コサキンDEワァオ!(すいようジャンク - 、2002年4月3日〜2004年9月22日 水曜日25:00〜27:00)
  • コサキンDEワァオ!(2004年10月2日〜2009年3月28日 土曜日24:00〜25:00)

[編集] ネット局

[編集] 番組終了時のネット局

  • TBSラジオ - 土曜24:00-25:00 制作局
  • HBCラジオ - 日曜25:00-26:00 ※「UP's」〜「JUNK」時代より引き続きネット。「スーパーギャング」〜「快傑アドレナリン」時代、「増刊号」もネット
  • 山形放送 - 日曜21:00-22:00
  • 信越放送 - 土曜21:00-22:00 ※ナイターオフシーズン(概ね10月〜3月)限定ネット。最終回は放送されなかった
  • 山梨放送 - 月曜20:00-21:00 ※「快傑アドレナリン」時代、「増刊号」もネット
  • 静岡放送 - 水曜21:00-22:00 ※放送時間は度々変えられていた
  • 北陸放送 - 日曜23:00-24:00
  • 北日本放送 - 日曜22:00-23:00 ※「増刊号」もネット
  • 福井放送 - 月曜20:00-21:00
  • 和歌山放送 - 日曜22:30-23:30 ※最終回は放送されなかった
  • 山陽放送 - 火曜23:00-24:00 ※「スーパーギャング」〜「快傑アドレナリン」時代、「UP's」時代、「増刊号」もネット
  • 南海放送 - 月曜21:00-22:00 ※「増刊号」もネット
  • 高知放送 - 日曜23:00-24:00 ※「増刊号」もネット
  • 長崎放送 - 土曜20:00-21:00 ※2006年秋改編〜ナイターオフシーズン(概ね10月〜3月)限定ネット「増刊号」もネット
  • 琉球放送 - 土曜25:00-26:00 ※2005年春改編〜終了。「スーパーギャング」時代、「UP's」〜「JUNK」時代もネット

[編集] 過去のネット局

  • C-TBSウェルカムチャンネル(「JUNK」時代の2002年7月開局〜2003年3月 - 土曜21:00-23:00、他週5回の再放送あり)
  • 青森放送(「増刊号」)
  • 秋田放送(「快傑アドレナリン」時代、「増刊号」)
  • ラジオ福島(「増刊号」の一時期のみ)
  • CBCラジオ(2004年秋改編〜2005年秋改編、「増刊号」)
  • ABCラジオ(「スーパーギャング」時代の1989年10月11日〜1991年9月)
  • 中国放送(2005年春改編〜2006年春改編)
  • 山口放送(「快傑アドレナリン」の一時期のみ)
  • 四国放送(「増刊号」の一時期のみ)
  • RKBラジオ(「スーパーギャング」から「快傑アドレナリン」および「増刊号」〔途中から〕、「UP's」から「JUNK」時代にネット)
  • 熊本放送(「増刊号」の一時期のみ)
  • 宮崎放送(「増刊号」の一時期のみ)

[編集] ネタの傾向〜意味ねぇ、くだらねぇ〜

「コサキンDEワァオ!」の番組テーマとも言えるキーワードは「意味ねぇ、くだらねぇ」。文字通りネタそのものの常識から逸脱した意味のなさ、くだらなさをもって笑いの基本としている。

[編集] 有名人の意味ねぇキャラクター付け

「意味ねぇ」ネタの代表的なものは、コサキンを含む有名人に「意味ねぇキャラクター付け」をするものである。内容はその人物が起こした出来事を勝手な解釈で誇張したものがほとんどであるが、事実無根のキャラクター付けが定着し、番組の中では当たり前のように認識されてきたものもある。

以下に代表例を示す。

  • 時代劇の大御所俳優はこぞって桃尻ということになっており、「ピーチ・ヒップス」などと呼ばれる。メンバーは里見浩太朗加藤剛[9]高橋英樹平幹二朗北大路欣也伊吹吾郎あおい輝彦など。ほとんどのメンバーは、グラビアアイドルなどの女性タレントにたとえられることになっている。メンバーたちが「全裸(もしくはそれに近い姿)」になり、「高速回転」や「紫の煙を噴射」して、最後は「爆発」する、という展開はピーチ・ヒップスネタの典型パターンとなっている。
    • 特に「イブテル」と称される伊吹とあおいの二人は相思相愛であり、ゲイカップルというより、夫婦のような扱いになっている。例えば、いい旅・夢気分でイブテルの「2回の男同士入浴シーン」が放送されたときは、「2回も混浴シーンを披露した」ということになっていた。
    • 派生形として高橋英樹が小堺と会ったときに「一機ちゃん市川だろ、俺も市川なんだよ」と男ぶった物言いをしたことから、小堺は「高橋英樹さんは男の振りをしている」と毎回のように言っている。また高橋は近くで大きい物音を出されると色っぽい声で驚く、というネタもあった。これはTBSテレビ「ドキド欽ちゃんスピリッツ」出演時の出来事を誇張したものである。また、高橋真麻は英樹の夢が女子アナなので、親の夢を叶えたということになっている。
  • 宇津井健はスーパージャイアンツ。(宇津井が主役の新東宝制作の映画『スーパージャイアンツ』シリーズのことであるが、コサキンでは特に、その時の衣装のタイツの「モッコリ」を強調して使っている。1986年に製作されたビデオ『コサキン仮面』では関根がその格好をしている)
    • 他にもこのネタから発展して「寝る時は“”の字」だの「風呂に入っていて膝頭と見間違えた」だの(この派生形として、CD大作戦では露天風呂で宇津井さんに出会った有名人が驚いてしまうというネタが顕著に扱われている)「頭頂部に帽子をかぶせるとお孫さんをだっこしてるように見える」だの「節分の時は自分の恵方巻きを食べる」だの「電信柱」だとか「建御柱」などと実際以上に誇張される事もしばしば。これが後に「スジですね!」に発展して行くことになる。
  • 安藤優子加藤登紀子軍人である(2名とも髪を短くしており、特に前者は終始無表情で威圧感をもって語ることに由来する)。
  • 西城秀樹岡本夏生明治生まれ(二人の年齢のサバ読みを誇張。ただし西城はあくまでも疑惑である)。
  • 北島三郎は実はマダム(リスナー発ではなく、歌手の杏子がゲスト出演したときに話した噂話が定着したという珍しい例。後に女性用眼鏡を購入したという報告もあった)。
  • 松たか子ヒゲ男爵である(叔父のヒゲの濃さから。かつては「菊池桃子はワキ毛がボーボー」というネタもあった)。
  • 谷隼人は叱られ黒乳首(怒られ黒乳首でも可)、ゆらゆらベンツ(ベンツの車内で「なにやら」している現場をフォーカスされたことから。その時の写真で谷が白目をむいていた事も頻繁にネタにされる)。
  • 国生さゆりは「とんぼ」を熱唱し、未だにあのことを引きずっている。
  • 島津ゆたか増位山は小スケベ声で歌を熱唱する。
  • 勝野洋は帰宅するたびに「アーッ!!」と絶叫(夫人を見たためかは定かではない)。
  • 桂歌丸師匠と梨花は『ハムナプトラ』に出演している(二人が痩せており、骨ばった感じからミイラを連想したというもの)。
  • 川島なお美の愛犬「シナモンちゃん」と「ココナッツちゃん」はご主人様から離れたいと思っている。
  • 朝丘雪路の胸は湯葉または焼く前のナンである。また高瀬春奈の尻は象よりも大きい。
  • 大林素子川合俊一である。
  • 木綿のハンカチーフ」に出てくる二人が別れたのは産業革命が原因で、それをさらに突き詰めていくと人類が二足歩行したことに付随する。
  • 小倉一郎は風で飛ぶほど弱い(少食・細身を誇張したもの)。日本のシュワちゃん(逆説的揶揄)。ヒヨコと対戦して負ける。スピード離婚。
  • 石川秀美の太ももに薬丸○連敗[10]
  • 桑マンはひったくられた盗品でコレクションができる。
  • 若松勉は子犬である。また、梅津栄TOKIO城島茂は老犬である。
  • 世良公則はいつでもバンダナつけて大股開き、どうだ顔。
  • 村上弘明は愛妻家の巨乳好きで元仮面ライダー
  • 黒田勇樹は黒デカ乳輪(世界ウルルン滞在記で裸になった際の顔とはアンバランスな乳輪を見て)。
  • 島田陽子の名演技もヘアヌード連発で結局「誰か服を着させて下さい!」と言いたくなってしまう。
  • 太川陽介は走って10秒で倒れるルイルイ(オールスター大運動会での実話)。
  • 大川栄策はすぐエロドッキリに引っかかる。
  • 堀江淳はデビューから三週間で天狗になった(これは小堺が堀江に個人的感情を持っていて「一生言い続けてやる」と宣言している[11])。
  • あべ静江は昔はいい意味で、今では悪い意味で「しーちゃん来てるの? しーちゃん」と言われる。
  • キダ・タローの頭の上には小熊が乗っている(本人のヅラネタ)。
  • 松任谷正隆は「ニコニコブーブー」である(『カーグラフィックTV』の司会者であることから「無類の車好き」とされ、「ニヤニヤしながら雨の道路をスポーツカーで疾走するメガネオヤジ」という扱いとなっている)。
  • 舘ひろしワニである。
  • 楠田枝里子ロボットである(これは『世界まる見え!テレビ特捜部』などテレビでも言われている公然化した珍しい例)。
  • 西岡徳馬は大のトロ好きで、寿司屋ではトロばかり注文している。風呂に大量のトロを浮かべ「トロ風呂」を楽しむのが日課(トロばかり注文していたのは、実際に関根が目撃した。放送1000回記念に寄せたメッセージでは自ら「私はトロリストです」と語っていた)。
  • 島崎和歌子は「島崎和歌子関」と言われている(自身の大食いを指されて)。
  • 要潤団栗である。
  • 三雲孝江ハムスター顔の、ハム太郎である。
  • 水谷豊根津甚八は似ているが、ランちゃん好きな方が、水谷。
  • アメリカのマスク、ビニ本、鳥串3本でアリス
  • 森泉ダックスフンドである。
  • 堀ちえみは、ドラマでは「ドジでノロマな亀」だったが、子作りだけは早かった。
  • 小堺一機は、ルー大柴に自前の洋服を何かにつけ持って行かれる[12]
  • 小堺一機はポッチャリマッチョで「かわいい[13]
  • 関根勤は昔、「ジャンゴ」と名乗る札付きのワルで、新宿歌舞伎町界隈で喧嘩ばかりしていた。自分の男臭さ故に若い男性からの挑発が多く、その度に相手を打ちのめしており、最大の強敵者はシシリアの殺し屋だったり、イタリアのナイフ使い(初めて、関根のシャツを切り裂き、「俺のシャツに触ったやつは、初めてだ」と言って、玉を二つ潰して、新宿二丁目でオカマのホステスになったとか)。

など。額面通りに捉えてしまうとほとんどがただの言いがかりとしか思えないような内容だが、関根小堺のモノマネの対象と同様に彼らに対する愛情から出た物であり、悪意によるものではない。[14]「バカでぇ、くだらねぇ!」と言いつつも大笑いし、後には何も残さないのがコサキンネタの基本と言える。また、基本的に故人はこのようなネタになることはない(後述参照)。コサキン内でだけしか通じないため、それを理解する人にしか話せない内容でもある。その為に番組にゲストで来たタレントによっては全く番組の内容が理解されず、当時小堺とドラマで共演していた縁でゲスト出演した沢口靖子のように「番組の展開に取り残され、放送中にもかかわらず雑誌を読み出した」などという人物まで出てくる始末である。

[編集] 写真ネタ

ラジオ番組でありながら「写真ネタ」が送られたり、ラッキィ池田のダンスコーナーや絶叫マシーンの実況中継があったりなど、放送内容はラジオの枠を超えたものとなっている。そのため、投稿ネタ以外にも写真ネタを掲載している番組本を数多く出版している。写真ネタについてはかつてゲストで登場した若手時代の明石家さんまが、「ラジオでわかれへんやないか」「こんなんリスナーかわいそうや、スタジオだけでゲラゲラ笑ろて」「せやから、写真ネタやめい」と終始苦笑交じりでダメ出ししたこともあった。「写真ネタやめい」は番組初期の名台詞として後々までネタになるだけではなく、関連書籍で写真ネタを収録したコーナー名にまで使われた。また、ラジオ番組としては初めて「インターネットでの放送」、「CD-ROM、DVD-ROMの発売」などをしている。

[編集] 裏関根・裏小堺のトーク

小堺・関根の二人がテレビでの顔とは違う面を見せているのも大きな特徴であり、多方面で活躍しているベテラン芸人同士とは到底思えないような会話(通称「中2の放課後トーク」)が展開される[15]

特に関根の振る舞いはこの番組ならではのものといえる。例えば「女房は俺を誉めてくれない」「に説教したら逆に叱られた」のような、中年男性らしい愚痴を言うかと思えば、意味の無い絶叫、毒舌コメント[16]、原曲を無視した(わずかだが忠実なときもある)身勝手な替え歌、さらにはスタッフや小堺でさえ「バカじゃないの?」と言ってしまうほど下らないコメントを連発することもある。小堺は主にそれにツッコミを入れながら番組の進行をする役回りが多いが、時々二人で暴走してしまうこともある。また、二人とも「似てねぇ物まね」をすることが多く(似てるものも多い)、大半の新ネタはこの番組で披露され、カンコンキンシアター笑っていいとも!特大号での関根のものまねネタの伏線となる。

[編集] ウソハガキ

リスナー側からの意味ねーアクションとして「ウソハガキ」がある。これは、情報局コーナーに送られてくるリスナーからのハガキの中で事実とは全く関係のない内容でスタジオの笑いを誘おうとする目的で書かれるネタハガキの一種である。例として次のようなものがあり、番組では伝説と化している。

  • 松本まりなの弟事件
1989年7月22日放送の『コサキン増刊号』で発生。当時コサキンの二人がお気に入りだったAV女優・松本まりなの情報が欲しいと言っていた所、ある常連リスナーから、「実は松本まりなは僕の姉です」という封書が届いた。便箋2枚程度にしたためられた内容には「これはいつものようなウソハガキじゃありません」「姉の本名は○○です」「姉はお二人の大ファンで」「もしよかったら電話番号をお教えしましょうか」等と書かれており、はじめは半信半疑だった小堺関根をいたく興奮させた。しかし最後の便箋の裏面にポツンと「全部ウソ」と書かれており、もちろん二人は完全にノックダウンさせられてしまった[17]
なお同年9月2日の増刊号には、その松本まりながゲストとして登場。録音されていたコサキンのリアクションに吹き出してしまった。そして自分には本当に弟がいる(常連リスナーではない)ことを明かしている。
  • コジコジモレッ事件
番組内でさくらももこの「コジコジ」がブームになった時、俳優の村上弘明からハガキが届いた。「実は私もコジコジの大ファンで」とはじまる文面はこう結ばれていた。「TV局で見かけたら私が『おはようございます』と言いますから小堺さんは『コジコジモレッ』と3億回言ってください。二人だけの合い言葉にしましょう」。この「3億回」のあたりで読んでいる小堺もウソと気がつくのだが、そこまでの内容がまるで村上本人が書いたかのような内容であったので「ダマされた!」とスタジオ内が爆笑の渦に包まれた。[18]2007年には、ニコラ・サルコジフランスの大統領に当選したことから「サルコジモレッ」というネタが投稿された。

他にも

  • 「コサキン本発売記念の握手会イベントにいって初めて作家の有川の姿を見て、それまで番組を聴いて自分で勝手に想像していた有川像とのギャップにショックを覚えた…」という女子高生のハガキも、よくよく読んでみると20代の男性からの投稿だった。
  • 前述の「ピーチヒップス」の面々が出演している番組(ドラマ・トーク番組など)をテレビ欄で見つけると放送内容を見もせずに勝手にコサキン風に内容を想像してさもその番組を見たかのような感想を番組に書いてよこす事もある。
  • コサキン本の発売を告知すると、発売しないうちからコサキン風の内容を勝手に想像して書いた「感想」のハガキが届く。リスナー対象のイベントについても同様。本の発売やイベントの実施後に送られてくるハガキにも、普通に感想を書いたものに混じって、本やイベントの内容を勝手に創作した「感想」のハガキが届く。この場合「そんなことやってないよ」などという小堺関根からのツッコミが入ることがある。

など頻度としてはかなり低いものの不定期に番組に送られてくる。更に読まれるのがネタコーナーではなく、情報局コーナーなので破壊力がある。

[編集] スタッフなどの内輪ネタ

先述の構成作家ほどではないが、ディレクター等のスタッフも内輪ネタとして話題やネタになっている。初代ディレクターの通称「はだしの杉浦」はコサキン本「ポヨヨ~ン」にその名を残している。二代目ディレクターの門脇覚も、「門脇覚のヒゲ占い」という企画を自ら作り、好評を得た。果てはラジオ総局長(現在のTBSラジオ社長に相当)にまでなった青柳脩までもがネタになった(一時期番組に関わっていた為)。コサキンが所属する浅井企画の関係者のネタも多く、マネージャー(特に小堺・関根やキャイ〜ン担当)はもちろん、浅井良二社長[19]や川岸咨鴻(かわぎし ことひろ)専務[20]さえネタにされリスナーに愛されていた。

[編集] 番組内でのブーム

27年半のコサキンの歴史の中では、前述の「ピーチヒップス」などの定番化したネタのほかにも、様々な題材が番組内でのブームとなった。ブームのきっかけはコサキンのフリートークの話題からであったり、リスナーの投稿や電話出演での何気ない一言であったりと様々であったが、投稿リスナーがその話題に食いついてネタにした結果、他のリスナーも追随し投稿ネタ全体を席捲するようになった、というパターンが多かった。コサキンでは特に動物ネタに縁があり、1980年代はウニヤギハト、1990年代はロバマントヒヒがネタに多用された。動物以外でも番組初期のハニワブーム、1990年代のテレホンショッピングブームなどがあり、番組を賑わせていた。逆に番組側から面白そうな題材(コサキンソングとして取り上げようとしたものなど)を放送するもリスナーの食いつきが悪く、「リスナー操作失敗」と揶揄する投稿ネタが送られることもあった。

後節で述べるコサキンソングから、その歌手自体がブームになるケースも多く、水木一郎ささきいさお冠二郎河村隆一などといった面々が番組で再評価されることとなった。

[編集] ネタとして採用されないケース

番組中で頻繁にネタ化されていた芸能人などが死去した場合、以降そのネタは不採用となる傾向がある。 以下はその代表例。

  • 水野晴郎は妖精、天使、またはいたずら猫である。「ぼんちゃん」こと弟子の西田和昭を溺愛していることになっている。セリフが「棒読みイングリッシュ」である。投稿ネタでは水野晴郎ちゃんと呼ばれることが多く、番組内での大物時代劇俳優グループ「ピーチ・ヒップス」と同等のアイドル的な扱いを受けていた。
  • パンチョ伊東は頭にカラスが停まっている(多方面で囁かれていたカツラ疑惑)。
  • 三浦洋一はクセ顔リーゼント。「ギアを入れろよ」(後述参照)。
  • 松宮一彦は「骨折りウォンバット」(関根命名。松宮がスキーで骨折したため)。「コロビッチ・バキボキン・スキー」。
  • 浅井企画元重役・矢島秀夫は寺田農に似ている。正体は安達祐実。そして酒乱。
  • 小池朝雄は朝から晩まで「これが見えねぇのか?」と叫んでいる。ナポレオンフィッシュに似ている。
  • 鈴木その子は、佐清
  • 荻島眞一の通称は刑事役でも「犯人」。

