ゲッツ板谷
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ゲッツ 板谷( - いたや、1964年7月4日 -)は、日本の著作家。本名は板谷宏一。
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[編集] 来歴・人物
東京都立川市出身。中学3年までは学習塾通いなど勉強漬けで暴力・不良行為とは無縁の生活を送っていたが、ある日同じクラスの番長の悪ふざけに激高。結果、番長を病院送りにしたことが校内中に知れ渡り、他校への殴り込みに参加するようになるなど不良の道を歩むこととなった。 高校入学後は暴走族『地獄』[1]を経て、伯父の手伝いでテキ屋や借金取立てを行うなど、ヤクザ予備軍を地で行く生活(本人談)を送っていたが、美術大学を目指し高校卒業後、立川美術予備校に入校。
美大受験は失敗に終わり、専門学校(詳細不明)卒業を経て就職活動を行うも失敗。後に伯父の紹介で求人広告を制作する会社に入社するも1ヶ月で退社[2]。以後数年間の無職期間を経て予備校時代に知り合った友人である西原理恵子に白夜書房へ紹介され、ライターとして活動開始。その後ペンネーム改名、エッセイの執筆開始などを経て現在に至る。
[編集] 活動・作品
フリーライターとしてパチンコ必勝ガイド(白夜書房)でデビューを飾る。当初は金角・銀角(あんどうこういち)というコンビで活動しており、文章は金角、イラスト・漫画は銀角という分担になっていた。後に姉妹誌のパチスロ必勝ガイドにも執筆することとなる。
- 初期はパチンコ台を絡めたヌードモデル撮影やアートとの融合など、いわゆるバカ企画に分類される単発企画が主な活動だった。
- パチスロ必勝ガイド誌上においては時折「架空のパチスロ機種」をでっち上げて、偽の新機種紹介記事を執筆していた。架空機種は「一発当てれば家一軒」「平均獲得枚数32000枚のカミカゼチャンス」など、例外なく強力な出玉性能を持つマシンとなっており、架空機種でありながら編集部には読者からの問い合わせが相次ぎ[3]、反響を呼んだ。後に同誌上で『インデアンのふんどし』[4]連載開始。
- しばらくの単発企画掲載を経て、読者投稿コーナー『金角&銀角のパチバカ天国と地獄』開始。パチンコ必勝ガイド誌の名物コーナーとして現在も(一部改名され)存続している。
- パチンコ必勝ガイドルーキーズ創刊時に『五つ星ホールを探せ!』連載開始。毎月様々な県のパチンコ店を回り、店に無断でチェックを入れ採点するという企画。連載開始から読者人気1位を独走し、企画としては成功を収めたが、経費が毎回多額となった事で[5]連載終了を余儀なくされた。
後に、銀角との仕事への温度差から(ゲッツ談)コンビは解散となり、金角からゲッツ板谷と改名し、単独での活動を開始し現在に至っている。なお、銀角とのコンビは、「日本一凶暴なライター・イラストレーター」としても一部で有名であり、二人をモデルに大沢在昌が『らんぼう』という喧嘩っ早い刑事コンビを主人公にした小説を書いた事もある。
途方もない「バカ」エピソードにあふれた自らの日常をつづった爆笑エッセイを数作執筆(代表作として、自らの家族の「バカ」に鋭くメスを入れた『板谷バカ三代』のほか『バカの瞬発力』など)。 その他に西原理恵子の元夫鴨志田穣らとのアジア旅行を描いた『怪人紀行』シリーズや、自伝をもとにした小説『ワルボロ』、対談本『わらしべ偉人伝』などが刊行されている。
公式サイトは「Gコーポ」と称され、ゲッツ板谷本人の他、友人や面白そうなファンなどが文章を掲載している。近年、ファン層が広がっているのか、Gコーポの住人であり、友人の洋服店店長キャーム(『ワルボロ』やエッセイ群にも中学校時代の友人として登場。人生経験の豊かさ・濃さに定評がある)まで単独で本を出す事態となっている。
2006年6月8日、脳出血及び髄膜炎を併発し入院。同年9月2日退院。詳細は「板谷番付!」(扶桑社刊)、「やっぱし板谷バカ三代」(角川書店刊)に記載されている。
