ケルチ海峡

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ケルチ海峡の位置
ケルチ海峡の衛星写真
『ケルチの眺め』
(1839年、イヴァン・アイヴァゾフスキー画)

ケルチ海峡(ケルチかいきょう、ロシア語: Керченский пролив キェールチェンスキイ・プラリーフウクライナ語:Керченська протока ケールチェンスィカ・プロトーカ)は、黒海アゾフ海を結ぶ海峡である。西はウクライナ領のクリミア半島、東にはロシア連邦タマン半島がある。クリミア半島は現在ロシア連邦が実効支配している。

概要[編集]

主要港には、ケルチノヴォロシイスクなどがある。

紀元前438年には、この一帯にギリシア植民都市の発展したボスポロス王国が成立している。

連絡橋[編集]

独ソ戦時にコーカサスへ侵攻するナチス・ドイツが1943年に建設を開始し、ソ連が完成させたものの、1945年に崩落した。ロシアはかつてウクライナと架橋に合意したものの、2014年に制圧したクリミアの実効支配を強めるため、渋滞が慢性化しているフェリー航路に代わる全長6kmの鉄道・道路併設橋の建設事業を独自に着手した。2300億ルーブルを投じて2018年末までの完成を目指すが、独ソ戦時の地雷により工期延長や費用増加が懸念されている[1]

国境紛争[編集]

1991年のソビエト連邦解体後、ロシア連邦とウクライナの間での国境紛争が発生した。1997年には両国間で友好条約が結ばれ、海峡にあるトゥーズラ島はウクライナ領と認められた。しかし海峡の主要な航路を実効支配するウクライナに対してロシア側は不満を強め、2003年にはロシア連邦がトゥーズラ島に堤防を建設しようとしたためウクライナ側が軍を派遣するなど問題になった(トゥーズラ岬の紛争[2]

2010年4月25日、ロシアのドミトリー・メドヴェージェフ大統領とウクライナのヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領はケルチ海峡に橋を建設する合意書に署名[3]。2012年7月12日にはウラジミール・プーチン大統領がヤヌコーヴィチと会談し、トゥーズラ島の領有権がウクライナ側にあることを再確認し、海峡における船舶の通航をロシアとウクライナの両国で共同管理することで合意に達した[4]

脚注[編集]