なお、小池のネタに火がついた時期は小池の死去直後の時期であったが、しばらくしてこのネタも封印されている。

故人以外のケースでは、ルー大柴が浅井企画独立以降、時折「意味ねぇCD大作戦」使用される程度にとどまった。

[編集] 例外

ただし、次のように、故人を扱ったネタでも少なからず採用されるケースがあった。

  • スクリーミン・ジェイ・ホーキンス美空ひばりの曲など、本人自身を揶揄していないネタ
  • 番組開始前に死去した有名人を扱ったネタ(※特に出演者の小堺・関根が生まれる前に死去した人物。こちらはむしろ頻繁に採用されていた)
    • 小堺・関根のそっくりさんとして扱ったネタ[21][22]
  • 死去した有名人のそっくりさんとして扱った人物写真(荒井注[23]
  • 若山富三郎をオチに据えたネタ[24]
  • ダン池田は、どんなにいい事を暴露本で言っても、「嗚呼、もう一度あの子に会いたい」で全て台無しになる』というネタ(このネタが2008年9月放送のコント劇場で使われ、以降もネタにされていた)

[編集] 終了時の主なコーナー

ライルの遠吠え
オープニングコーナー。関根が絶叫しながらリスナーのネタを読む。定番は「会話」、「人違い」など。「ライル」は関根の愛犬の名前で、由来は以前の飼い主だった「飯尾」の直訳「ライステイル」を縮めたもの[25]
コサキンおしゃべり情報局
コサキンの二人が主にその週に起こった出来事を報告する。時には舞台やイベント関係の告知もある。
コサキンおはがき情報局
リスナーから寄せられたハガキやメールを紹介する。小堺、関根が出演したイベント、番組の感想、「意味ねぇ写真」、そっくりさんの写真を取り扱うことが多い。なお、写真ネタの場合は「写真ネタやめい」と書かれていることが多いが、これは小堺の代役で明石家さんまが出演した時に、ラジオ番組で写真ネタを扱う意義を見いだせなかったさんまが「(ラジオなのに)写真見て笑うのはやめなさい」と言ったのがきっかけ。余談だが、「鮪川鯛一(まぐろがわたいいち)のGoGo遊園地ツアー」が始まるきっかけとなった鹿児島-東京二元中継の時はもともと鹿児島からだけで放送する予定だったために葉書や写真はすべて鹿児島のスタジオにあり、飛行機が着陸できないために東京に戻る羽目になった関根は当然写真を見ることができなかった。そのため関根は「リスナーの気持ちがわかった」「面白くない」などと発言したが、その後も写真ネタは続いている。
以前は単に「コサキン情報局」というタイトルだった。ゲストを呼んでトークする場合もある(「ゲスト」の節を参照)。
コサキンコント劇場(2004年10月以降は毎月第1週)
有川・舘川(かつては楠野も含む)の台本によるコントを、コサキンらが演じる。ネタの傾向としては、舘川はスタンダードな長編とキャラクターもの、映画好きの楠野は映画パロディ、不条理ネタを得意とする有川は芸能ネタや絶叫などの勢いに任せたオチが多い。
過去、傑作コントの台本のみをまとめた本が4冊発行されており、2007年以降は、過去の名作作品を集めたCD「コサキンコント劇場」シリーズが発売された。
意味ねぇCD大作戦
欽ちゃんのドンといってみよう!」のコーナーだった「レコード大作戦」と同じ内容。ベスト3ネタや意味ねぇストーリーに、曲のフレーズや、TPを使ったネタを紹介する。当初はおハガキ列島のテーマとして採用したところ、あまりの好評ぶりに3週目から独立したコーナーに昇格したという経緯がある。2時間放送の時代はこのコーナーが二部制だった時期もあり、「初心者向けの前半戦」「上級者向けのマニアックな後半戦」と分けられていた。
月刊浅井ニュース(2008年4月〜、不定期)
浅井企画期待の若手を紹介するコーナー。紹介役はヘビーリスナーには「ニセ社長」として知られる、浅井企画専務の川岸咨鴻が務めた。
おハガキ列島
番組の最後に放送される、週ごとにリスナーから募ったテーマに沿ったネタを紹介するコーナー。定番は「ベスト3」、「キャスティング(配役)」、「キャッチフレーズ」、「絶対ある、絶対ない」など。いわゆる三段オチの場合が多い。テーマにもよるが、コーナーの終盤になると長文のネタが読まれる傾向があった。
おハガキ列島をはじめとしたネタコーナーや情報局では、「ピーチヒップス」と呼ばれる大物時代劇俳優(特に末期では高橋英樹)ネタがほぼ毎週のように読まれる。宇津井健や、逝去前は水野晴郎もネタへの登場頻度が高かった。
これを頼んだらこれが出てきました
一人がこれを買ってきてと言ったら一人がこれが出てきました。というコーナー。例えばインド料理店で「朝丘雪路」くださいと言ったら、ナンが出てきた等。かつての「人まちがい」コーナーの「店員と客の会話」ネタを踏襲している。
コサキンWho's Who?(不定期)
意外な人物(例えばスポーツ選手や女優など)が歌った曲をその人名を伏せて放送し、誰が歌っていたのかの解答をリスナーから募集する。
コサキンSS大賞(不定期)
SSとは「サウンドステッカー」の略で、コマーシャルの前後に流れる番組タイトルをかぶせた短い音楽のこと。(局によってはジングル、アタックなどともいう)このSSに乗せる意味ねぇ会話や絶叫をリスナーから募集し、優秀作品は番組内で使用される。
コサキンバカ発言(上半期、下半期)
その年のリスナーが印象に残った、普通いい年した大人がしゃべらないようなコサキンのバカ発言(関根の発言の方が多い)を番組に送ってもらうというコーナー。もともとはあるヘビーリスナーが、自発的に自らがばっかでぇ〜と思うようなコサキンの発言(いわゆるバカ発言)の数々をセレクトし、それを封書にまとめて年に数回番組に送っていた[26]のが始まりで、それがコサキンやスタッフの間で好評となりコーナー化された。
小林綾子のお悩み解決(不定期)
2007年後半から聴取率調査週間によく行われていた企画。ゲスト出演した小林の天然ボケぶりをコサキンが「師匠」と呼ぶほど気に入ったことに端を発している。リスナーからの相談に小林が独自の感性で回答する。なお質問のほとんどはネタであり、相談を募集する際も「深刻な相談を送られても困る」と注意している。あくまで小林の珍回答を楽しむ企画である。
妄想クイズ(不定期)
妄想のプロである関根がグラビアアイドルとの妄想デートを語るので、相手のグラビアアイドルを当てる。

このうち、情報局、CD大作戦、おハガキ列島は「欽グルス」「スーパーギャング」時代から続いた長寿コーナー。コント劇場、SS大賞も10年以上続いた企画である。

「欽グルス」以降は、「コサキンのフリートーク→情報局→リスナーの電話参加企画(末期は無し)→CD大作戦やコント劇場などの企画→おハガキ列島」という番組の流れが大きく改装されることは一切なかった。

[編集] 終了時以前のコーナー

以下に記すのは企画・コーナーの一部であり、わずかしか放送されなかったり、自然消滅した企画も多々ある。

[編集] 長期にわたるコーナー

コサキンNEWS WEEKLY→コサキン's EYE!→コサキン's レポート
番組冒頭のフリートークのコーナー。二人の近況や興味あることなどについて約20分語り合う。「コサキンおしゃべり情報局」とほぼ同内容。
意味ねぇベスト3→意味ねぇしりとり→コサキン用語辞典→コサキン人名辞典→コサキン新語辞典→コサキンことわざ辞典
リスナーからのネタ投稿コーナー。各企画ごとに形式はあるが、基本的に内容は何でもあり。しりとり以降は毎週決められた頭文字から始まるネタを募集した。途中から辞典となっているが結局ベスト3ネタなどが寄せられていた。過去のコサキン本のほとんどはこれらのコーナーで採用されたネタで構成されている。
コサキン本タイトルコーナー
コサキン本発売のたびにタイトル案を募集するのだが、実際に発売された以降も「次回発行時のために」とタイトル案を募集し続けるコーナーに変化。しかし、徐々にネタ色が強くなりおおよそタイトルではない長文も多く投稿されるなど、れっきとしたネタコーナーに発展した。「親孝行ジゴロ」「パープリン銀行員、両替できずにママを呼ぶ」「ラッキィ池田はそれほどラッキーではない」など。その中でも特に作家の楠野一郎のネタが、既に当時本人は番組を離れていたにも関わらず異常に多かった。代表的なものには「LF一郎」「お台場一郎」「反町クスノ」「クスノ・ボンバイエ」「レオナルド・ディカ・クスノ」などがある。しかし、結局当初の目的であった本のタイトルについては「ポヨヨーン」「モレッ」等シンプルなタイトルに決定し、リスナーからのネタが採用されることは一度も無かった。とはいえ秀作も多かったことから、後にこの時のネタ作品だけを収録した「コサキン本タイトル集 クスノ」が発売されることになった。
鮪川鯛一(まぐろがわたいいち)のGoGo遊園地ツアー
鮪川鯛一とは、番組の構成作家の有川周一サザエさんに出演したらこういう役名になるだろう、というリスナーのネタから生まれたキャラクター(魚偏をつけると有は鮪、周は鯛になる。命名は1990年4月11日放送分にて)。[27]有川を遊園地に連れて行き、ジェットコースター等の絶叫マシンに乗せ、その怖がる様を鑑賞する企画が生まれ、以後、恒例となった。レイティング週間によく行われ、有川への罰ゲームとして行われたこともあった。「ちっとも楽しくない!」「ジャジャジャジャー![28]」「ママー!」「男!結構、男!」等、数多くの名言が生まれた。この企画での音声をリミックスしたものがCD『有川君の絶叫』として1995年9月21日に発売された(オリコン最高位87位)。さらには映像を収録したDVDの発売や、有川の絶叫が携帯の着信音にもなるなどの拡がりを見せている。
最近では、2006年9月30日の放送で漫画家の秋本治から「富士急ハイランドの『ええじゃないか』に乗って欲しい」と提案され、有川が「富士急ハイランド行くぞ!必ず行くぞ!楽しみにしててね!絶対裏切らないよ!」と番組内で約束した。そして2007年4月7日4月14日の2週に渡って「GoGo遊園地ツアーin富士急ハイランド」が行われたが、秋本との約束であった肝心の「ええじゃないか」搭乗は、天候急変(みぞれ)のため延期となった。
始まるきっかけは次の通り。小堺が「いただきます」の放送を鹿児島からすることになっていたためにコサキンの放送も鹿児島から行なう(「いただきます」も当時の「コサキン」も生放送であった)ことになったが、当日の天候が悪く、当日移動した関根と有川の乗った飛行機が羽田空港へ引き返してしまった。その時に飛行機が揺れ、有川の異様な怖がりが発覚。関根が天候不順のために引き返してその日は鹿児島と東京からの二元放送にすると告知しているバックで有川が怖がっている様子(そのとき関根は有川に向かって「うるさいよ」と言っている)を録音したテープを放送したところ、リスナーに大受けした。その影響もあり現在でもCD大作戦で有川の絶叫する模様がネタとして使われる。
また、このことが業界内で評判となりタモリ倶楽部では有川を怖がらせることを目的とした企画が2回行われている。一回目は遊園地の絶叫マシンに乗る企画で、数週後に行われた二回目では芸能界屈指の怪談の語り部(稲川淳二つまみ枝豆)の怪談を聞かせてみよう、という企画だった。このとき一緒に参加したのは金子という当時のタモリの付き人で、有川を「構成作家界の恐がり王」、金子を「付き人界の恐がり王」という肩書きで紹介していた。

[編集] 「ザ・欽グルスショー」「コサキンワールド」以前

「コサキン(最初は「コサラビ」)」開始の1981年10月から1986年3月までのコーナー。

物まねのコーナー
リスナーの電話参加企画。電話出演したリスナーが物まねを披露するコーナー。後に「物まねクイズ・似てね~!」に発展する。これ以降もリスナーによる物まね企画は数あったが、物まねに関係ない企画でもリスナーが物まねを披露することがひとつのお約束事となっていた。
物まねクイズ・似てね〜!
リスナーの電話参加企画。関根のやる物まねが誰なのかを当てる。1問10点で全5問だが、第3問と第5問はリスナー自身が似てねぇ物まねを披露するチャンスがあり、合格すると得点が倍になる。用意された正解でなくてもスタジオのウケ具合で正解とみなされることもあった(特に既に誤答があった場合)など、判定は甘かったが、第4問の「誰が何をしているところか」まで当てさせる「擬音コーナー」が無理難題であったため、100点満点獲得者は少なかった。満点を取ると「スタジオにご招待」か「自宅をコサキンが訪問」のどちらかの特典があった。大半のリスナーはスタジオ招待を選んだが、あるリスナーは自宅訪問を希望した。しかしそれは実現できず、「彼の家は天竺にある」などと後々まで番組やコサキン本でネタにされた。初代の満点獲得者は「クーミン」とあだ名された女性リスナー。大場久美子岸田今日子のモノマネが巧く、後にレギュラーとして毎週電話による出演をしている。また、わざと解答をボケ倒して満点を放棄するリスナーも出現した。
コサキン時代劇シリーズ「必殺うぷぷ人」
連続物のショートラジオドラマ。必殺仕事人をベースにはしているが、北斗の拳の内容が混ざるなど、ストーリーは全くの荒唐無稽なものである。
リカちゃん電話のコーナー
リカちゃん人形のテレフォンサービスのパロディ文章を紹介するコーナー。当然ただの世間話になるはずもなく、やさぐれたり時代錯誤的な内容になっている。
青いゴムゾーリコーナー
番組初期のコサキンソングであったバーブ佐竹の「青いゴムゾーリ」の替え歌をリスナーより募集し、紹介するコーナー。由比ヶ浜海岸で青いゴムゾーリを投げるだけのイベントも実現した。
ラビーの絶叫コーナー
関根が進行役として投稿ハガキを読む唯一のコーナー。最初は「絶叫ベスト5」として「アメリカザリガニよ、英語をしゃべれー!」などの意味ねぇ一言ネタを関根が絶叫していた。「無理矢理100%」以降は意味ねぇ会話ネタが主流となり、「人まちがい」「タクシーの運転手と客の会話」などのシリーズが生まれた。「コサキンDEワァオ!」時代も、「ライルの遠吠え」や「意味ねぇ会話」として同じ内容の企画が復活していた。
コサキンベスト5
コサキンソングのリクエストを募り、毎週の得票ベスト5の曲を放送する。組織票が許されていたので、ハガキ代と書く手間を惜しまなければいままでに番組でかかったことがない曲でもオンエア可能だった。「コサキン増刊号」で復活している。

[編集] 「コサキン無理矢理100%」「コサキン増刊号」時代

1986年4月から1991年9月までのコーナー。

意味ねぇイントロ&曲当てクイズ
リスナーの電話参加企画。イントロクイズは、イントロクイズという名目ではあるが、内容はイントロの曲から別の曲へと連鎖させる曲名連想クイズである。(例:イントロは杉良太郎『マイウェイ』→杉様といえば流し目→ながしめといえばながしま→正解は長嶋茂雄のウィスパーカード)曲当てクイズは、関根が歌う替え歌の録音テープを聞いて、その曲名を当てる。小堺には内容を隠して録音してあるため、曲を聴いた小堺が笑い転げることもしばしばあった。曲当ては、原曲のタイトルのもじりであったり、歌詞から推測がつくのでまだ何とかなるが、イントロクイズが前述のような無理難題であったため、正解者は少なく、出場者は「哀しみの挑戦者」と呼ばれたほどだった。イントロと曲当ての両方に正解すると、「小堺の実家の寿司屋」「TBSの食堂」「浅井企画社長室」のいずれかで寿司をご馳走してもらえる権利、もしくは「ベロニカテープ・ビデオ」(番組特製の、未公開放送やネタが収録された録音テープまたはビデオテープ。名前はベロニカ・ハートに由来)がもらえた。また、当コーナーでのリスナーの珍回答により、番組内で「ヤギ」ブーム、「ハト」ブーム(リスナーが、最初から正解を捨てて「田中邦衛の頭は鳩くさい」と答えたことによる)が発生した。なお、「コサキン快傑アドレナリン」でも「替え唄&イントロ当てクイズ」として一時復活している。
コサキン物まね道場
リスナーの電話参加企画。電話で物まねを披露しリスナー同士で優劣を競う。当時の笑点大喜利メンバー全員をひとりでやってしまう少年や、広川太一郎の声に本当に似ている漫画家・もりいくすおが人気になった。特にもりいの場合はあまりに似ているので広川本人がゲスト出演したほどだった。また、もりいは後に番組本のイラストを担当したり、関根の舞台公演「カンコンキンシアター」のナレーションを務めることになった。一時期番組内で多用された『キャシー中島の水着の紐が取れたところを見た橋本龍太郎が「うぁ~」と言う』というネタが生まれたのも、このコーナーで披露された物まねからである。
ラビーの意味ねー人まちがい&絶叫
関根が投稿ハガキを読むコーナー。内容は「絶叫コーナー」と同じだが、そこから派生した「人まちがい」のネタが増えたためタイトルを変更。人まちがいは『あ、○○さんだ!』『違うよ、あれは××だよ』(または『いいえ、私は××です』)という会話形式で、フリとオチで似ていることもあれば全く似ていないがそれ故に笑えるパターンもあった。さらに、客と店員の会話として有名人をあらゆる商品や料理などに見立てるシリーズもあった。有名人の意味ねぇ見間違え方と人選がこのコーナーの勘所である。
想い出のスクリーンミュージック
リスナーからの映画にまつわる想い出を紹介し、そのテーマ曲をかけるコーナー。ただし、投稿者が「七代目ボンドガール」と名乗ったりしており、実際は架空の映画作品とホラ話を絡めた長文ネタ投稿コーナーである。テーマ曲には、水前寺清子の「ありがとうの唄」が多く使われた。
五社五社(ごしゃごしゃ)ワールド・ボーナスねぇんだよシビレッチョ
一時期のオープニングコーナー(録音)。浅井企画の自称「万年部長」であった五社勇が、一方的に意味のないトークでしゃべり倒す。実際は台本を読んでいるだけであったことが後に暴露された。専務である川岸咨鴻(ことひろ)も時々出演していた。五社は坂上二郎の元マネージャーで、浅井社長にカレーをおごったことがあるのが自慢。川岸は鬼軍曹的キャラクターで、番組ではコサキンが電話で車だん吉の出演交渉をした際に、社長になりすまして「2億年出さん!」「寝ても寝られん!」の名言を吐いたり、酔っ払ってスタジオに乱入し「リスナーに100万円おごる」と発言する(映画の試写会への招待などで実現)などの「伝説」を残している。
ルー大柴のパックインミュージック
一時期のオープニングコーナー(録音)。自称「ポエット」であるルーの「クドいトーク」と「いやなポエム」で構成。「パックインミュージック」は名前を借りただけだが、BGMは同番組で使われたものを使用している。ルーとラッキィ池田は後年「パックインミュージック21」のパーソナリティを務めた。
これとは別に番組オープニングでルーが予期せぬ場所に隠れ(スタジオ内のダンボールの中、机の下、隣のビル等)、小堺に電話して「どこにいるか当ててごらん!」と言ってから、いきなり登場して小堺を驚かすシリーズ企画もあった。この企画の最終回では「ホタテを食べさせてあげる」と予告し、ゲストの武田久美子を連れて登場した[29]。この企画で当時ネットしたばかりの大阪や沖縄へルーが行ったこともある。
ラッキィ池田の2時2時ダンス
ルーのパックインミュージックとほぼ同時期に放送されたコーナー(録音)。2時の時報が鳴ると小堺や関根が「2時!」と叫び、半強制的にスタート。曲に合わせてラッキィが振り付けをリードする。月替わりで「モンキーダンス」「クラゲダンス」等のステップがあった。番組後半戦に向けて眠気を覚ますために踊ろうという趣旨だが、実際は写真ネタと同じくビジュアルを想像して、ラッキィのはっちゃけぶりや、準レギュラーとして登場するルーとの掛け合いを楽しむコーナーであった。他にもカンコンキンシアターの出演者や関根が出たことがあり(小堺は踊ることはなかった)、この時は生2時2時ダンスを披露することもあった。
反則ハガキコーナー
「コサキン増刊号」で放送されたネタ投稿コーナー。内容は何でもあり。おハガキ列島の延長戦的なコーナーだが、タイトル通りにコサキン本編よりも過激なネタが放送されていた。
佐野量子の頭の中はおもちゃランド
「コサキン増刊号」で放送されたトークコーナー。基本的にコサキンは出演せず、浅井企画所属のアイドルであった佐野量子をメインに据え、構成作家の鶴間政行が聞き手役を務めた。
ほのぼのスクールライフ
「コサキン増刊号」で放送されたエンディングコーナー。過去・現在を問わず、学校生活での出来事や思い出に関する投稿を紹介する。タイトル通りのほのぼのしたネタもあれば、いつものコサキンらしいおバカネタまで寄せられていた。