[編集] 著名人との交友など
- 西原理恵子
- 立川美術予備校在籍時に知り合い、後に友人となる[6]。西原は「彼らは私と出会うまでは、人間のクズという仕事をしていた」と語っている[7]。ゲッツ並びに銀角のデビューのきっかけは西原の斡旋によるものとされ、「ただ友達というだけでここまでしぶとく面倒を見てくれた奴はいない」など、著書の中で彼女に対し再三感謝の言葉を述べている[8]。
- 『わらしべ偉人伝』など、彼の著作の多くのイラスト制作に西原が関わっており、また、彼女が関わっていない作品においても「SPECIAL THANKS 西原理恵子」と巻末に書かれている。
- 矢井田瞳
- ゲッツ板谷ファンならびに板谷家ファンを公言しており、文庫版『板谷バカ三代』内の特別企画ページ「We love"バカ三代"」[9]を執筆。また、彼女のライブに招待されるなど交流がある[10]。
- 上原さくら
- 彼女と知り合った経緯は不明だが、板谷家では家族ぐるみで応援している模様で、特に父(ケンちゃん)は彼女の全ての出演番組を観ているという[11]。また、著作中で彼女のマネージャーは「夏目くん」と表記され、父も彼女の参加するイベント終了後に食事の約束を彼と取り付けるなど、彼とも仲が良い様子が窺える。
- ピエール瀧
- ゲッツが連載していた『週刊SPA!』誌上での対談にて意気投合、その縁でショートムービー『SF Short Films』内のピエール監督作品『県道スター』に出演[12]。矢井田と同じく文庫版『板谷バカ三代』内「We love"バカ三代"」を執筆。映画版『ワルボロ』に友情出演している。
[編集] その他
- 著作内において、自身の一人称を「ボキ」と表すことがある。
- 著作によると週に数回キッチンで腕をふるう模様。そのレパートリーは豚汁をはじめ、カレー、豚バラ肉の炒め、豚のひき肉炒めのサンドイッチなど豚肉を用いたものが多い。
- 著作や公式ページにグルメ情報があり、国内のほかインド・タイ・ベトナム・ミャンマーなど海外の情報もある。
- 家族や自身の友人の行動など、身の回りの出来事を執筆することが多いことから、正式な肩書きを尋ねられた際に自身を「書記係」と表現したことがある[13]。
- 著作では熟女趣味を公言している。また、三原じゅん子の大ファンで、『わらしべ偉人伝』にて対談が実現した際は我を忘れるほど感激しているさまが表されていた。
[編集] 脚注
- ^ 著作中では『立川地獄』と表記することもある。現在も親友として交友のあるキャームもメンバーの一人。
- ^ 『バカの瞬発力』(二見書房)より。理由は社長が伯父を激怒させたことから。
- ^ 掲載号以降の号にて後日談的に掲載された。また、単に読者のみならず、パチンコ店関係者からも「次の新装で導入したい」などと問い合わせがあったという。
- ^ 金角と銀角がトークバトル形式で展開するという内容のコラム。後に連載の一部が単行本化、また、同じスタイルを引き継いだ『バカの瞬発力(ゲッツ板谷&キャーム)』を、必勝パチスロ虎の巻(マガジン・マガジン)誌上にて連載した。
- ^ 「6ページ程度の連載にも関わらず雑誌全体の経費の3分の1ほどを費やしていた」と後に『バカの瞬発力』内で語られた。
- ^ 西原の著作『金角銀角さんとわたくし』や『バカの瞬発力』などより。
- ^ 『金角&銀角のパチバカ天国と地獄I』(白夜書房)冒頭の書き下ろし漫画より。
- ^ 『出禁上等!』、『直感サバンナ』(二見書房)などより。
- ^ 背表紙には「各界の板谷家ファンからのメッセージ」とある。また、今作においても「板谷家ファンの矢井田瞳です」と書かれている。
- ^ 必勝パチスロ虎の巻『バカの瞬発力』第40回より。
- ^ 必勝パチスロ虎の巻『バカの瞬発力』第34回より。
- ^ また、撮影現場にはケンちゃんが勝手についてきたが、ピエールがその強烈なキャラに惚れ込み、急遽出演シーンがつくられたという。
- ^ 必勝パチスロ虎の巻『バカの瞬発力』第28回より。

