ゲルマン民族の大移動

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ゲルマン民族の大移動(げるまんみんぞくのだいいどう)とは、4世紀から5世紀にかけてヨーロッパ北アフリカで起きたゲルマン人[1]の大移動のこと。この大移動をもって、ヨーロッパの古代中世の画期とされる。

概要[編集]

375年フン族に押されてゲルマン人の一派であるゴート族が南下し、ローマ帝国領を脅かしたことが始まりとされる。その後、多数のゲルマニア出身の民族が南下をくり返しローマ帝国領に侵入した。移動は侵略的であったり平和的に行われることもあったが、原因として他民族の圧迫や気候変動、それらに伴う経済構造の変化があげられている。

この後すぐに西ローマ帝国は滅亡してしまったため、古代ローマ帝国崩壊との関連性が考えられている。しかしフン族の侵攻を食い止めたのは、ローマの支配を受け入れて傭兵となったゲルマン人であり、今日におけるヨーロッパ世界の成立における意義は大きいと思われる。

ゴート人などの東ゲルマン人は、ローマ人などに同化されたが、後発の西ゲルマン人は、ドイツイギリスなどの国家の根幹を築いた。なお北ゲルマン人の一つであるノルマン人は、大移動に参加しなかった。

この後も、ヨーロッパにはスラヴ人マジャール人ハンガリー人)といった民族が押し寄せ、現在のヨーロッパの諸民族が形成されていくことになる。

脚注[編集]

  1. ^ 厳密には民族と呼べるか疑問がもたれている。詳細はゲルマン人の項を参照。

関連項目[編集]