[編集] 「コサキン快傑アドレナリン」時代

1991年10月から1994年9月までのコーナー。

俺の愛妻物語→新・俺の愛妻物語→2001年・俺の愛妻物語
新婚の放送作家「有村周二」とその妻「明江」の結婚生活を描いた、コサキンコント劇場の目玉コント。後に単発でも放送されるようになる。名前を見れば分かるとおり、当時の有川家の生活をパロディにしたもので、舘川が台本を書いていた。当初は実話を暴露していると思われる内容が多かったが、あまりに生々しかったためか、次第に実話を交えつつも何の脈絡も無く古畑任三郎が乱入するなど、ナンセンスな内容も混ざっていった。ただし最終回では、舘川の悪意が籠ったかのような壮絶な結末を迎えた。
キャイ〜ンのコーナー(「キャイ〜ンのドッカーン」など)
当時、浅井企画の若手芸人だったキャイ〜ンをメインに据えたコーナー。新作コント発表や、ダイエット企画などがあった。開始当初はピン芸人だったウド鈴木単独の出演で、当時のスポンサーのゲームセンターでリスナーと交流する企画であった[30]。ウドの天然ボケでリスナーの心を掴み、キャイ~ン結成後に出演した相方の天野ひろゆきも「腹黒い」というキャラクターが立つようになった。キャイ〜ンはその後売れっ子になり番組を卒業する。 なお、この卒業には直前に天野がニッポン放送の「キャイ〜ン天野ひろゆきのMEGAうま!ラジオバーガー!!」のパーソナリティーに抜擢されたのも影響していたとされ、「TBSを裏切った」としてさらに天野に腹黒イメージがついてしまった(もちろん、ブラックジョークの範疇である)。また楠野一郎も「ラジオバーガー」の構成作家となったため、同時期にコサキンから離れている。
身の回りのどうでもいいこと
タイトル通りの内容で、本当にどうでもいいことだが思わず報告したくなった出来事や事柄についてのリスナー投稿を紹介する。コサキンの投稿企画の中では珍しくほのぼのした雰囲気のコーナーだったが、「夜中にカップルが集う『ナイトスケベストリート』」などのコサキンらしいネタもあった。
関根十三郎(じゅうざぶろう)のテレビショッピング
当時の番組内で、各種テレビショッピングの過剰な商品説明およびリアクションが話題になっていたことから始まったリスナー投稿コーナー。リスナーが考案した意味ねー商品を、関根が胡散臭い口調で紹介する。価格は大抵一万円で、価格発表のときは特に声が高くなっていた[31]。このコーナーから生まれた、失言をしそうになると自動的にハウリングを起こしてごまかす「セーフティー反響マイク」は、他のコーナーでも使われる人気ネタとなった。
ミスコサキンコンテスト
コサキンアシスタントオーディションを兼ねたリスナー公開イベント。「コサキン快傑アドレナリン」時代に2度行われた。コンテストのグランプリと準グランプリがアシスタントに採用され、第1回では3人組[32]の「コスモス」、第2回では2人組の「アンドーナツ」が番組に登場した。このユニット名はおハガキ列島にて募集したものだが、投稿のほとんどが「あばしり一家」などのいつものコサキンネタで、関根らも「天津はまぐり」などと名づける始末だった。関根はこのイベントを「コサキンでは珍しく、ちゃんとした結果が残ったイベント」と評している。なお、第1回の準グランプリだったかわのえりこは「自分のことは、太郎っぽいから『たろさ』と呼んで」発言や「料理の際にせっかく切ったネギを捨てた」「グラビアがドラえもんみたい」などネタに欠かない人物だったが、コサキン卒業後も「ローバー美々」として異彩を放つこととなった。
若手作家企画ダービー
かつてのコサキンのディレクターの門脇覚の発案で、当時の若手作家「アタック隊」に喝を入れる「怒りの企画」としてスタート。有川・舘川・楠野が各自企画を作り、リスナーから投稿を募集してその面白さで優劣を競う。敗者は「ラモスパーマをかける」という罰ゲームが発表された。
  • 有川企画「私を叱って」:懺悔内容と叱って欲しいフレーズを募集し、当時のアシスタント(ミスコサキン)にそのフレーズで叱ってもらった。「リスナーより有川が楽しんでいる」という意見が多かった。
  • 舘川企画「バカな買い物」:今になってみればなぜ買ってしまったんだろう、という意味ねぇ買い物自慢を募集した。
  • 楠野企画「コサキン・ザ・プレーヤー」:おハガキ列島の定番ネタでもあった、映画キャスティングネタのコーナー化。毎週テーマとなった映画の意味ねぇキャスティングを競った。なお、これには楠野が考えた「正解」があり、もっとも近かったリスナーには楠野の私物が贈られた。
紆余曲折はあったが、最終的な敗者は有川に決定。これを受けて罰ゲームは変更され「GoGo遊園地ツアー」が開催されることになった。

[編集] 「コサキンDEワァオ!」以降

1994年10月から終了時までのコーナー。

コサキンSEナンバー1
リスナーの電話参加企画。SE(サウンドエフェクト)、すなわち「UFOの飛来音」「瓶の蓋を抜く音」といった効果音が毎回テーマとして提示され、その音を物まねできるというリスナー4名が電話でSEを再現し優勝を決める。難度が高いと思われるSEでもかなり似せていたリスナーが多く出演者を驚かせていた。当コーナーではリスナーがSE以外の物まねを披露するのが恒例だったが、いつからか小堺の「お尻をギュッ!」という合図でコサキン用語の「ケレル」を絶叫することも恒例となってしまい、SEの似せ加減だけでなく「ケレル点」なる非選考ポイントまで設けられ、ある意味本編以上の盛り上がりを見せた。ただしケレル絶叫は過激になったため、鶴間の提言により消滅した(リスナー間ではこれを鶴間チェック、または鶴間の一声と称した)。コーナーの最後は参加リスナーが一斉にその日のお題を披露してフェイドアウトする事になっていたのだが、実際にはリスナー達が好き勝手なことを言ってフェイドアウトとなってしまい、小堺曰く「さながら映画『ゴースト』で死者の魂が死神によって闇に引きずりこまれるシーンのような状態」になってしまっていた。また、とある回のテーマで出された「ロバの鳴き声」が、出演者にもリスナーにもインパクトを与えたため、ロバがネタに多用される「ロバブーム」も発生した。
クイズコサキン知ってれホン
リスナーの電話参加企画。コサキンの長年の歴史のエピソードからクイズを出題する。二人のリスナーの対決方式で、決められた合言葉を先に言ったほうが解答権を得る。2問先取で勝ち抜き。勝つごとにコサキンの古着がもらえ、5週勝ち抜きでマル秘テープ、10週勝ち抜きでスタジオご招待の特典があった。途中より、最近の放送からの問題がほとんどになった。「ないです」という言葉が決め台詞のようになっていた女性リスナーなど、いい味を出したリスナーも多く参加したが、あまりにも真剣に勝ちにきたり、場の空気を読まないリスナーもおり、ネット上でのリスナーの意見はこのコーナーに否定的なものもあった[33]
Laおかきのコーナー(「Laおかきはじめました」など)
浅井企画の若手芸人だったLaおかきをメインに据えたコーナー。新作コント発表、本人たちの考えたゲーム企画などがあった。しかしゲーム企画での彼らの不甲斐なさからおかきの番組残留を賭けた「コント4番勝負」が行われ、リスナー投票により'97年4月第1週で降板させられてしまった。Laおかき解散後、村山は放送作家やアイドル評論家として活動し、飯尾はずんを結成してヤング部開始以降に再登場している。
コサキンヤング部
若手芸人のネタ見せコーナー。この時は西田たか子佐藤まい子なども出演していた。2時間放送のときは時間もたっぷりあったため、ネタ終了後にコサキンによる批評やトークなどが行われていた。1時間放送になってからは「コサキンヤング部24劇場」に受け継がれた。
一機と勤のトーク&トーク&ビューティー
二人があるテーマについて時には真剣に、時にはふざけあいトークをするという内容。おすぎピーコが来た際には「おすぎとおすぎとピーコとピーコのトーク&〜(以下略)」が行われた。
コサキンお悩み快傑
あるリスナーが東京新聞の読者投稿欄にこういうコーナーがあったらいいなという、少々おふざけ感覚で番組感想を送ったところ、実際に掲載されてしまった。もちろんこの投稿が新聞に掲載されたときにはこのコーナーはなかった。このことで「このリスナーに嘘をつかせてしまう」ということを避けるために急遽このコーナーが作られた。後にコサキンの2人は東京新聞に「人生の苦労や悩みをたくさん知る良き兄貴分」と紹介された。
ハートブレイク青年団
「番組の主なリスナー層と言えば10代の若者。青春期ならではの恋愛の悩みもいろいろある」ということでリスナーからの恋にまつわる話、特に失恋話や片思いの話を紹介した。だが、そこはコサキンリスナーの悲しい性(さが)であり、いつの間にか意味ねー路線のポエムばかりが投稿されるようになってしまった。しかしこのなりゆきを修正することはなく、読み手の小堺にも聴いてるリスナーにも、読み進めていかないとそれが本気なのかネタなのか分からないスリリングな展開が好評であった。
門脇覚のヒゲ占い
門脇はコサキンの二代目のディレクター。古くからのリスナーには書籍などで顔もよく知られ、「メガネとヒゲとホクロの人」で通じるほど立派な口ヒゲを蓄えており、「弘兼憲史に似ている」というネタもあった。このコーナーでは「女性リスナーを獲得する」という名目で、本来裏方である門脇が「おひげのワッキー」と名乗るパーソナリティーとして登場。妙になよなよした口調で「おひつじヒゲ座」から「うおヒゲ座」までの12星座を占う(中にはヒヒヒゲ座という星座まで存在した)。しかし、占いの内容は全て「意味ねぇ」おバカな内容ばかりであった。テーマソングはジェイ・ガールズの「イエローワールド」(番組内では「ヒゲのテーマ」で通じる)。これは門脇自らの選曲で、当人はこのコーナーに非常に意欲的であった。また2000年の年頭には「門脇覚の2000年ヒゲ干支占い」のコーナーがあった。こちらも「ヒゲ子年」から「ヒゲ亥年」までの干支で2000年の運勢を占った。なお、門脇は既に部長クラスにまで出世している。
有川先生のCD大作戦直前コメント
正式なコーナーではないが、一時期有川がCD大作戦のタイトルコールを任され、その直前に自分の身近に起こった体験談や出来事を一言述べることが恒例となっていた。普通の人では起こりえない体験談や自虐ネタが大半を占めており、小堺曰く「どうしてそんなことがおこるわけ?」、関根曰く「ちょっと病院行った方がいいな」という内容で多数のリスナーから好評を得た。例として「TBSの玄関横でアイスを食べていたら警備員さんに『どういうつもり』と言われました」「靴の紐を結ぼうと思ったら前のめりじゃなくて横に倒れました」「タバコを買おうと思ってお金を入れてボタンを押してそのまま行ってしまいました」など。有川がタイトルコール役を降りてからも、時折彼の近況が話題になっていた。
有川と舘川のトーク(コサキンコント劇場直前)
こちらも正式なコーナーではなく、コサキンコント劇場の前に有川と舘川が他愛のない話をするというもの。だいたいはセリフが決まっていてコント調のトークである。舘川が有川の行動に呆れるというのが定番であった。終わり際には有川が週刊プレイボーイなどに載っているグラビアの女の子にコメントをつけていたがヤングサンデーがスポンサーになってからはなくなってしまった。なお、一説によるとコント調コメントは小堺が、グラビア批評の部分は「女人鑑定家」である関根が原稿を書いていたと言われている。
ヤンサンスペシャルグラビアDEワァオ!
スポンサーとなった漫画雑誌「ヤングサンデー」(小学館)のグラビアを関根演じる「自称プロの女人鑑定家・Dr.オパ」が独自の視点で紹介するコーナー(Junk時代)。関根独自の妄想ネタが多い。その週のグラビアを飾る女性がコーナーゲストとして登場することもあった。その際、コーナーのオープニングはまず小堺が関根にページを見せ、その後目の前に本人が現れ関根が「オゥ3D!」と叫ぶパターンが用いられた。後に「雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!」に似たようなコーナー「グラビア刑事雨上がり分署」があった。
モノマネ極めましょうスペシャル
2006年から聴取率調査週間に行われていた企画。コサキンがリクエストした人物をゲストに呼び、本人の癖やしぐさを見た後、本人の前で物まねを披露し公認してもらおうというものである。小堺は男性、関根は女性をリクエストすることが多く、小堺は既に物まねをしたことがある人を呼ぶのに対し、関根の方は段々会いたいアイドルを呼ぶだけになった。ただ、その結果他の番組では見られないような顔合わせも実現した。この企画で小林綾子のボケキャラクターが発掘され、物まね企画に代わって小林の悩み相談コーナーが放送されるようになった。
コサキンヤング部(ヤンガー部)24(ツー・フォー)劇場
およそ2分4秒で幕を閉じる、浅井企画の中堅芸人のネタ見せコーナー。最初は「コサキンヤング部〜」であったが、2008年1月の放送から「もう皆ヤングという年齢・芸歴ではないが、コサキンよりは若い」という理由で「コサキンヤンガー部〜」に変更された。出演芸人はコサキンヤング部時代と同じ。
木村大作ニュース(不定期)
プロカメラマンにして「劒岳 点の記」で映画監督デビューを果たした木村大作がゲスト出演した際、その辛口トークがコサキンを圧倒したことに端を発する企画。木村と電話で結び、近況を伝えてもらう。 番組最末期は、木村や小林綾子がゲスト出演する機会が多くなっていた。

[編集] 番組用語

大半は「意味ねぇ」というフレーズ通り、本当に意味不明である(ウィキペディアは用語辞典ではないが、当番組の場合独自の用語が理解できないと番組そのものが理解できないため、参考として以下に示しておく)。

