ケニー・ペリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ケニー・ペリー
Kenny Perry Golf pictogram.svg
Kennyperry.jpg
基本情報
生年月日 1960年8月10日(53歳)
出身地 アメリカ・ケンタッキー州
エリザベスタウン
身長 188cm
体重 100kg
利き手
プロ転向 1982年
成績
優勝回数 米国ツアー・14勝
初優勝 1991年メモリアル・トーナメント
世界ランク最高位 4位(2009年)
賞金ランク最高位 5位(2008年)
テンプレートを表示

ケニー・ペリーKenny Perry, 1960年8月10日 - )は、アメリカケンタッキー州エリザベスタウン出身の男子プロゴルファー1996年全米プロゴルフ選手権2009年マスターズで、メジャー大会に2度の2位がある。彼はこれまでにアメリカPGAツアーで14勝を挙げているが、そのうち41歳を過ぎてから11勝しており、男子プロゴルフ界でも遅咲きタイプの選手として知られる。身長188cm、体重100kgの大柄な体格である。

ペリーは父親の勧めで7歳からゴルフを始め、西ケンタッキー大学を経て1982年にプロ入りした。1987年からPGAツアーのメンバーになり、1991年5月の「メモリアル・トーナメント」でツアー初優勝を果たす。それから1994年の「ニューイングランド・クラシック」と1995年の「ボブ・ホープ・クライスラー・クラシック」で優勝した。1996年全米プロゴルフ選手権で、ペリーに最初のチャンスが訪れる。開催コースは、ペリーの故郷の地であるケンタッキー州ルイビルの「バルハラ・ゴルフクラブ」(パー72)であった。ペリーとマーク・ブルックスの2人が 11 アンダーパー(-11, 277ストローク)で並び、優勝争いはプレーオフにもつれこんだ。14番ホールに移ったプレーオフの1ホール目で、ペリーはブルックスに敗れ、ここでメジャー優勝のチャンスを逃した。

ブルックスにプレーオフで敗れた後、ペリーは長い低迷期を迎えた。41歳の誕生日の2日後、2001年8月12日に「ビュイック・オープン」で6年ぶりのツアー4勝目を挙げる。2003年、ペリーは43歳で年間3勝を獲得し、5月末の「バンク・オブ・アメリカ・コロニアル」と「メモリアル・トーナメント」で2週連続優勝を達成した。その勢いに乗り、全米オープンで3位に入賞する。続いて7月中旬の「グレーター・ミルウォーキー・オープン」でシーズン3勝目を挙げ、全英オープンでも8位に入った。こうしてペリーは2003年度のツアー賞金ランキングで6位に入り、世界ランキングも8位に上昇して、43歳にして初の世界トップ10入りを果たした。

その後もペリーは遅咲き選手として優勝を積み重ね、2005年に年間2勝、2008年に3勝を記録した。2009年マスターズで、ペリーに13年ぶりのチャンスが訪れた。4月12日の最終ラウンドで、ペリーはアンヘル・カブレラアルゼンチン)と一緒に最終組を回り、16番ホールまで単独首位に立っていたが、17番・18番ホールで連続ボギーをたたいてしまう。その結果、ペリーとカブレラとチャド・キャンベルアメリカ)の3人が 12 アンダーパー(-12, 276ストローク)で並び、優勝争いはプレーオフにもつれ込んだ。プレーオフ最初のホールは18番で行われ、まずキャンベルがボギーで脱落する。2ホール目は10番に移り、ここでペリーは第2打のミスによりボギーとしたため、パーで終了したカブレラにマスターズ優勝をさらわれた。ブルックスに敗れた13年前の全米プロゴルフ選手権に続き、またもペリーはプレーオフでつまずき、48歳8か月でメジャー大会最年長優勝者になるチャンスを逃した。2009年度は、2月初頭の「FBRオープン」と6月末の「トラベラーズ選手権」で2勝を挙げている。

ツアー優勝歴[編集]

PGAツアー(14勝)[編集]

チャンピオンズツアー(6勝)[編集]

外部リンク[編集]