ゲオルク (ザクセン=アルテンブルク公)

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ザクセン=アルテンブルク公ゲオルク、1820年頃

ゲオルク・カール・フリードリヒ・フランツ(ドイツ語Georg Karl Friedrich Franz von Sachsen-Altenburg, 1796年7月24日 - 1853年8月3日)は、ザクセン=アルテンブルク公(在位:1848年 - 1853年)。

ザクセン=ヒルトブルクハウゼン公(1826年よりザクセン=アルテンブルク公)フリードリヒとその妃でメクレンブルク=シュトレーリッツ大公カール2世の娘であるシャルロッテの間の四男、事実上の次男として生まれた。1848年革命の煽りを受けて退位した兄ヨーゼフの後を継いで、ザクセン=アルテンブルク公となった。

子女[編集]

ゲオルクは1825年10月7日、メクレンブルク=シュヴェリーン大公世子フリードリヒ・ルートヴィヒの娘マリーと結婚し、間に3人の息子をもうけた。

先代:
ヨーゼフ
ザクセン=アルテンブルク公
1848年 - 1853年
次代:
エルンスト1世