[編集] 出演者に関する言葉

  • ムックン、ラビー - それぞれ小堺、関根の愛称。詳細はパーソナリティーの項目を参照。「小堺・関根をムックン・ラビーと呼んだことがある」というリスナー度チェック項目が投稿されたことがある。これらはあくまで番組内での呼び名であるが「ごきげんよう」や「ダウンタウンDX」など他の番組で小堺関根両人が共演した際に小堺が一瞬気がゆるんでうっかり関根をこう呼んでしまい、リスナーでない視聴者やスタジオ観覧者に気がつかれずあわてて言い直すことがたまにある。ただし「ごきげんよう」ではスルーすることが多い。
  • 一流芸能人 - もちろん、ベテラン芸人であるコサキンの二人のこと。ただし、番組内での使われ方は一流芸能人らしくなさを強調するために自虐的に使われる傾向がある。'98年末頃に番組の企画さくらももこの事務所に行った際に、同行した有川を舘川と小堺のどちらが車で送って行くか揉めてしまい、小堺が送らされそうになった時に冗談半分で「なんで一流芸能人のオレがそんな事しなきゃならないんだ?」と勝新太郎のモノマネで言い放ち突っぱねた事に舘川が食いつき、その後の放送で使用した事に由来する。
  • ペゴい - 小堺の中学時代の友人が使っていた言葉。気に入らない相手に対して使用。手の甲を相手に向け、払いのけるような手振りをしながら、(ふてぶてしく)「相手しない、ペゴい、ペゴい!」と言っていた。
  • ポッチャリマッチョ、いい体 - 小堺の体の事。1990年頃に特に何もしていないのに妙に筋肉質に見える体型をネタにされたもので、「ビデオ(映画)を観て、ビールを飲んだだけで作った体」と称される。なお近年はジム通いするようになったが、松下由樹が一緒に通っていて「どーにかなんねーかなー」ネタにつながった。コント劇場ではホモネタの定番として使われる。
  • 恋愛なんて嘘っぱちなんだよ! - 関根の独特の恋愛観だが、映画やドラマなどで強引に恋愛シーンが展開する時に強く使われる。他に「恋愛なんて言うのは錯覚なんだよ!」もある。関根自身は恋愛結婚である。言うきっかけはアメリカの離婚率が高いことに「アメリカじゃ結婚する前は「ダーリンダーリン、ハニーハニー」とかいってるのによー。離婚率50%、2分に1組が離婚だ!」と叫んだことから。関根がこの言葉を絶叫した直後に何らかの表情をしてスタジオ内を笑わせるのだが、リスナーにはまるっきり想像する事が出来なかった。後にコサキンビデオ「マントヒヒ」にてその表情が明らかになったのだが、文字にして表現する事は不可能といえる(敢えて例えるなら何となく大滝秀治ジャイアント馬場っぽい表情ではある)。
  • 代々木上原南砂町 - それぞれ小堺・関根の夫人が独身時代に住んでいた場所。若気の至りで仕事の合間に足繁く逢いに行きそこで「何か」があったために、二人ともあまり触れたがらない。代々木上原で小堺が何をしたのかについては数年に1回位、関根がネタとして「初めてのリスナーのために」と説明をするが、自分のことである南砂町の方は「聞くと引いちゃうから」ということで明かさない。番組の企画で代々木上原を訪ねる「ミステリーバスツアー」が行われたこともある。なお、代々木上原と関連するキーワードとして「代々木上原で3時間の空き時間に3回戦」「池田まさるの番組で放心状態」がネタとして一緒に扱われることがある。2008年になってから、なぜかネタにされる頻度が高くなった。なお、代々木上原・南砂町は2009年3月に発売されたCD コサキンコント劇場第3弾のタイトルにもなっている。
  • 土肥温泉 (ヤブーorヤブキ)- 小堺が青春時代に、とある恋人と行った伊豆半島の温泉地。ここで小堺はヤブキという女性と行って以後、彼女にストーカー紛いの行動をされトラウマになったらしく、この名を出すと小堺の「やめろ!」というリアクションが入る。この他、過去の小堺の女性関係のエピソードは、「代々木上原」と共に良くネタにされる(もちろん夫人と出会う前の話)が、最近では小堺の息子や娘、その友人達もリスナーになっているため「息子が聴いてるんで、勘弁して下さい」などと言うようになっている。このネタが出始めたころ、土肥温泉の本物の観光協会会長から投稿ハガキが番組に寄せられたことがある。内容はもちろんまじめな温泉解説で、小堺もまじめに紹介した。
  • マントヒヒ - 小堺の笑いのツボ。少年時代の小堺が見たTV番組でのマントヒヒの映像、およびそのときのナレーションが小堺の笑いのツボに入り、一時期は関根やリスナーに、声色を変えて「マント・ヒヒーッ!」と絶叫されると、小堺が笑い転げて番組の進行が止まってしまう、ということがあった。小堺を無条件で笑わせる為には一言、「マント・ヒヒ!」と叫べばいいのである。1995年には福島弓子アナウンサー(当時。現イチロー夫人)とコサキンで野毛山動物園のマントヒヒを見に行ったが、その際にも小堺はマントヒヒの檻の前で笑い転げていた。もっとも、多用し過ぎたせいで、後年は小堺にも多少の耐性がつくようになってしまった。
  • 買ってないよ - 関根がゴルフクラブを、小堺が洋服を、それぞれ衝動買いした時の言い方。「?(商品名)なんか買ってないよ」とボソッと言い逃げるような口調である。逆に「買ってないからね!」とキッパリ言い切るパターンもあるが使い方は同じで、つまり買ってしまっている。
  • 小堺 学(-まなぶ) - 将来生まれてくるであろう小堺家の4人目の子供の名前。番組内でリスナーのネタやラビーの雑談などからまことしやかに流布されており、関係者(リスナー含む)の間では周知の事実となっている。要するに『有川(小路川)知募政』と同レベルの人名。その由来は小堺家の3人の子供たちの名前の付け方から。プライベートな事なのではっきりとは書かないが、「1人目は『飛ぶ』、2人目は『歩く』、3人目は『見る』。だったら4人目は『学ぶ』だな」と話した事がある。ラビーやリスナーからムックンへの"子だくさん芸能人と評判の薬丸裕英哀川翔に負けるな”というエール(子づくりへの期待)から来ているが、小堺は『今ここでもう1人もうけると妻が大変な事になるから勘弁してくれませんか』とはぐらかしている。
  • リスナーの神様、白鳥王子、シケ面(づら) - いずれも有川のかつての愛称。有川は放送作家になった切っ掛けが浅井企画の川岸専務によるスカウトであったため、、当時のハガキ職人から「神様」とあがめられた。有川の結婚前後には、「一介の放送作家が劇団の看板女優を娶った」というその幸せな様子を揶揄され「白鳥王子」と呼ばれていたが、後年は不摂生な生活により年齢より老けた外見および行動をとることから「シケ面」と呼ばれることが多くなった。
  • 日清ラ王、コーラ、あんドーナツ - 番組本などの発売記念イベントとして開催される有川のサイン&握手会に欠かせない三種の神器。リスナーが有川の好物として持ちこむ供物で、特にラ王、あんドーナツ(および砂糖入りミルク)は有川の夜食の定番でもあり、有川夫人の悩みの種となっている。
  • 有川 知募政(ちぼまさ) - 「コサキン用語辞典」のコーナーでのリスナーの投稿ネタで、有川に子供が産まれた際に強制的につけられることになっている男児の名前。女児の場合は「美女(みにょ)」となっている。有川夫人の旧姓である「小路川(おじかわ) 知募政」の名でネタにされることもあった。ただし2009年に放送終了するまで、有川家に子供が産まれたという報告はされなかった。
  • 兄貴、兄ィ - コサキンに出演した年長の男性ゲストの中でも、特に出演者やリスナーの支持を得た人物に与えられる称号。この場合はコサキンネタにありがちな同性愛などの含んだ意味はなく、純粋に「かっこいい先輩」としての意味で使われる。水木一郎ささきいさお冠二郎らが該当する。

[編集] 番組進行に関する言葉

  • パッホーン - 「さようなら」という意味でエンディングで出演者、作家全員で叫ぶ言葉。当初はコサキンが「せーの」という音頭を取ってから絶叫していたが、後には有川が音頭取りを務めていた。『欽ちゃんのどこまでやるの!?』の「クロコとグレコ」のコーナーでは、コサキンはこの言葉を登場時の「つかみ」のギャグとして用いており、ラジオとは意味的には逆だった。2000年頃に一回だけ言うのを忘れて番組を終えたことがあり、リスナーからネタにされた。また、ロビン・ウィリアムズに言わせたことがある。ウィリアムズは相当気に入り、「OK, Once more again, "パッホーン"」と繰り返してくれた。
  • 洗礼 - CD大作戦のコーナーで関根勤がリスナーの名前、ラジオネームを略して絶叫すること(例:有川周一であれば「ありしゅう」)。声元は「コント劇場」で関根が演じたキャラクター「関根村勤美」(せきねむらつとみ/普段はかわいこぶった性格と声だが、興奮するとぐれた性格でダミ声になるという設定)。
  • 「バーン!」「アーッ!」 - 小堺と関根の掛け合いのセリフ。関根の話が暴走したり、どうにも話のオチがつかなくなったりしたときに、小堺が「バーン!」と関根を撃つまねをし、関根が「アーッ!」と被弾したまねで応える。銃(散弾銃になった事もあった)に限らず、小堺が関根にウニを握らせたり、画鋲や剣山を踏ませたりなど、多彩なパターンがあった。特に吹き矢を吹くまねのツッコミは、ごきげんようなどでも小堺が披露していた。後年はこうしたやりとりは段々と「静かにしてください」や「(居酒屋の大将の体で)お客さん、看板ですよ」といった冷静なツッコミに代わっていった。ただし、時々は「関根さん、背中にサソリが30匹付いてますよ」のようなフリのあと、関根が絶叫するというパターンも見られた。
  • 死んでる - もちろん本当に死亡する事ではなく、笑い転げて、声が出なくなったりスタジオから出てってしまったりなど番組の進行に支障が生じた状態の事を指す。'90年代初頭まではよく使われていた用語だが、その後は文字通り死語と化してしまった。
  • バッカでー! - 文字通り、バカバカしすぎるネタなどの後にコサキンが絶叫する言葉だが、当番組では罵倒ではなく、最高級の誉め言葉である。「バカじゃないの!?」「くっだらねー!」も同義。昔は「意味ねー!」も言われていたが、意味深なネタが多くなり「意味深すぎる」というコメントに変わっていった。「ひっでー!」というのもあるが、これは本当に「単なる悪口」のネタに向けられる場合もある。さらに酷いネタでボツになった部分は「読めません」と言って、自分たちが目で読んで大笑いしている。
  • あげましょう(あげよう) - 「(今のネタは面白かったので、送ってくれた人に記念品を)あげましょう」という意味。「これバカ過ぎるよ!なんかあげましょう」は、投稿リスナーにとって至高の賞賛といえる。生放送時代に「あげましょうが増えてくると、それは二人が疲れてきた印」という趣旨の投稿があり、図星だった二人が苦笑したことがある。贈られる記念品は、TBSのノベルティグッズやコサキンのテレカ、聴くまで内容が分からないマル秘テープなど、放送された時期によって様々であった。
  • MVA - 「Most Valuable あげましょう」の略。「コサキンDEワァオ!」が深夜枠に復帰してから導入された、今週の最優秀投稿者に与えられる賞。コサキン福袋(中身は小堺の古着など)が贈られる。
  • あぺにょ - 「恋する電リク BINGOBONGO」時代のみ使われた言葉。「あぺにょ」自体に意味は全くないが、「電話リクエスト締め切り」のことである。類語に「FAXでのリクエスト締め切り」を現す「けぺにょ」はあるが、FAXは24時間受付の為使われることは無い。共にリスナーからのネタが由来。しかし、リスナーに指摘されるまで本人達はすっかり忘れていて、結局自然消滅。

[編集] ネタに関する言葉

  • 全裸 - 投稿ネタで無理矢理なシチュエーションを代表するキーワード。何かを全裸でする、全裸で叫ぶなど。応用として「全裸に○○(靴下、天狗のお面、おしゃれポーチ、アーモンド等々)をつけただけの姿」というマニアックな展開になることもある(使用例:リスナーが小堺から「今日はどんな格好してるの?」と訊かれた際の回答)。同じような使われ方に「高速回転」「紫の煙を噴射」「逆○○(後述)」「全裸に一糸だけ纏った姿」などがある。ゲストに来た漫画家・臼井儀人は「今日はどんな格好ですか」とわざわざ小堺に質問させ、「全裸に竹輪」と答えていた。
  • 逆○○ - 「逆水着」「逆まわし」など着衣表現に関する用語。要するに通常の着衣部分と露出部分が逆転した想像するだにあられもない姿のことである。特殊例として『逆エプロン』は全裸にエプロンのみという出で立ちだがエプロンは後ろ前逆に着用する。リスナーにより『ワンダールック』とも命名されたがその表現は命名以後使用されていない。
  • 爆発 - 投稿ネタのお決まりの展開の一つ。ネタの中でキャラクターに意味ねぇ行動をさせた揚句、収集がつかなくなったときは大抵爆発オチである。「全裸」「高速回転」と並んで、コサキンネタ投稿の三種の神器とも言えるフレーズである。CD大作戦では、爆発の効果音が多用されるとともに、ハナ肇とクレージーキャッツの『ハィそれまでヨ』の最後で流れる「ジャーン!」という不協和音も同様な使い方をされていた。
  • オケベ - スケベの意味。「お下劣+スケベ」の合成とも言われているが、由来は不明。ゲストに意味を聞かれ、「雄なスケベ」と関根が言ったこともある。
  • 小(こ)スケベ - ムード歌謡歌手の歌声のような、甘い美声のこと。コサキンでは特に、増位山太志郎(現・三保ヶ関親方)および島津ゆたかの代名詞として使われる。島津はコサキンのイベントにゲスト出演したこともあるのだが、増位山については関根が番組内で「歌っている暇があったら稽古しろ」と暴言を吐いたことがあり、自身の歌が下手だと思っている関根のやっかみも入っていると思われる。
  • オスビ‐「雄」の「なすび」、すなわち陰茎の隠語。
  • スジ - 「オスビ」と同じ「陰茎」の隠語。宇津井健が「好きなおでんの具は?」との質問に「スジですね!」と応えたのが発端で、宇津井→アレが大きい→スジですね!という流れからこの言葉が生まれた。これ以降「オスビ」よりリスナーからのネタ葉書にも頻繁に登場するようになり、「オスビ」はほぼ死語となっていた。
  • モレッ - 関根・小堺のコントから何かが漏れる様子。類語は「ヘレッ」。後に番組本のタイトルにもなった。
  • ユニユニ - 「コント劇場」内で謎の司会者「ユニーク関根」が発する言葉。この言葉を発するとSEの笑い声が入り、小堺(視聴者や、ゲストの小堺一機本人役)が「誰も笑ってないだろ!」「客なんていないじゃないか!」と突っ込みを入れるのがお決まりのパターン。
  • おぱいこ - 平たく言えばおっぱいのこと。その派生系として2007年末からこの番組では真木よう子ブームとなり、彼女が出演していたドラマSPにちなんでSPの別名を「すげーパイパイ」や「スペシャルおぱいこ」と呼ぶリスナーも出ている。
  • エロい - グラビアアイドルなどの女性の評価に使われる。通常の意味とは少し違って「セクシーで魅力的」という意味の誉め言葉である。
  • ヘゲ声 - 東尾修東尾理子親子の発声の名称。発音が悪いためいつも、「ボーボーボー」としか聞こえない。CD大作戦では修が喋ると、船の汽笛、理子は汽車の汽笛と女性の分高い。類義語として後述するマリア四郎「ホゲ声」秋野太作「ゲゲ声」等がある。
  • にがよし、あまびこ(または、あまのぶ) - 歌い方についてらしいが、ほとんど意味不明である。

[編集] 絶叫

この節で記述された言葉のうち、由来が明記されていないものは、言葉自体の意味は存在しない。

  • ら゛ - 発音は敢えて表現するなら「ら」と「ろ」を同時に発声したようなものである。一時期は番組内での挨拶の言葉に使われ、ネタでは衣笠祥雄が産まれたときの第一声とも言われた。栄えある番組本第1号のタイトルでもある。
  • オピョ - 「オピョピョピョピョー」と連続することも。番組にゲスト出演した野沢直子はこの絶叫を聞き、語感がツボにはまったのか放送中にしばらく笑い転げてしまった。やはり番組本のタイトルになっている。
  • ゲベロッチョ - 「おめでとう」の意味らしいが真相は不明。日本で流行っている挨拶としてジャッキー・チェンに言わせたことがある。「コント劇場」内では「原宿で10人に『ゲベ』と聞けば、8人は『ロッチョ』と答えますよ」なる台詞もあった。
  • ケレル - 尻をわしづかみにされたときの絶叫。同名の映画『ケレル』に由来する。一時期つなぎのSEとして連発され、ゴスペラーズ(メンバーの黒沢薫はコサキンリスナー)が「ケレル」を歌うSSも使用された。アニメ映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」のコサキンの出演シーンにてケレルネタがアニメ化された。対義語は「ナブラ」。こちらはプロテニスプレイヤーのナブラチロワから。
  • ノルッケデニャー - 1990年秋のコサキン増刊号における「コント劇場」に登場した「沢田亜矢子クラスの大女優」を称するキャラクター・沢村勤子が発したもので、有川が勢いだけで書いたもの。彼女の結婚相手は青年家事手伝いの「真ピンク虎造(まぴんくとらぞう)」。
  • (獣化兵)マコラ - 夢枕獏の小説「荒野に獣慟哭す」に由来。 派生として「モコラ」というのがあるが、これは宇津井健のいわゆる「スジですね」に名付けられた怪獣の名前。関根がこのフレーズをKABA.ちゃんに言ったところ泣きながら喜んでいた。
  • オギオギ - 女性に対する興奮を表した言葉。由来は谷岡ヤスジの漫画から。
  • アタタカチャー - 番組初期の絶叫。暖かいというよりは、「本能寺の変での織田信長の一言」など灼熱の状況で使われる。
  • ツチェー - コサキンのコントに登場するキャラクターである「トカゲ星人」が発する鳴き声。「ツチェチェチェチェー」と連続することもある。
  • ブロロロロー、ズババババーン - 水木一郎の歌う「ぼくらのバロム・1」の歌詞に登場する絶叫。水木ブームの発端となった絶叫である。水木がゲスト出演した際は、彼が「マジンガーZ」の最後の「ゼーーーーット!!」という絶叫を披露することも多かった。

この他、「ホヒンダ」「アッシュ、アッシュ」「オビロオビロビュー」「エペレッチェ」「オリンピアー、エロトピアー」など、多種多様の「意味ねぇ絶叫」が番組内で叫ばれていた。「北斗の拳」がブームになっていた頃は、「あべし」「ひでぶ」「ちにゃ」など、同作でよく知られた断末魔が叫ばれていたこともあった。

[編集] その他

  • ヘビーリスナー - 長期に渡りコサキンを聴いているリスナーのこと。他の番組でも用いられる言葉だが、コサキンはその歴史故に投稿リスナーをはじめ多くのヘビーリスナーが存在していた。また、一旦聴くのを止めた後に再度聴き始める「出戻り・復活リスナー」の存在が多いのもこの番組の特徴であった。対して聴き始めのリスナーは「ベビーリスナー」と呼ばれた。番組が始まって5年?10年の頃は、コサキンがベビーリスナーに対し「3ヵ月は我慢して聴いてください」という発言もしていた。要するにネタなどの内容があまりにヘビーリスナー寄りになり初心者を置いていってしまう傾向があるため、ついていけずに番組離れしてしまわないように予防線を張っているのである。
  • 通(つう) - ヘビーリスナーの中でも達観した境地にあるリスナーのこと。通がコサキンを聴く際は必ずコサキンが始まる2分前に電源を入れ、ガウンかバスローブに身を包み、鉛筆でヒゲを書き足し、暖炉の前で籐の椅子に座ってブランデーグラスに入ったワインを嗜みつつ聴いている、というのが通のイメージになっている。もちろん実際は、リスナーのネタから生まれた妄想イメージである。そもそも発端は「コサキンSEナンバーワン」のコーナー内で出場者がSEを披露したあと、小堺が出場者のお尻をむんずと掴みそれに対して出場者が思い思いのスタイルで「ケレル!」と絶叫する(全て電話口でのやりとり)様子を聞いた関根がその絶叫具合を解説するのに例えたのが始まり。『おっ・・・いま通はねぇ、ブランデーグラスを振るわせながらおヒゲを書き足したよ!』といった具合にケレル絶叫を聞いた通がどれだけ興奮しているのかをアドリブで妄想解説していた。1995年11月頃から1996年1月初めくらいまで行われていたがあまりの脱線ぶりに鶴間によってコーナー内での「ケレル絶叫」禁止令が出されてしまった。その後イベントなどで「ケレルコンテスト」が行われ、通の皆さんを多いに喜ばせた。
  • サニオクオニニニ - 『小堺クンのおすましでSHOW』や『カンコンキンシアター』を公演していた「シアターアプル」のチケット予約電話番号を紹介する時に、関根が覚え方として読み上げるフレーズ。初めの頃は語呂合わせ風に「32歳の奥さんと9歳の子供、そしてオニニニ」と表現していた。しかし、結局数字を覚えなければならない上、この時点で既に「オニニニ」という意味不明な言葉が登場している。そして次第に番号そのままの読みとなり、とうとう何の語呂合わせでもなくなったにも拘らずリスナーは番号を覚えてしまった。なお2007年からシアターアプル窓口での販売がなくなり、2008年12月31日にはシアターアプル自体が閉館となってしまった。

[編集] 番組で使用された音源

ラジオ番組である以上、音楽や音声を使ったネタも多く、番組を盛り上げる一つの要素となった。大別すると、既存曲をネタにした「コサキンソング」、番組独自の「ラビーの替え歌」、ゲストの発言を使った「TP」に分けられる。

[編集] コサキンソング

あまり聞かれない何だか妙な歌、意味不明な歌、おかしな歌、有名人の意外な歌、隠れた名曲、ヒット曲であっても聴き方によって珍妙に聞こえる歌などを「コサキンソング」として紹介している。「CD大作戦」では、これら「コサキンソング」が使用されることが多い。2004年にブレイクした松平健の『マツケンサンバII』や1987年にブレイクした吉永小百合の『奈良の春日野』なども、ブレイクする以前から紹介していた。

もともとネタにしやすいジャンルのため、『伊集院光 日曜日の秘密基地』(TBSラジオ)の「おバ歌謡」や、『赤坂泰彦のミリオンナイツ』(JFN系)の「うさんくさいポップス」など、コサキンソングと同様のコンセプトを持つコーナーが多数存在する。

  • リカちゃんトリオ『リカちゃんトリオの唄』 - 元祖コサキンソング。「欽グルス」時代は、テレホンサービスの「リカちゃん電話」のセリフをコサキン風に変える投稿コーナーのテーマ曲だった。リカちゃんのボーイフレンドがまだ「ワタル」君だった頃の歌。
  • バーブ佐竹 『青いゴムゾーリ』 - 番組開始当初のコサキンソングで、この歌の替え歌だけで1コーナーあったほどの人気だった。歌詞にちなんで、神奈川県の由比ガ浜海岸で、青いゴムゾーリを海岸に向かって投げるイベントも行われた。「青い~」の部分をあおい輝彦としてCD大作戦で多用されていた。
  • 舟木一夫 『太陽にヤァ!』 - 最後の「ヤァーーーー!」を歌い終わるまでにカール・ルイスが100m走り終わるといわれていた。舟木の歌では 『夏子の季節』もコサキンソングとして取り上げられた。
  • 萩本欽一 『山に登れば』 - コサキンとは切っても切れない、師匠格の「大将」が歌った歌。素朴な歌い口とシュールな歌詞が印象的だった。
  • 万里れい子 『太陽がほしい』- 唄いだしの「ほしぃ、ほしぃいぃいぃいぃ…」に、リスナーの心はわしづかみにされた。
  • トーマス・オマリー六甲おろし』 - 片言の日本語も味があるが、素人のオマリーならではの音程の外れ方がすさまじくて笑える。
  • 王貞治本間千代子『白いボール』 - この歌のせいで、王には「グラウンドの棒読み」という意味ねぇキャッチフレーズがつけられた。
  • 近藤正臣 『雪が降る』 - 歌うというより、近藤が彼独特の情感を込めた語り(「寒い…凍えてしまう…」)でパフォーマンスしている作品で、リスナーの心をわしづかみにした。
  • 布施明『ときめき』(主に2番)、『愛は不死鳥』 - 特に「ときめき」のラストで布施が魂を搾り切るように熱唱する所が番組内では「最近はこんな風に熱唱する歌手っていなくなっちゃったよね」と特にコサキンの二人に再評価されている。
  • 杉良太郎『君は人のために死ねるか』 (杉主演の刑事ドラマ大捜査線』(フジテレビ)の主題歌。番組では『ポリスマン』と呼ばれている)『幸せホテル』『男よ』『マイウェイ』 - 現代向けの曲であるにもかかわらず、杉が歌う時代劇の主題歌同様のビブラートを効かせた演歌調で歌っている。
  • 細川俊之中村晃子『パローレ・パローレ(あまい囁き)』- 「もっとよく見せて」「本当の気持ちさ」「(君という名の恋物語を)僕はまだおしまいまで読んではいない」など細川がおネムな声で囁く台詞がCD大作戦でも長年にわたり多用され続けている。
  • シャルル・アズナヴール『イザベル』 - 主に中盤でのハイテンションなあえぎ声のような「イザベル!」の連呼部分が使われる。
  • 美川憲一『スカーレット・ドリーマー』 - 主に最後の『あ゛ぁ〜』というため息が使われる。
  • ピーター『人間狩り』 - 小堺がピーターに会った際これを歌ったらピーターに「よく覚えてるわね?そんな曲」と言われた。
  • 中井貴一『君はトロピカル』『リタ・デ・ジャネイロ』 - 特に『君はトロピカル』は、サビの最後に繰り返される「わっはぁ〜ん」という絶叫とも擬音ともいえない気だるい歌詞が、リスナーに衝撃を与えた。中井のファンである大石恵がゲストに来た時にこの2曲を聞かせたところ、「いや〜、イメージが…」と大きなショックを受けていた。
  • 石黒賢『君にミステイク』 - さわやかなキャラクターとは裏腹の棒読みの歌い口。「コサキン快傑アドレナリン」時代に行った、コサキンソングの人気投票で『君はトロピカル』を抑えて2位を獲得。しかし石黒にコメントを求めたところ、当然の反応であるが不快感と困惑を隠していなかった。
  • 三浦洋一『ギアを入れろよ』 - 男らしくもたどたどしい歌い口や「ちょっとちょっとちょっと!ちょっとキツイんだよ!」というサビがリスナーの心を掴み、上記のコサキンソングの人気投票で1位を獲得。しかし三浦からはコメントを貰う事が出来なかった。三浦の逝去後は、番組のポリシーによりこの曲を聴くことは出来なくなってしまった。
  • 海道はじめ(坂越達明)『スナッキーで踊ろう』(作詞・三浦康照、作編曲・船村徹) - プリマハムより発売されていた「スナッキー」という商品のCMソング。過剰に掛けられたエコーがまるで地底からの叫び声のように聞こえるところから番組で話題になる。坂越は静岡で活躍する民謡歌手で、反響の大きさから番組内でわざわざ船村に電話をしたのに続き、自らゲストに登場。コサキンのメンバーと同作を歌った。船村と坂越によればバックコーラスをつとめたスナッキーガールズには風吹ジュン吉沢京子小山ルミなどがいたという。
  • マリア四郎『もだえ』- 「嘘でもいいから愛されたいの」という歌いだしがどうにも形容の出来ない歌い方で特に小堺のツボにはまった。ジャケットを見る限りでは若い頃の田村正和のような端正な顔立ちなのに、歌い方がコサキン用語で言う「ナヨッとしたホゲ声」でものすごいギャップがある。「CD大作戦」では、「ンもだえるぅ〜」の部分が頻繁に使用されていた。
  • ルー大柴『YOKOHAMA』『イマジン』『パローレ』 - いずれも「ヘタウタ」としてリスナーの話題になる。また、ルーが思ったことを適当なメロディで歌ったものは『ルー節(ぶし)』と呼ばれている。きっかけはLaおかきが自身のコーナーでルーを訪問した際、彼らを追い出すために歌ったことから。完全なアドリブの為、同じルー節は二度と歌えない。なおルーはミュージカル出演経験もあるように、一応の歌唱力は持っている。しかし、コサキンの二人には「やな声!」「ドブの網の所みたいな声、ドブ声」「やなメロディ作るな〜」とまで言われている有様である。
  • 石田純一『ジゴロ』 - ゲストで登場した本人が『調子に乗ってました』と反省するほど軽いボーカル。
  • C.W.ニコル『庄子船長』 - 捕鯨船の船長の優しさをカントリー調で歌い上げる。終盤に「せんちょぉ〜〜〜〜〜〜〜」と叫ぶ辺りがCD大作戦で使われた。
  • 増位山太志郎(現・三保ヶ関親方)『そんな女のひとりごと』『けいこ』 - 歌手としてヒット作を飛ばした空前絶後の力士。ただしコサキンではそんな栄光は関係なく小スケベ声と称される甘い声だけがネタにされる。関根曰く「歌は上手い、声も甘い、そして、小スケベ(笑)。いや、大スケベだ!!」
  • 島津ゆたか『ホテル』 - 増位山同様、小スケベ声がネタとして使われる。
  • 藤波辰爾『マッチョ・ドラゴン』 - 当時の藤波の入場テーマ曲の本人歌唱バージョン。その天衣無縫で豪快な歌唱を番組では「幼稚園児が歌っている」と評したが、本人がゲスト出演したときにはさすがにそれを言及することはできなかった。曲中のギターの音から「チョワヨ〜ン」とも呼ばれている。
  • 野坂昭如YWCA』 - YMCAの替え歌(ライブ音源)。手拍子をする際、マイクを叩く音(実際はフットドラムの音)まで入っている。野坂の歌い方がまるで酔っぱらいのようでバックコーラスとすら合っていない。もっと言えば、女性コーラスグループが歌っている所に酔っぱらったおじさんがステージに上がってきて歌に絡んできているようにしか聞こえない。『火垂るの墓』を見て感動している所に「でも、この物語の原作者は後にこんな歌を歌ってるんだよ」とこの歌を聞かせ、感動を台無しにさせるのがコサキン通の楽しみ方。
  • 風間杜夫『ララバイ・ロックンロール』 - サビの終わりのシャウトが『吼えザル』と呼ばれた。
  • 原田芳雄『iigusa』 - 一時関根のものまねネタとなる。作詞は桃井かおり。原田の歌声の一節ごとの語尾に妙なビブラートが効いている。
  • 杉浦直樹&石立鉄男『女嫌いのバラード』 - デュエットソングであるにもかかわらず、杉浦と石立の噛み合わなさっぷりが聴きどころ。お互いに歌を合わせる気がない為かサビの終わりの部分が「女嫌いの〜、バラードド〜」と聞こえてしまう。この曲も、石立の逝去後は番組内で聴ける事が困難になった。
  • 冠二郎』『ムサシ』『バイキング』 - 1992年大晦日の紅白歌合戦を見ていた関根が『炎』を絶賛。ゲスト出演した冠のとぼけたキャラクターも好評だった。これをきっかけに冠はネオ演歌シリーズを確立する事となる。
  • 高英男『男と女』 - 日本屈指のシャンソン歌手である高による、シャンソンの定番曲であるが、何回もリフレインされる「ダバダバダ、ルバダバダ」という歌詞のしつこさや「聞えルバダバダ」といった無理矢理な訳詞がネタにされた。
  • 間下このみ『キャベツ畑の子供たち』 - 当時海外で流行し日本でも話題を呼んだ幼児向け玩具「キャベツ畑人形」にインスパイアされる形でリリースされた迷曲。実際は間下をはじめとして数人の子供たちにより歌われた。間下の幼児ならではの無茶で無駄に元気な歌唱法に唖然とさせられる。
  • ジ・アース『午前2時』 - 「スーパーギャング」時代、午前2時の時報を過ぎるたびに、決まってこの曲のサビ部分(または小堺が真似たもの)が流れた。
  • 水前寺清子『ありがとうの歌』 - TBSテレビで高い人気を誇ったホームドラマ「ありがとう」のテーマ曲。ただしコサキンではそれとは関係なく、映画の想い出(という建前のナンセンス長文ネタ)を紹介するコーナー「想い出のスクリーンミュージック」でのオチとして多用された。
  • 藤木孝『24000のキッス』 - 歌声が小堺がはしゃぎ気味で歌っているように聞こえたため、最初に放送されたときは歌手名を「小堺一機」として紹介された。
  • 大杉久美子『すきすきうさこちゃん』 - 番組側ではコサキンソングとして仕掛けたかったが、リスナーの反応がほとんどなかった。
  • 能瀬慶子『アテンション・プリーズ』 - 小堺曰く「ピアノで出せない音」「譜面に起こせない音」。作曲は浜田省吾
  • 大場久美子『スプリング・サンバ』『エトセトラ』 - 小堺曰く「(度が)合わない眼鏡をかけてるような音程」。
  • 松平健『お嫁サンバ』『マツケンサンバ』シリーズ - いずれも松平の舞台公演で歌われたもの。『お嫁サンバ』は言わずとも知れた郷ひろみのヒット曲だが、イントロでの「イェイ!」というつかみから最後まで妙にノリノリな松平の歌いっぷりが、当時の彼のイメージとのギャップを生み話題を呼んだ。また、同時期に紳士服のコナカのCMで松平が見せた“サイドステップ”の振り付けも、松平人気に拍車をかけた。その他「イントロがやたら長い曲」として『マツケンサンバ』シリーズも紹介された。なおマツケンサンバが最初に紹介された1999年当時は番組内で話題に上るのみだったが、後に他媒体でも紹介され、特に『マツケンサンバII』は2004年に一大ブームを巻き起こした。元々ヒット曲だったものを穿った視点でコサキンソングにした曲は多いが、マツケンサンバは、結果論ではあるがコサキンがいち早く目を付けた後に大ヒットとなった稀有な例である。
  • 細川俊之小倉百人一首』(歌ではなく朗読) - 一句丸ごとの事もあるが、句の一部分だけを使う事も。例えば、「紅葉なりけり」であれば「もみ(じ)」をつかって更に「〜と知りながら」の「しり(ながら)」と組み合わせて「しりしりもみもみ」などがCD大作戦で多用される。
  • 西城秀樹激しい恋』 - CD大作戦では、歌詞よりも、イントロでの「ピキュンピキュン」というSEが何かを連想させるらしく多用される。
  • 水木一郎マジンガーZ』、『ぼくらのバロム・1』 - かつて営業で水木と一緒になったコサキンは、ヒーローソングの巨匠である彼も、流石に曲中の雄たけびに照れを見せていたことを覚えていた(詳細は「ラビーの替え歌」を参照)。その後水木はゲスト出演、数々の「雄たけびソング」や知られざるバラードを披露した。
  • ささきいさお破裏拳ポリマー』、『恋にいのちを』、『GIブルース』、『MAZINGER Z』(『マジンガーZ』英語版[34])- 特に『恋にいのちを』ではその歌い声から「二代目林家三平」と名づけられた。また『破裏拳ポリマー』はラストの「ダン、ダン、ダン、ダン、ズン、ダダーン~」の部分はCD大作戦でよく使われる。
  • 平尾昌晃星は何でも知っている』 - 平尾がロカビリー歌手時代に歌った大ヒット曲。CD大作戦では平尾がだらしなくしゃべるセリフ部分(「きっと、きっと、嬉しかったんだよ…」など)が多用される。
  • 西郷輝彦『真夏のあらし』 - CD大作戦では、間奏でのセリフ「イェイイェイ、ワァオ!」が多用される。概要節の記述にもあるように、終了まで15年続いた番組タイトル「コサキンDEワァオ!」の元ネタである。
  • 藤島桓夫(ふじしまたけお)『若い元気なお相撲さん』 - 小堺は当時「桓夫(たけお)」が読めなかったのか、「藤島…さん」と紹介していた。藤島桓夫は『月の法善寺横丁』のヒット曲で知られる演歌歌手で、『若い元気なお相撲さん』は『月の法善寺横丁』のカップリング曲だった。
  • 喜美正二郎『すずらん通り』『昼も夜も眠れない』 - 喜美は本業はトラック運転手で、100万円貯まるとレコードを自費出版していた。番組にゲスト出演を果たした事もある。ノドに扇風機が入っているような、何とも表現しがたい強烈なビブラートと、「すずら゛ん゛の゛はな゛がさい゛ていたぁあぁ〜〜〜〜〜ぅ」と語尾の韻を“う”段に持って行く強烈な歌唱法が特徴(関根曰く「う結歌唱」)。番組終了記念のイベントでは、「コサキンに是非見せたい物」としてリスナーから事前に募集を掛けた所、何と喜美正二郎に直接コンタクトを取り、音源を送ってもらったという凄いリスナーが現れ、赤坂サカスでその音源が公開されたが、あまりにも強烈な歌唱力に番組で紹介された当時同様の衝撃が赤坂サカスに集まったファンを襲う事になった。
  • 太子乱童『愛の絶唱』 - ソロで3種類の歌唱法を取り入れた曲。最初は普通に朗々と歌っているのだが、途中でいきなり「き゛ぃ゛ぃ゛み゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぅ゛」というダミ声になり、最後は妙に強弱している。特に普通→ダミ声に変わる箇所がネタにされている。
  • 勝彩也『まぼろしのブルース』 - 勝だけでなく、様々な歌手・グループによって一時期リリースされていた曲(競作という訳ではない)。そんな中で勝バージョンでは曲中何度も歌われる「あぁ〜」の歌い方が一つ一つ異なりそれぞれに情感が込められていると番組内で絶賛。コサキンで注目されたきっかけは、バックでひたすら流れアウトロで余韻を残すクイーカの音が「できるかな」のゴン太くんのため息のようだったことから。勝は現在ヨガ道場を営み、時々カラオケ教室を開きつつ歌手活動も続けている。
  • 『抹茶ヨウカン』 - 藤波辰爾の『マッチョドラゴン』自体がコサキンソングであるのだが、それをリスナーが替え歌にして投稿したもの。リスナー作品には他に『お下劣高校校歌』(曲調はPL学園校歌に似ている)、『イヌフグリのつぶやき』『スケスケ小唄』(以上の2作品はオリジナル曲)などがあった。
  • 『腹式呼吸でアイラブユー』 - スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの曲『アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー(I Put a Spell on You)』の、番組での呼び名。なぜか西村知美が歌っているということになっている。
  • 『腹式呼吸でウママママー』 - スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの曲『リトル・デーモン』の、番組での呼び名。やはり西村知美が歌っているということになっている。サビで実際に「ウママママー」と歌っているように聞こえたため、CD大作戦のネタとしても多用された。
  • 『ウニのテーマ』 - ディジー・ガレスピーの曲『スウィング・ロー、スウィート・キャデラック』の、番組での呼び名。「イーバリバリバリバリ」という絶叫がクロマニヨン人、もしくは車だん吉が歌っている(確かにガレスピーの歌声はどことなく似ている)ということになっている。
  • 『恋の気をつけ何でもねぇんだよゲベロッチョ』 - 水木一郎が歌う 快傑ズバットの主題歌『地獄のズバット』に番組で勝手につけた呼び名。ヘドバとダビデが歌っているということになっている。
  • 童謡『まつぼっくりの歌』『チューリップ』 - CD大作戦で「真夜中にかかってきたら怖いいたずら電話」のネタに多用されたことから、「変なこども」が歌っているということになっている。
  • 長嶋茂雄のウィスパーカード』 - 現役時代の長嶋茂雄のソノシートの、番組での呼び名。長嶋がCM出演した明治製菓「明治ナッツキャラメル」の懸賞品(1960年、『長嶋茂雄の声がきけるブロマイド』として制作・抽選で20,000名にプレゼントされた)で、アメリカ民謡『峠のわが家』のBGMで長嶋が「僕、ジャイアンツの長嶋です。君、お元気?」と語りかけている。
  • JAYWALK『何も言えなくて…夏』- この歌を聴いた関根が「いつまで過去引きずってんだよ!めそめそしてんじゃねえよ!」と激怒し、「めそめそ男の未練歌」と名づけ歌い始めると節の終わりに「めそめそ」と歌い、JAYWALK自体も「めそめそ男達」と名づけた。
  • ラビット関根『猿の惑星』 - 映画「猿の惑星」のテレビドラマ版がアメリカで製作され、日本でも放映されることになった時のテーマ曲。作曲は浜口庫之助。パーカッションとブラスによる壮大な曲の合間に、関根が「人間が来たぞ!イーッ、イーッ!」と絶叫していた。関根曰くこのテレビドラマ版は5週間程度で打ち切られ、関根の歌はわずか3回しか放送されなかったが、コサキンにて本来の意図と違う形ではあるが日の目を見ることになった。
  • 加藤剛三匹のこぶた』 - 童話の絵本に付属していたソノシートで、加藤が童話の三匹のこぶたを朗読するというもの。しかし冒頭でいきなり波音が聞こえ、「やぁ、海からやってきた加藤剛です。剛おじさんと呼んでね」と挨拶するという、この上なくシュールな構成になっている。そして物語が終わると、剛おじさんは海に帰っていくのであった。なお「踊る!さんま御殿」で加藤と関根が対面した際に関根が聞いたところ、加藤はこの朗読のことを憶えていたという。
  • 河村隆一『evergreen 〜あなたの忘れ物〜(カバーアルバム)』 - CD大作戦で「由紀さおり安田祥子姉妹に歌わせたい歌」シリーズが大流行した中で紹介され、その独特の歌唱法が受け、由紀・安田姉妹の後を継ぐ形でヘビーローテーションされた。河村は後にはリスナーのリクエストにより、三善英史の「」をフルコーラス熱唱した。なお、関根は河村と友人関係であったことが番組内で発覚するまで黙っていた。当の関根本人は、「言わなかったっけ」とおとぼけ発言をしていた。
  • 舘ひろし青い山脈'88』 - 同名映画の主題歌。間奏に漏らす「ウア〜ァ〜」とため息を漏らす所をネタにしているが、当の本編も保健室の先生役でも「学校で潜入捜査」と舘の芝居が刑事芝居にしか見えないと散々。また、映画上映時に舘側が示したとされる本曲のシングルカット拒否も番組で話題に登った。舘の他の作品では『いとしのマックス』(オリジナルは荒木一郎)も話題になった。
  • ナディア・ギフォード『ラスト・クリスマス』 - ワム!による定番クリスマスソングのカバーだが、「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」よろしく、歌詞が「ゲベマハー」「ゲベロベー」と非常にコサキン的な擬音に聞えるため、コサキンのクリスマスソングとして定着。クリスマス当日、または直前の放送では必ずこの曲が放送された。
  • 橋幸夫『あの娘と僕-スイム・スイム・スイム』 - 有川の父が経営していたスナック「酔夢」(すいむ)があまりにもダサいネーミングのため、有川に関わるネタの際にはほとんどこの曲のコーラス部分「スイムスイムスイム〜スイムで踊ろう」が使われる。この曲での「スイム」とは1960年代に少しだけ流行した、泳ぐような格好をしながら踊るリズムダンスの一種。
  • 橋幸夫『刺客道』 - 元は橋幸夫が歌う「子連れ狼主題歌レコードのB面曲。中盤の斬り合いのSEと断末魔がネタとして多用された。CD大作戦などのネタハガキでは「バサッ、アーッ!」という書き方でも通用していた。
  • 三田佳子『幸せよここまでおいで』 - 大女優が唄っていた意外な一曲。さわやかな曲調でありながら、いきなり「クイズをしましょう」と誘っている歌詞が話題となった。
など多数。

[編集] コサキンソング以外の番組内での使用曲

  • 小堺一機『With』(エンディングテーマ)- 1985年に発売され、1986年の「コサキン無理矢理100%」開始以降23年もの間、(土曜18時台の放送時を除いて)毎週放送され続けたエンディングテーマ。番組の「意味ねぇ」精神とは異なった真面目な歌ではあるが、後述のおハガキ列島のテーマ曲とともに、コサキンを象徴する曲と言える。
  • 小堺一機『I LOVE TOYS!』 - 映画「TOY STORY」主題歌のカバー曲。TOYが「土肥温泉」(前述)に通じるため、CD大作戦などで使われている。
  • KOINONIA『More Than A Feelin'』(「おハガキ列島」前半BGM)- 1984年に「ザ・欽グルスショー」でおハガキ列島がスタートして以来、同コーナーのテーマ曲として一度も変更されることなく、25年に渡って使用され続けた。
  • 益田幹夫『Skippin' High』(「おハガキ列島」後半BGM)- 番組内では、『More Than A Feelin'』と『Skippin' High』をつないで、一つの曲であるかのように放送していた。
  • 渡辺貞夫『カリフォルニア・シャワー』(「コント劇場」内で「ユニーク関根のユニークモーニング」のテーマとして)
  • ジェイ・ガールズ『イエロー・ワールド』(「門脇覚のヒゲ占い」のテーマ曲)
  • トム・ジョーンズ『よくあることさ』(「クイズコサキン知ってれホン」のテーマ曲)
  • 水谷豊『故郷(ふるさと)フィーリング』(「俺の愛妻物語」のテーマ曲、元々は水谷主演のドラマ「オレの愛妻物語」主題歌)
  • 森田公一とトップギャラン『人間はひとりの方がいい』(「新・俺の愛妻物語」のテーマ曲)
  • ジェリー藤尾『夫婦』(「2001年・俺の愛妻物語」のテーマ曲)
  • Ola & The Janglers『Let's Dance』(「ラッキィ池田の2時2時ダンス」BGM)
  • 野口五郎19:00の街』 - 関根・小堺のそれぞれの夏の舞台公演が夜7時(19時)開演であるためチケット発売告知の際などに関根がよく歌う。毎年5〜7月頃の情報局コーナーの恒例となっている。関根と野口は『カックラキン大放送!!』で共演していたが、「ゴルフレッスンはスパルタだ〜」や「コーヒー飲みすぎで手が震えてる〜」「三井ゆり〜」など余計な一言を付け加えて歌っている。
  • 国生さゆりバレンタイン・キッス』 - 2月14日前後になると毎年のように歌われ、その後国生のことを勝手な替え歌で歌うのがお約束のようになっていた時期があった。しかしこれをやると必ずとんぼさんネタにつながってしまうため自然消滅した。
  • ピチカート・ファイブ『東京は夜の七時』 - 「コサキンDEワァオ!」が土曜18時台に放送されていたころのエンディング曲。関根が歌詞・曲調をうろ覚えで「東京7時夜7時、早く会いたい、彼とデート〜」と歌っていた。同じく関根にうろ覚えされた曲に川島なお美『シャンペンNo.5』がある。
  • ハナ肇とクレージーキャッツの曲各種 - コミックソングとして使い勝手が良いため、CD大作戦ではよく歌詞を利用された。オチに困ったときには、『ハィそれまでヨ』の最後の「ジャーン!」という不協和音だけ鳴らす、という指定をするリスナーもいた。また、ハナの『アッと驚く為五郎』の「あっ!」の部分が「勝野洋の帰宅第一声」等としてよく使われていた。
  • イルカ『なごり雪』 - 歌詞の「(なごり雪も降る時)を知り〜」を「お尻〜」として使われる。

[編集] ラビーの替え歌

番組当初から、小堺に内緒で録音して曲のコーナーでいきなり流すというドッキリ企画であったり、「意味ねぇイントロ&曲当てクイズ」「替え歌&イントロ当てクイズ」として独立した企画であったりなどで、関根が歌う替え歌を放送することは多々あった。曲当てクイズの場合、歌詞の大筋は有川、舘川らの構成作家が作り、関根がアドリブを付け足したりイントロや後奏で思いつきのセリフ・絶叫を作り上げる事が多い。関根は大半は録音したことを全く覚えておらず、自分が歌ったのに放送時に自分で笑ってしまうこともしばしばである。「快傑アドレナリン」以降、曲当てクイズは消滅し替え歌も作られなくなったが近年突然リバイバルし、往年の替え歌が久しぶりに放送されたり新曲が作られたりした事がある。総計で200曲以上にも及ぶレパートリーが存在している。

  • 『アゲイン』 - 原曲は渡辺徹『アゲイン』。ほとんど原曲で、関根は随所で『アゲーン!』と絶叫しているだけ。
  • 『パパは変人』 - 原曲は高島忠夫『パパは恋人』。ほとんど原曲で、関根は随所に高島忠夫の声まねで『イエイ!』と合いの手を入れているだけ。よく聞くとそれぞれの『イエイ』の感情の込め方が違っていたり、フェイントをかけたりなど、『アゲイン』からの進化が見られた。
  • 『ヤラシー』 - 原曲は井上陽水『ジェラシー』。タイトル通り、関根が「ヤラシー」と思ったことを羅列した歌で初期の名作の1つ。ラストで絶叫するまではほぼ原曲に合わせて歌っている。最後は小堺が「バン!」と言って関根を撃ち、関根が悲鳴をあげて強制的に終了される。小堺が替え歌に参加している数少ない曲である。
  • 『我が良き友よ』 - 原曲はかまやつひろし『我が良き友よ』。替え歌ではなく若かりし頃の関根がデモテープとして録音したもので、萬屋錦之介林家三平水森亜土などの物まねをして歌っている。
  • 竜雷太のディープキステレフォンサービス』 - 原曲は『これが青春だ』の同名アルバムに収められていた“大岩雷太先生の訓示”。竜雷太のせりふの上に関根が「(人を信じない奴を俺は嫌いだ!!)ブチュ〜、(人に騙されるのを恐れる余り、人を信じない奴を俺は嫌いだ!!)チュパァ〜・・・(若者としてまったく認めない!!)ウゥ〜ン、ディ〜プ・・・」とウィスパーをかぶせる。実際のテレフォンサービスとはまったく関係がない。初期の投稿ネタの傑作である。
  • 『100%魚』 - 原曲はシブがき隊『100%…SOかもね!』。「意味ねーイントロ&曲当てクイズ」の初回に放送。文字通り魚のことを歌っているのだが、最後がなぜか「太川陽介、ヒゲ濃いぞー!毎日剃ってる!」と全く意味のない絶叫のため、リスナーは「100%太川陽介ヒゲ濃いぞ」と答え不正解。しかし、この答えももっともだということで、曲名は「〜ヒゲ濃いぞ」でも可となっている。曲当てクイズ初期は、『100%…SOかもね!』を原曲とした作品が多かった。
  • 『黄身たち白身たち』 - 原曲は西城秀樹YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』。「蛋白質〜おぉお〜蛋白質〜」と、の黄身と白身が健康に良いことを歌っている。なおサビの直前まで、原曲のメロディは全く無視してひたすら絶叫しているので、厳密には替え歌ではない。曲当てクイズの初回に放送され、リスナーに衝撃を与えた。
  • 『エロイヨ』 - 原曲は徳永英明『風のエオリア』。ある意味『ヤラシー』の続編とも言える、ウラ関根の本領を発揮した傑作。日本武道館で行われたイベントでは、関根が「黄身たち白身たち」などと共に熱唱し、1万人のリスナーが「タンパクシツ〜!」「エロイヨー!」と絶叫した。後年ラビーの替え歌リバイバルブームに乗じてセルフリメイクした「エロイヨ2003」という曲もある。
  • 『丹波哲郎ヨーロ霊ヒー』 - 原曲は『ヨーデル』。「見た事ないのにヨーロ霊ヒー、死んだ事ないのにヨーロ霊ヒー…」と、"霊界の宣伝マン"と呼ばれた丹波哲郎をテーマにした曲。この曲を聴いた小堺は苦しくなるほど笑いころげた。最後は「死後の世界はヨーロ霊ヒーッ!」と絶叫して締めている。
  • トーテムポールの上から2番目の顔』 - 原曲は谷村新司『昴』。歌というより絶叫に近く、初めにぼそぼそと何か言っていたかと思うとサビに入る前に「ああ〜トーテムポールの上から2番目の顔〜!イエーイ、ジャーン!!」と突然終わってしまう。原曲とリンクしているのは、この「ああ〜」だけであった。
  • 『君はニラより美しい』 - 原曲は布施明『君は薔薇より美しい』。餃子が食べたい、それもニンニクよりもニラがきいた餃子を、というような内容なのだが、オチは「オリビアすまない!ドッカーン!」と、布施明ネタになっている。
  • 『ぼくらの水木一郎』 - 原曲は水木一郎『ぼくらのバロム・1』(超人バロム・1主題歌)。日本テレビ24時間テレビにてコサキンが水木と仕事をした時、水木が歌の途中で「ブロロロロー!」「ズババババーン!」と雄叫びをあげた後、少し恥ずかしそうにしていた、というエピソードを歌った。この後、水木がゲストに来るようにもなり、水木の雄叫びはエスカレートするようになった。水木は著書「アニキ魂」の中でもコサキンについて触れており、水木の再評価に一役かった歌とも言える。番組25周年記念イベントや放送終了記念イベントでも「『雄叫び』『絶叫』というのはコサキンから始まった」という趣旨の発言があり、水木とコサキンの深い繋がりがうかがえる。
  • 『グッドナイトヤギ』- 原曲はザ・キングトーンズ『グッドナイトベイビー』。曲自体は「ヤギのあごひげを剃って、全身も剃っちゃえ」というような意味ねぇもの。曲当てクイズで出題された際に小堺が「簡単です」というヒントを出したが、リスナーは原曲を知らなかったのか、自信満々に「ヤギ!」とだけ答えて不正解。「簡単すぎる」とスタジオ内は爆笑、翌週のおハガキ列島でも別のリスナーがこのことをネタにし、気がつけば番組内で「ヤギブーム」が巻き起こり、実際に「ヤギ」というコサキン本が出版されるまでになった。また、この数週間後の意味ねぇイントロクイズで、リスナーが最初から正解を諦めて「田中邦衛が歌う、『俺の頭はハト臭い』」と答え、ヤギと共に「ハトブーム」が発生した。
  • 『俺はグレート13歳下のダンサー』 - 原曲は水木一郎『おれはグレートマジンガー』。当時新婚だった小柳ルミ子大澄賢也夫妻をネタにしたもの。小柳・大澄夫婦は揃ってテレビ出演し熱々ぶりをアピールしており、コサキンも大澄が13歳年下という年齢差などをからかうネタを連発していた。「すぐに別れるんじゃないか」というリスナー投稿も多発し、その後小柳自らが別の番組で「賢也の上にルミ子」などというお下劣発言を行ったのを受け、コサキンの番組敗北宣言を出すほどの過熱ぶりであった。その後大澄はキャラクターを買われて一人での仕事も増え、果ては本当に離婚が成立してしまった。長寿番組ならではのエピソードといえる。
  • ミートボール』 - 原曲はトム・ジョーンズ『サンダーボール』(映画「007 サンダーボール作戦」主題歌)。ミートボールや肉団子に対する想いを情熱的に歌っている。「前歯で割け!」「奥歯で砕け!」「丸ごと飲め!」「揚げ立てだったのね、ウワーッ!」という絶叫は必聴。原曲はライブ盤を使用しており、観客の拍手で曲が締められている。替え歌の中でも特に完成度が高いと言われる一曲。
  • 『有川』 - 原曲はかぐや姫神田川』。有川周一の独身時代の生態を赤裸々に歌い上げた内容で、あまりの歌詞のひどさに関根が途中で吹き出してしまった。ちゃんと歌えたテイクもあるが、関根曰く「真面目に歌うと生々しすぎてかわいそうなので」、吹き出したテイクの方が放送された。なお、'90年12月実施の「意味ねー替え歌リクエストベスト10」では、ちゃんと歌えたテイクの方が放送された。続編として有川周一の結婚後を題材とした替え歌『有川2』も存在する。
  • 『贈る秋葉』 - 原曲は海援隊『贈る言葉』。「秋葉」とは秋葉原のことでは無く、コサキンの常連投稿者(工作職人)からプロの演出家になった秋葉隆史のこと。
  • 『お下劣体操第一』 - 原曲は『ラジオ体操第一』。お下劣な動きを要求する体操。この場合のお下劣とは性的な意味よりも、「肩甲骨横隔膜の中に入れて人間アルマジロ〜!」といった、関根特有のマニアックな身体ネタのことを指す。関根がルー大柴、ラッキィ池田と結成した「オラセラル」のアルバムCD「PSYCHEDELIC SOUND PARADISE」内に、歌詞・曲調を少し変えたものが「ラジオ体操第5」として収録されている。'90年12月に実施された「意味ねー替え歌リクエストベスト10」で栄えある1位に選ばれた。
  • 『関根勤のウィスパーカード』 - 『長嶋茂雄のウィスパーカード』と同じくアメリカ民謡の『峠のわが家』をBGMに、関根が「僕、浅井企画の関根勤です。君、お便器?・・・ポンキッキ・・・」と意味ねぇウィスパーをかぶせる。
  • 『新陳代謝よありがとう』 - 原曲は水前寺清子『ありがとうの唄』。新陳代謝の尊さを歌っている。リスナーであったゴスペラーズ黒沢薫曰く、この歌を聴いたとき「歌って自由にやっていいんだ」と感銘を受け、歌手を志す要因の一つになったとのこと。
  • 『スタンド・バイ・におい』 - 原曲はベン・E・キングスタンド・バイ・ミー』。「大島渚カバーは洗っても臭い」のフレーズが強烈だった。
  • 『真夏の夜の暑い』 - 原曲は松任谷由実『真夏の夜の夢』。例年より熱帯夜が多くて寝られない夏に、普段クーラーを付けない関根が耐えきれずにクーラーを付けて、一気に熱量が失われていく様子を歌った。替え歌クイズで出題されたが、曲名が日本語になっていないため、絶対に正解出来ない。
  • コネチカット州の娘はブラックベリーがお好き』 - これは替え歌ではなく、関根がアカペラで歌ったオリジナル曲。「恋する電リクBINGO BONGO」時代に、関根が小堺へのドッキリとして一時放送ブースを抜け出し、「謎のリスナー」として小堺に電話しリクエストした。イントロは唇をつまびいている。あまりの内容のない歌詞に小堺は絶句し、泣くほど笑ってしまった。曲の後、(一緒にブース内に居たことになっている)関根は小堺に「何で怒らないんだよ」と振られると、「電波の私物化に肩を震わせて静かに怒っていた」と答えていた。
  • 田中邦衛の頭は臭い』 - 原曲は寺尾聰ルビーの指環』。「意味ねぇイントロ&曲当てクイズ」でリスナーが言ったネタを元に作られた。歌詞では「4羽分の臭い」と表現されている。元々前述のリスナーの思いつきのネタなので、「鳩臭い」という語句には何の意味も根拠もない。後年のコサキンでは堀内孝雄の方がよっぽど顔が鳩臭いということになっていた。
  • 『若気のいい身体』 - 原曲は南佳孝『モンローウォーク』。小堺が独身時代に現在の夫人(当時は彼女)が住んでいた代々木上原で「何か」があったことを関根が見事に歌い上げている。「いい身体」とは、小堺が若い頃からこれといって何もトレーニングなどしていないのに(近年はよくジムに通っているが)中途半端にガッシリした体格だった事に由来する。当時はよく『ビールとビデオでいい身体」と揶揄されていた。最後は番組で小堺と噂になった女性(一名だけ「お友達」が混ざっている)の名前を関根がすべて叫んで終了する。
  • 『擬音の舞』 - 原曲はアラム・ハチャトゥリアン作曲『剣の舞』。有名な旋律に乗って関根が意味不明な擬音を絶叫し続けるもの。正確な歌詞を書き留めることはほぼ不可能だが、その単純明快さゆえかリスナーからは高い支持を集めた。関根によると、子供の頃に幼馴染の家で「剣の舞」のLPレコードを45回転でかけながらバスタオルを巻いて踊り狂ったことがあり、その頃からイメージがあったらしい。
  • 『第イー』 - 原曲はL.v.ベートーベン作曲「交響曲第9番歓喜の歌』」。当時関根が出演していたNTV系「MOVE TOWN 2」のプロデューサーの口癖「イー(本当は『エー』なのだがあまりに声が甲高く、周囲にはこう聞こえた)」だけで歌い上げた。このプロデューサーは、古い業界用語を使う人物として、よくリスナーのネタにもされていた。これはいわゆる逆さ言葉で、例えば番組内で紹介した映画「ドライビング・ミス・デイジー」の内容を『ジンガイ(外人)のチャンバー(老婦人)が、ルークマ(車)に乗って、運転手とゴーサイ(最後)には、ダチトモ(友達)になる』と説明していた。
  • 『チャラーン』 - 原曲はL.v.ベートーベン作曲「交響曲第5番『運命』」。『第イー』と同じ手法だが、こちらは林家こん平の絶叫「チャラーン!」で歌い上げた。派生作品に「仮面チャラーン(原曲:『レッツゴー!!ライダーキック』)」、「伊勢佐木町チャラーン(原曲:青江三奈『伊勢佐木町ブルース』)」などがある。これがきっかけかは不明だが、こん平をゲストに迎えたイベント「コサキン卓球大会」も開催された。
  • 『金やんイヴ』 - 原曲は山下達郎クリスマス・イブ」。当時ロッテオリオンズ監督をしていた金田正一ドラフトで交渉権を獲得したにもかかわらず「西武巨人以外ならドラフト拒否」を貫いた小池秀郎に対する思いを歌った。しかし最終的には息子金田賢一の父に対するぼやきになっていた。
  • 『小池朝雄だクリスマス』 - 原曲はクリスマスソングの定番「ホワイト・クリスマス」(ビング・クロスビー)。関根が往年の俳優小池朝雄のモノマネで「アァ〜〜〜ン、これが見えねぇのかぁ〜〜??」と言っているだけの歌。小池と言えば「刑事コロンボ」の声が有名だがここでは小池が出演した映画(歌詞に「悪役やらせると凄くヤな演技、いつも最後に裏切られ、そして殺されてしまう」とあるので「仁義なき戦い 広島死闘篇」ではないかと思われる)の中からの1シーンで組バッジかなにかを見せびらかして威圧する役どころのマネらしい。
  • 加納竜ボウリング』 - 原曲はザ・タイガースシーサイド・バウンド」。テレビ東京系「ザ・スターボウリング」に出演していた加納竜は、マイボールやマイシューズを持っているのに司会の黒部幸英に負けちゃった、とか、今でも「刑事犬カール」のカールと親交を深めている、といった内容。いわゆる名指しネタ満載の一曲。間奏での関根の絶叫も聴きどころ。
  • 『首の花飾り』 - 原曲はザ・タイガース「花の首飾り」。コサキンの言葉遊びのネタを、リスナーとして知られる漫画家・秋本治が「こち亀」で登場させたことから、そのアンサーソングとして作られたもの。歌詞の内容自体はまったく意味が無い。『おまのいぬわりさん』という「おーま、おーま、おままままー」と言っているだけの作品もある(最後に曲の説明を絶叫している)。
  • 『ナイトスケベストリート』 - 原曲は西城秀樹ブーメランストリート」。同名のリスナー投稿ネタを元に作られた。原曲も情熱的に激しい曲であったが、ラビー版は公然とイチャイチャするカップルに向けた激しい怒りがいつの間にか「オレもやりて〜よぉ!」とオケベ心丸出しの一曲に仕上がっている。
  • 『サウンド・オブ・ウルサイ』- 原曲はサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」。イントロのギターのアルペジオにあわせて「ピンポンピンポン・・・」と小さな声でボソボソ歌い始め、二番からは「唇ギター」に変わり、それが次第に激化し、フンガフンガ言って訳が判らなくなり、「あ、ごめんガーファンクル、コード間違えちゃった」と言って疲れ果てて終わるというもの。あまりのうるささに小堺が笑いすぎてぐうの音も出なかった珍曲。

他にも、「ラビーの替え歌」が多数存在している。放送1000回を記念して制作されたCD-ROM「コサキンスペシャル」には放送された全ての替え歌のタイトル・歌詞を網羅したデータベースが収録されている。

[編集] TP

過去に出演したゲストの発言等がサンプリング音源で効果音のように番組中に挿入されることがある。「意味ねぇ〜CD大作戦」でも頻繁に活用されていた。

  • 「あんた達40になったんでしょう?」「踏んづけてやる!」「どんなタマなの?」(ピーコ
  • 「けっこう、いいタマよ」(おすぎ
  • 「スジですね!」(好きなおでんの具)「何でもねぇんだよ」(宇津井健
  • 「俺もわからんよ」「関根さん、最高!」「行こうよ、アメリカへ」「並じゃない」「ギュッ、パーン、トーン」ほか(千葉真一
  • 「おぱいこ」(「クレヨンしんちゃん」)野原ひろし役・藤原啓治
  • 「もっと好きになっちゃった、カズチン」(ともさかりえ)土肥温泉(前述)で小堺が当時の彼女に言われた台詞を、小堺がお気に入りだった、ともさかに言わせたもの。
  • 「パパぁ〜、パンプキンプリン食べる?」(優香
  • 「関根さん、がんばって!」「関根さん、ちゃんとしなさい」「Mailbox」(リサ・ステッグマイヤー
  • 「感度で勝負です」(坂下千里子
  • 「下がってよろしい」(菊川怜
  • 「クリンチ、ぎゅっ」「男ってバカね」(川村ひかる
  • 「関根さん、注意されてばっかりですよ」(山口もえ
  • 「バーカ、三日くらい寝てろ」「吐け、さあ吐け」「マントヒヒ」(小池栄子
  • 「ダメですね」「ダーメッ」(MEGUMI
  • 「たまごっ」「こんちゃん」「モテチン」「ポッチャリマッチョ発見しました」(堀越のり
  • 「(津川雅彦で)どうしてわかった」(コージー冨田
  • 「めっちゃ、きれい」(三倉茉奈・佳奈)(おすぎ・ピーコ)
  • 「スケベ!」(松下由樹
  • 「調子に乗ってました」(石田純一
  • 「何だね、またかね」「ん?」(北村総一朗
  • 「アタックチャンス!!」(児玉清
  • 「いいや、本当いい番組だわ」(稲川淳二
  • 「いいねぇ」「これ最高じゃない」「タスケテ〜!!」(梅津栄
  • 「この野郎、吐けこの野郎、とぼけやがって」(あき竹城
  • 「チビリコマンボ」(ピーター
  • 「え?」「鹿の目ブラック」(なぎら健壱
  • 「(CD大作戦の無意味さに対し)これ毎週やってるの?!」「ヤな番組だな」(中尾彬
  • 「あと、ごはんですよ」「しらすの干からびたの何でしたっけ」「ワレワレハ」「カツラをかぶってないから」「パクッ」ほか(小林綾子
  • 「あら、(あら、あらどうしちゃったの)」「いやだ、もうちょっと、イヤーン」(IKKO
  • 「見ちゃうよ」「逃げたら承知しねーぞ」(木村大作
  • 「アイヤー」「フダァッ!!」「ここにヒゲがはえてます」「(ブスッ)アーッ!!」(さかなクン
  • 「いや、あーでもー、あー、今ーでも、うわっ」「いや、もー、あのー、そうですね、エヘッ」「ヌクだよ」(温水洋一

[編集] テレビ番組

1993年10月から半年間、TBSテレビ系全国ネット「ザッツ!」枠で、コサキンの企画をそのままテレビ番組にアレンジした「コサキンルーの怒んないで聞いて!!」が放送された。司会は小堺・関根、ルー大柴が務めた。構成作家にはコサキン担当の4人のほか、君塚良一も迎えている。しかし「ドラゴンボールZ」や「どちら様も!!笑ってヨロシク」「いい旅・夢気分」など裏番組に視聴率がふるわず、「ザッツ!」枠消滅とともに番組も終了した。番組内容の詳細は当該記事を参照のこと。

[編集] 番組関連の公開イベント

  • コサラビファンの集い(1982年12月5日収録、9日放送) - TBSホール。ゲスト・斉藤清六中森明菜
    • 今でこそ「大物歌手」「歌姫」として認知される中森だが、当時はデビューしたての一介の新人アイドルとしての出演で、後年放送された回顧によると、参加したリスナーは「明菜ちゃんも来てたんだ」くらいの認識だったという。
  • コサキン無理矢理inPIT(1988年4月7日収録、13日放送) - 汐留PIT。ゲスト・森川由加里佐野量子
    • PIT(Pia Information Theater)は、ぴあ国鉄汐留貨物駅跡地へ期間限定で開設したライブホール。番組初の大規模イベントとなったが、"歩留まり"(招待入場券発券数に対する実来場者数の割合)を大幅に低く予想して入場券を出したため、入場券を所持しているにもかかわらず入場できないリスナーが多く発生。その救済のため急遽、次の公開生放送を実施することとなった。
  • コサキン無理矢理生放送(1988年5月4日放送) - TBSホール。番組初の公開生放送。
    • このイベントにおいて、浅井企画の浅井良二社長が「次は武道館で、もっとしっかりとしたイベントをやろう」と発言している。いつもの浅井社長の気の早いコメントと思われたが、2ヵ月後には本当に武道館イベントが開催されることが決定した。
  • コサキン無理矢理in武道館(1988年12月21日収録、28日放送) - 日本武道館。ゲスト・沢口靖子海老一染之助染太郎佐野量子
    • コサキン史上最大規模のイベント。1万人ものリスナーが武道館に集まり、意味ねー空間を共有した。内容はコサキンのコントや関根の意味ねー替え歌ライブなど、普段の放送と違ったお祭りの様相を呈していた。構成作家陣「アタック隊」も前説で一芸を披露しており、特に楠野の披露したフリーダンスはヘビーリスナーの語り草になっていた。開会宣言を務めた浅井社長曰く「私のタレントの育て方は間違っていなかったんだと自覚しました」。
    • この当時、武道館イベント実現のために、大塚製薬がスポンサーについており、当イベントにも後援スポンサーとして協賛した。
  • コサキン年忘れカーニバル(1991年12月28日放送) - TBSホール。
  • コサキンを捜せ!inとしまえん(1992年3月8日収録、14日放送) - としまえん。ゲスト・ルー大柴ラッキィ池田ウド鈴木
    • コサキン10周年と番組本「ひとみと悦子」発売記念を兼ねたイベント。宝探しゲームのように、園内に設置された謎を順番に解いていくと最終的にコサキンに会える仕組みだったが、ほぼ全員がゴール出来てしまいパニックに。ウドの初登場回でもあったが、迷子になってしまい園内放送で呼び出された上、この放送に対して「これはジャンピングチャンスか」と反応するなど、天然ぶりを余すところなく見せつけるデビューとなった。「GoGo遊園地ツアー」も同時開催。
  • 第1回ミスコサキンコンテスト(1992年5月31日収録、6月6日放送) - TBSホール。ゲスト・マルシア水木一郎志茂田景樹
  • 第2回ミスコサキンコンテスト(1994月7月11日収録、16日放送) - TBSホール。ゲスト・冠二郎、宮沢千絵。
  • コサキン1000回記念スペシャル(1996年9月23日収録、26日放送) - TBSホール。ゲスト・水木一郎冠二郎西村知美、ルー大柴、福島弓子
  • コサキンビデオ「マントヒヒ」発売決定記念公開イベント(1998年9月23日放送) - TBS第1スタジオ。ゲスト・木村郁美(Aコース)、近藤千裕、金子君(電話での登場)(Bコース)。
    • 翌年のイベント(下述)が販売1万本達成記念であるのに対してこれは発売決定を記念したもの。午前1時台(Aコース)と2時台(Bコース)の二本立てで観客を入れ替えて収録、放送された。このイベントの前説をつとめたのはヘーシンク(ずんやすが前に組んでいたお笑いコンビ)である。
  • コサキンビデオ一万本突破大感謝祭「マントヒヒDEワァオ!」(1999年4月3日収録、7日放送) - 九段会館。ゲスト・島津ゆたか青木静香高乃麗NITRO優香吉井怜堀越のり唐沢美帆)、木村郁美
  • コサキン大感謝イベント20周年DEワァオ!(2001年11月18日収録、21日放送) - 渋谷公会堂。ゲスト・水木一郎、冠二郎、佐々木功川村ひかる坂下千里子コージー冨田西田たか子飯尾和樹
  • LIVE954 ラジオチルドレン、深夜の逆襲!(2002年3月3日収録) - 横浜アリーナ。TBSラジオ夜間番組の共同イベント。
  • さよならTBSホールスペシャルJunk真夜中のカレーパンDEワァオ!(2003年3月18日収録、19日放送) - TBSホール。ゴスペラーズの同じJunkの番組「ゴスペラーズ 真夜中のコーラス」と連動。ゲスト・井上和香
  • 放送25周年コサキンEXPO・六本木ヒルズDEワァオ!(2006年10月6日-15日) - 六本木ヒルズ森タワー52階展望台「東京シティビュー」内特設スペース。このうち10月6日には公開録音、放送25周年の記者会見が行われた。(司会:ルー大柴、関根麻里)。ゲスト・水木一郎、黒沢薫ゴスペラーズ)、秋本治。なお、このイベントに関しては、TBSテレビ王様のブランチの中でも紹介された。
  • 放送終了記念ふれあいイベント(2009年3月22日収録) - 赤坂サカス

※上記以外にも、小規模なイベント(主に番組本の発売時の記念イベント)が多数実施されている。

[編集] 関連商品

[編集] 番組発行の書籍

番組から発行している書籍は、「コサキン本( - ぼん)」とも呼ばれる。

  • コサキン小堺一機、関根勤のら゛(三才ブックスISBN 4-915540-01-4、1987年)- 番組本第1号[35]。「スーパーギャング」前期の投稿作品を中心に構成。写真ネタも豊富にある。「内容はともかく、売り上げでは(当時話題だった)『ノルウェイの森』に並んだ」と評判になった。ブックカバーをめくると、浅井企画の浅井良二社長の塗り絵があり、塗り絵の優秀作を展示したイベントも行われた。
  • コサキンのタクシーの運転手と客の会話 呂゛(日音ISBN 4-543-02513-X、1988年)- タイトルは当時の読売ジャイアンツに所属していた呂明賜に由来。「絶叫」コーナーのうち、「タクシーの運転手と客の会話」に特化し、見開きの右ページに会話ネタ、左ページには投稿イラスト(当然、ほとんど意味はない)が掲載された。また、ブックカバーが水色・黄色・緑の3パターン用意され、後に、プレミアとして黄金版も作成された。
  • コサキンの意味ね〜ベスト3 おぴょ(1)(日音、ISBN 4-543-02516-4、1988年)- 右ページにネタ、左ページにイラストという構成は呂゛と同じ。ネタ内容は「意味ねーベスト3」に特化している。
  • コサキンの意味ね〜ベスト3 おぴょ(2)(日音、ISBN 4-543-02517-2、1988年)- 別名「おぴょぴょ」。構成はおぴょ(1)とほぼ同じでネタが異なる。
  • コサキン漫画 ヤギ(日音、ISBN 4-543-02525-3、1989年)- タイトルは、リスナー発言から番組でヤギブームが起こったことに由来。リスナーから募集した「意味ねー4コマ漫画」を掲載。長編漫画も2作掲載されている。ページ脇には、リスナーからの意味ねー俳句を掲載。リスナーによりこの本のカバーのヤギは「おひょいJr.」、ハトは「ヘビ肌ヌラ夫」と命名された。巻末には「ラッキィ池田の2時2時ダンス」のモンキーダンスの図解や、「ルー大柴のパックインミュージック」で披露されたポエムも掲載。
  • コサキン漫画 ヤギGOLD(日音、ISBN 4-543-02539-3、1990年)- 「ヤギ」の成功により製作された続編。タイトル通り、カバーは金色になっている。
  • コサキンのひとみと悦子〜BURN THE BRIDGE BEHIND YOU〜(シンコーミュージックISBN 4-401-61361-9、1992年)- 「ひとみと悦子」は小堺、関根の両夫人の名前から、「BURN〜」は映画プロデューサーのマックス桐島が番組に寄せた言葉(アメリカの諺で「背水の陣」に相当する)に由来。「コサキン快傑アドレナリン」時代の投稿作品を中心に構成。放送10周年記念本の意味合いもあり、番組の歴史をまとめたコサキン年表が掲載(「ら゛」の年表を加筆したもの)。ブックカバーを外した隠しネタは、当時話題になった宮沢りえヌード写真集を意識した関根の全裸写真「ヨンタフェ」。
  • コサキンの一機と勤(シンコーミュージック、ISBN 4-401-61417-8、1993年)- 従来のネタ中心の構成とは違い、小堺・関根の秘蔵写真、インタビュー、対談で構成。
  • コサキン用語辞典 アハァ〜ンとスナッキーと悶え(興陽館ISBN 4-906113-98-2、1993年)- タイトルは、コサキンソングのフレーズで「リスナーが予約しにくいタイトルを」という意図から。「コサキン用語辞典」の作品を中心に構成。巻末には、関根が高校時代に書いた作文「クレオパトラと彼女をとりまく英雄たち」を掲載。
  • 酔(すいむ)夢(興陽館、ISBN 4-87723-112-9、1994年)- 当時、有川の父が経営していたスナック「酔夢」が、あまりにダサいネーミングということで、リスナーからダサい名前のスナックの看板写真「ダサスナ写真」を募集し、まとめたもの。スナックに限らず様々な業種の珍店名の写真が寄せられ、雑誌「宝島」の名物コーナー「VOW」のコサキン版という趣の企画であった。「コサキン人名辞典」も掲載。
  • コサキン★コント集 右(興陽館、ISBN 4-87723-113-7、1995年)- 「コサキンコント劇場」で放送されたコントの台本を掲載。「左」も同内容。通常は「上・下」と分冊されるところを、わざと「左・右」にしてある。
  • コサキン★コント集 左(興陽館、ISBN 4-87723-114-5、1995年)
  • コサキン新語辞典 ポヨヨ〜ン(興陽館、ISBN 4-87723-121-8、1997年)- タイトルは、コサキンの初代ディレクターだった通称「はだしの杉浦」が、コサキンに寄せたメッセージで「ポヨヨ〜ン」と連発していたことから。「コサキン新語辞典」の作品を中心に構成。写真の違う3パターンのカバーが用意された。この本から、番組リスナー100%編集協力による、コサキン年表が掲載されるようになった。
  • コサキンことわざ辞典 モレッ(興陽館、ISBN 4-87723-129-3、1999年)- 「コサキンことわざ辞典」の作品を中心に構成。
  • コサキン本タイトル集 クスノ(興陽館、ISBN 4-87723-130-7、2000年)- 本のタイトル案(という名目の何でもありのネタ)を集めただけの本として発行。副題は、コサキンの放送作家の楠野一郎が、当時既に番組を離れていたにもかかわらず、かなりネタに使われていたことに由来。楠野ネタだけで1コーナー設けられている。そして、最後の1ページだけ有川、剛州、村上ショージの集合写真のタイトルをつけるというネタだけが掲載された。
  • 新・コサキン★コント集 ( )カッコ(興陽館、ISBN 4-87723-134-X、2000年)- タイトルは、カッコ内に好きなタイトルをつけてくれ、ということから。「コサキンコント劇場」で放送されたコントの台本を掲載。
  • 続・コサキン★コント集 「 」かぎカッコ (興陽館、ISBN 4-87723-135-8、2001年)- ( )カッコの続編。
  • コサキンの4548(興陽館書店、ISBN 4-87723-136-6、2001年)- タイトルは小堺と関根の当時の年齢をつなげたもの(次の4649も同様)。番組20周年記念の意味もあり、表紙は金色、300ページ以上のボリュームを誇る。「おハガキ列島」の作品を中心に掲載。
  • コサキンのシュポ本(ぽん) 4649(興陽館、ISBN 4-87723-138-2、2002年)- 「おハガキ列島」の作品を中心に掲載。
  • コサキンの中2の放課後 2人合わせて100才(興陽館、ISBN 4-87723-146-3、2005年) - タイトルは、コサキン特有の「中学生トーク」から。「おハガキ列島」の作品を中心に掲載。

[編集] 番組外で発行された書籍

  • 小堺一機関根勤の社会学 ベターチョイス・ライフのすすめ(CBSソニー出版、ISBN 4-7897-0198-0、1985年)- 小堺、関根の名前は出ているが、山中伊知郎との共著で、コサキンの番組本ではない。コサキンのコントやショートギャグ、小堺と関根のそれぞれの長編作品を収録。
  • 関根勤・ルー大柴 100歳の挑戦(飯塚書店、ISBN 4-7522-6003-4、2004年)- 山中伊知郎の著書。

[編集] その他の商品

  • 放送1000回記念CD-ROM コサキンスペシャル(興陽館、ISBN 4-87723-117-X、1996年)
  • コサキンパンチ!(興陽館、ISBN 4-87723-124-2、1997年)
  • コサキンVIDEO マントヒヒ(興陽館、ISBN RV-004、1998年)
  • コサキンVIDEO シュポッ!(興陽館、2002年)- タイトルは瓶の栓を抜く音から。初出は1995年の「コサキンSEナンバー1」のお題としてであるが、その後もSEに様々な含みを持たせてCD大作戦などに多用された。
  • コサキンVIDEO 枝付き干しブドウ(興陽館、2002年) - タイトルは、ゲスト出演した千葉真一が、枝付き干しブドウについてパワーの源である旨を熱く語っていたことから。
  • 放送20周年記念CD-ROM コサキン全集パッ本(興陽館、ISBN 4-87723-140-4、2002年)- 発売当時、既に絶版になっていた「ら゛」から「一機と勤」までの番組本をまとめたもの。
  • コサキンDVDシリーズ1 コサキン仮面(興陽館、ISBN 4-87723-143-9、2004年)- 1986年に撮影・上映会が行われた、リスナー参加映像作品の復刻版。ヒーロー物を意識しているが、内容はコサキンらしく支離滅裂なギャグに終始している。「浅井企画ニセ社長」こと川岸咨鴻や、リスナー時代の楠野一郎も参加している。
  • コサキンDVDシリーズ2 有川くんの絶叫 〜GO!GO!遊園地ツアー〜(興陽館、ISBN 4-87723-144-7、2004年) - ゲスト:仲根かすみさかなクン
  • CD コサキンコント劇場(1)服と犬(興陽館、2007年)- コサキンコント劇場のCDのサブタイトルは、すべて前半が小堺、後半が関根を連想させる言葉となっている。
  • CD コサキンコント劇場(2)長男と末っ子(興陽館、ISBN 978-4-87723-155-2 2007年)
  • CD コサキンコント劇場(3)代々木上原~南砂町(興陽館、ISBN 978-4-87723-164-4 2009年)
  • CD コサキンコント劇場(4)太ももと昆虫(興陽館、2009年6月24日発売予定)

[編集] 備考

  • 非常に稀ではあるが諸事情により小堺、関根の両人が収録日に揃わない時にはルー大柴などコサキンに所縁のあるタレントが代役を務める事がある。過去の例としては以下の通り。
    • 1997年12月〜1998年1月に小堺が父・秀男とTV番組の企画で南極旅行をした際(但し1998年元日放送分は出立前に事前録音をしていたため出演している)
    • 2004年7月に小堺が病気で入院・休業した際(この時は9月1日に復帰)
  • クレヨンしんちゃん』の作者である漫画家臼井儀人はこの番組のヘビーリスナーである(初回ゲスト出演時に「夜はともだち」以来のリスナーであることを告白。関根勤は『クレヨンしんちゃん』のファンで、アニメ版の野原ひろしをモノマネのネタにしていたこともある)。そのため、『クレヨンしんちゃん』には、時々リスナーにしか分からない番組用語などのフレーズが書かれているほか、時々臼井がハガキを投稿してくることもある。また映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』ではテレビの中のお笑い芸人役でコサキンが出演し、番組用語である「ケレル」を叫んでいた。さらには同作品の公開直前には野原一家の声優陣(シロは不在)がゲスト出演し、「コント劇場」内で野原家に萩本欽一(小堺のモノマネ)と千葉真一(関根のモノマネ)が家庭教師としてやって来る、という設定のコントを行った。臼井本人も1998年と2006年にゲスト出演している。赤坂サカスで開催された番組終了記念ふれあいイベントでは、来場者に紛れて参加していた。
  • 臼井以外の漫画家にもリスナーが多く、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の作者秋本治は本に寄稿した事もあり、南砂町の一部始終を知る数少ない人(コサキン本で年賀状に南砂町八発太夫と名乗る)。2006年9月30日の放送分ではゲストとして出演をした。ちなみに、最初に漫画家でリスナーであることをカミングアウトしたのは宮川匡代であり、当時持っていた漫画へのコサキンネタ挿入シーンは「ラジオパラダイス1987年8月号(三才ブックス)」にも収録されている。
  • きたがわ翔は、代表作の1つ『19<NINETEEN>』連載時に電話で生出演した事がある。その「19<NINETEEN>」のコマの中にもこの番組のネタが様々な部分に散りばめられている。
  • 小堺が『コジコジ』のファンだったことから、さくらももこもゲスト出演しており、その際の交渉で小堺が自作のキャラクター「ハウキャウくん」を『コジコジ』のアニメ版に出演させている(声も小堺が担当。そのために番組に野沢那智野沢雅子を招いてレッスンを受けていた)。
  • 番組の25周年を記念して、秋本治・さくらももこ・臼井儀人三者共同によるポスターの製作が行われている。
  • この番組では、関根は「女人鑑定家」と称している。実際、優香井川遥井上和香山田優など、テレビなどで注目される以前に関根が目をつけていた女性タレントグラビアアイドルが多い。
  • 安定した人気を誇り、放送27年・1600回を超えたが、第1回放送時は二人の喋りがボロボロで、放送終了後に川岸咨鴻(浅井企画)から「やめちまえ!」「しばらく人前に出るな!」と電話で怒られる程だったという。その後も葉書がたった2-3通しか来ず1枚のハガキを3つに分けて読んだりと不調であったため、関根が「もう、どうせ打ち切りになるんだから、好きなようにやろう」と半ばヤケ気味に好き勝手な放送を始めたところ、人気が上がりはじめ現在に至っている。
  • ネプチューン原田泰造は2006年初頭にこの番組をたまたま聴いて、「やけにテンポが良くて巧い若手だなぁ」と思ったらコサキンで、非常に驚いた、と関根に語ったという(関根談。なお、原田は「ネプチューン」として1998年6月24日放送分にゲスト出演している)。
  • 関東における深夜ラジオ番組では27年半という、四半世紀放送された屈指の長寿番組である(「オールナイトニッポン」でさえも最長はナインティナインの13年)。それゆえ「復活リスナー」(一度聴くのをやめたリスナーが復帰すること)がいたり、「コサキンの収録」と聞いて「まだコサキンやってるんですか?!」と驚く人も少なくない(この言葉は、「コサキンと肩を並べられるよ。」とスーパーギャングのプロデューサーに口説かれていた石橋貴明の言葉である。この話も、石橋がまだ若手の頃のことである)。
  • オールナイトニッポン側でもコサキンは脅威であり、ウラに当たる曜日が高聴取率をとることは快挙とされる(小泉今日子等が終了に追い込まれている)。以前ウラに当てられた大江千里はこれを期待の証として大喜びしていた。[36]
  • 大相撲の本場所が始まると何故か時事ネタで相撲ネタが急増する。有名なシリーズでは「こんな相撲の決まり手があったら嫌だ」「こんな力士の四股名は嫌だ」等がある。
  • 新聞のラジオ欄に、『コキサンDEワァオ!』と書かれたことがある。

[編集] 過去に番組が休止、もしくは中断・時間変更になった時

  • 『コサキン快傑アドレナリン』時代の1992年11月21日、TBSでは翌日の午前中に放送される予定の番組『バックグラウンド・ミュージック』のテープを取り違えて送出する放送事故が発生した。『バックグラウンド・ミュージック』は冒頭数分間が流れてしまったが、本来放送する『コサキン快傑アドレナリン』を途中から流すことはせずに、番組は急遽1時間短縮して放送された。放送が再開されるまでの間に編集が行われ、その為に放送されなかったコーナーは翌週以降の放送に組み込まれた。なお当時『バックグラウンド・ミュージック』の進行役をしていたTBS福島弓子アナは常連ゲストであり、遊園地でコサキンと一緒に楽しそうに遊ぶ様子まで放送・書籍化(「モレッ」)された。
  • 1995年の『恋する電リクBINGO BONGO〜』は21時〜22時55分の生放送だったが、プロ野球シーズンであったため試合が長引いた場合は野球中継を延長し、番組の放送時間が短縮される時間帯だった。実際、ほぼ毎週のように放送時間が短縮されたが、同年9月1日ではプロ野球中継が23時以降まで延びてしまい、ついに放送休止となった。生放送であるが故に出演者はスタジオで待機していたため、裏で番組を進行し、その模様を収録したビデオが後日リスナーへプレゼントされた。翌週の「CD大作戦」他リスナーから送られるネタのハガキは、殆どが放送中止に関するリアクションで占められた。
  • 2001年8月23日に、台風の影響でTBSラジオの送信所に被害が出たため、コサキンDEワァオ!の放送を深夜2時に終了して、深夜3時の「Ride on music!」を急遽休止し、その後24日朝4時の「いすゞ歌うヘッドライト〜コックピットのあなたへ〜」開始までTBSラジオの番組を2時間休止した。
  • 2005年12月31日は、TBSラジオのみ「四番 なかやま年越しスペシャル」放送のため休止。地方ネット局への裏送り放送となった(この回は通算放送回数にカウントされていない)。
  • 末期(Junk枠離脱後の2004年10月〜最終回まで)のネット局は、一部送信所点検検査による放送休止の影響で番組が休止するケースもあった。
    • 2005年秋改編まで日曜深夜にネットしていたCBCラジオは、送信所点検検査の為深夜0時15分に終了することがたまにあり、コサキンが放送されない事が多い。例として、TBSラジオで2005年2月26日放送の萩本欽一がゲストに登場した回は放送されなかった。
    • 最終回まで日曜深夜にネットしていたHBCラジオも、やはり送信所点検検査の為深夜1時に終了することがたまにあり、こちらでもコサキンが放送されない事が多かった。例として、2008年7月27日8月3日緊急地震速報装置設置工事の為2週放送されなかった。

[編集] 注釈

  1. ^ http://www.tbs.co.jp/tbsannual/ctbs.html
  2. ^ 会社としては、現在の東京放送ホールディングス。放送局としては、現在のTBSテレビTBSラジオ
  3. ^ サンケイスポーツ2009年2月3日TBSラジオ「コサキン」27年の歴史に幕、同年2月7日放送分
  4. ^伊集院光 深夜の馬鹿力』2009年3月2日放送内。
  5. ^ 番組用語欄にある「代々木上原」「土肥温泉」の他にも「なぜかクラスの女の子がスカートをめくって、中を見せてくれた」「女の子に『今日両親がいないから家に来ない?』と誘われた」など、モテエピソードが多数ネタにされている。一時期関根は小堺を「恋愛の先輩」と呼んでいた。
  6. ^ 雄犬のライルを溺愛する余り「結婚してくれ」「雌犬になってお前の子犬を産みたい」「松阪牛になってお前に食べられたい」などと言って夫人に「気持ち悪い」と言われる、など。
  7. ^ ちなみに、もう一つの共通の趣味であるゴルフについては(プレー同伴などを)やんわりと断られている。
  8. ^ 参考(2005年1月時点の公式サイトのアーカイブ)
  9. ^ 当初は加藤はピーチ・ヒップスのメンバーに含まれておらず、たまに加藤を使ったネタが読まれるとコサキンが「加藤さん、定着するかな?」という発言もしていた。しかし後にリスナーに認知され、先輩メンバーを凌駕するネタへの登場頻度を誇るようになった。
  10. ^ アイドルだった当時の石川秀美の太ももがあまりに健康的でピチピチしていた為、彼女と結婚した薬丸裕英はその太ももの魅力に夜毎惨敗してあんなに子だくさんになっちゃったんだろうなぁ、という穿ったものの見方である。つまり負け数は薬丸夫婦の子供の人数である。2008年6月7日付けで5人目(次女)を出産。連敗記録を5に伸ばした。
  11. ^ 小堺がNTV系『ザ・トップテン』前説時代、デビュー間もない頃の堀江は前説の小堺に対して礼儀正しく「よろしくお願いします!」と挨拶したのに、翌週は「・・・あぁ、どうも・・・」、さらにその翌週には「(馴れ馴れしく)よぉ、元気?」と目まぐるしく態度が変わったというエピソードからきたものである。
  12. ^ ルーが小堺がタケオキクチなどで必要以上に買い込んだ服を持っていくのは事実。小堺の記事を参照のこと。
  13. ^ 2008年2月23日深夜(TBSでの放送日)の放送では、「かわいいムッくん 徹底検証スペシャル!」と題した特別企画まで行っている。スタジオゲストの今陽子と共に、真矢みきあき竹城のコメント、さらには小堺夫人へのアンケートなどから、小堺がいかにかわいいかを検証するという内容であった。
  14. ^ 中には熟女ヌードネタや、過去にコサキンが苦い思いをした人物のネタなど、悪意が見え隠れし辛辣に扱っているネタもある。
  15. ^ なお、本人達によれば「こっちが本当で、テレビでは演じている」(小堺談。TBSラジオ発行『954 Press』2006年10-11月号より)とのこと。
  16. ^ よく聴いてみると、小堺もテレビの時とは違ってかなり毒舌なのだが、関根の毒舌ぶりが余りにも強いため目立たない。関根自身「深夜放送は毒がなきゃ」と言っている。
  17. ^ この書面は後に番組本「ひとみと悦子」に写真付きで掲載されている。
  18. ^ この直前に読まれたハガキも桜井長一郎と名乗る常連リスナーの手によるウソハガキで、「自分は「コジコジ」の作者さくらももこの兄である」という内容であった。
  19. ^ 番組内では服装の派手さから「ぺんてる浅井」とあだ名されたり、せっかちで行動が早いことから「五反田のフェラーリ」などと称された。
  20. ^ 川岸は実は元チーフマネージャーだが、番組内での伝説ともいえる暴れっぷり(浅井社長に扮して電話をかけ「二億年許さん」と言ったなど)から「ニセ社長」と称された。
  21. ^ 小堺 - 「酔夢」153ページ。
  22. ^ 関根 - 「中2の放課後」137ページ。
  23. ^ 「中2の放課後」251ページ。
  24. ^ 「中2の放課後」21ページ。
  25. ^ 「中2の放課後」145ページ。ダウンタウンDXではライルは「腐鮪鯖男(くさりマグロ サバオ)」という名で紹介されているが、これも元々はリスナー投稿ネタで、上野動物園パンダ(トントン)が産まれたときのコサキン流命名のひとつだった。
  26. ^ このバカ発言集が送られてくるたびに、関根は特に「俺、そんなこと言ったっけ?」「これはバカですね。」というフレーズを繰り返していた。
  27. ^ 小堺はしょっちゅう「まぐろがわたいち」と読んでいた。自信を持って「たいちです!」と訂正したことさえあった。
  28. ^ 絶叫マシンでアメリカのキャンプソング「ジャンボリー」を無理矢理歌わされた時の絶叫。
  29. ^ 当時、武田はホタテで乳首を隠した写真が掲載された写真集を出しており、その写真集を見て小堺と関根が暴走したことがあった。
  30. ^ ゲストにデビュー直後のLISA(元m-flo)がいた。
  31. ^ 関根十三郎という名前は、関根があるカーディーラーに対して、または通信販売の申込みで使っていた偽名「関根十三(じゅうぞう)」が由来。口調などのキャラクターは実際にテレビショッピングで商品説明をしていた男性をモデルとしており、彼がゲスト出演したこともあった。
  32. ^ ただし、準グランプリの1人は就職先である日本航空インターナショナルの研修のため、わずか出演3回で返上している。
  33. ^ この頃からネットコミュニティーにてリスナー同士が番組の内容を語る機会が増え、リスナーによる番組批評の書き込みが多くなっていた。
  34. ^ ささきのあまりにハキハキした英語の発音の為に別名「広東語バージョン」とも呼ばれる。また数多くの水木以外の「マジンガーZ」を歌った歌手の流れから「水木ジョン万次郎バージョン」とも。
  35. ^ この書籍に先駆けて、同じく三才ブックスから発行のラジオパラダイス1987年6月号にて表紙・巻頭カラー5ページ・本編30ページの大特集が組まれた。この号の売り上げが非常に良好だったことで初めての番組本「ら゛」の発売につながった。内容の一部は「ら゛」のものと重なる部分が多いが、斉藤洋美佐野量子来生えつこのインタビューや、今となっては貴重な宮川匡代のコサキンネタシーン画などが収録された。また、コサキン名物写真ネタが世に出たのも本誌が初である(鳥獣戯画ネタは当時話題になった)。なお、この特集についての発案は編集後記にもあるとおり当時の編集長尾形誠規によるものであり、「ら゛」発売の折には寿司を贈ったりブース外まで番組を見に来ていたこともあった。なお、本号がラジオパラダイスの創刊から休刊までで最大の発行数を記録し、雑誌では異例中の異例で増刷が行われたというエピソードも残っている。
  36. ^ 担当以前に大江は1985年から約1年間、TBSラジオの「スーパーギャング」のパーソナリティーを務め、コサキンへゲスト出演したこともあった。

[編集] 関連項目

コサキン放送当時の同枠担当番組

[編集] 前後番組の変遷

TBSラジオ 金曜21:00〜22:55枠(1995年4月14日〜10月6日)
前番組 番組名 次番組
恋する電リクBINGO BONGO
(月曜〜金曜→月曜〜木曜)
恋する電リクBINGO BONGO フライデースペシャル
コサキンDEワァオ!
TBSラジオ 木曜25時〜27時(1995年10月12日〜1997年4月3日)
木曜UP'S コサキンDEワァオ!
笹野みちるのUP's Speak OUT!
(火曜日から移動)
TBSラジオ 水曜25時〜27時(1997年4月9日〜2004年9月22日)
水曜 UP'S
※正式タイトル不明。斉藤リョーツ鈴木啓三郎が担当。
水曜UP'S コサキンDEワァオ!

コサキンDEワァオ!

水曜JUNK コサキンDEワァオ!
水曜JUNK 雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!
(日曜夜から移動)
TBSラジオ 土曜24時台(2004年10月2日〜2009年3月28日)
ROCK ENTERTAINMENT 高見沢俊彦のロックばん
(24:00〜24:30 → 日曜24:30〜25:00へ移動)
ゴクラク!もえもえステーション
(24:30〜26:00 → 土曜25:00〜26:30へ移動)
コサキンDEワァオ!

[編集] 外部リンク