キャサリン (ケンブリッジ公爵夫人)

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キャサリン
Catherine
ケンブリッジ公爵夫人
2011

出生 1982年1月9日(30歳)
 イングランドバークシャーレディング王立バークシャー病院
実名 Catherine Elizabeth
王室 ウィンザー家
父親 マイケル・フランシス・ミドルトン
母親 キャロル・エリザベス・ミドルトン
配偶者 ケンブリッジ公爵ウィリアム
信仰 キリスト教イングランド国教会
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ケンブリッジ公爵夫人キャサリンCatherine, Duchess of Cambridge, 旧名:キャサリン(ケイト)・エリザベス・ミドルトン Catherine "Kate" Elizabeth Middleton, 1982年1月9日 - )は、イギリス王室のケンブリッジ公ウィリアム王子の配偶者。同王子との成婚に際し、ケンブリッジ公爵夫人の称号を授かる。敬称は殿下(Her Royal Highness)。

ケイトキャサリン愛称(短縮形)であるが、ウィリアムの恋人としてメディアに取り上げられるまで家族、友人からケイトと呼ばれたことはなかった[1]

目次

[編集] 生い立ち

1982年1月9日レディングの王立バークシャー病院で生まれた。父のマイケル・フランシス・ミドルトン(1949年6月23日生)は英国航空においてディスパッチャーとして、母のキャロル・エリザベス(旧姓:ゴールドスミス、1955年1月31日生)は客室乗務員として勤務していた際に二人は出会い[2]バッキンガムシャードーニー教区教会で1980年6月21日に結婚した。 マイケルの父はパイロット、その先は数代にわたってリーズ事務弁護士であり中流階級に属していた。曾祖母のオリヴィアの実家であるラプトン家は羊毛商を営んでおりトーマス・フェアファクスを祖とするリーズの名家である[3] 。母方の祖父母はそれぞれ工員と炭鉱夫の家系で労働者階級に属していた[4]。そのために、ウィリアムとの結婚では、誇張気味に「炭坑から王室へ」などと報じられた[5]

英国航空を退職したミドルトン夫妻は1987年に玩具・パーティー用品の通信販売会社「パーティ・ピーシーズ」を設立した[6]。会社は成功をおさめ一家は富豪となった[3] 。ケイトの兄弟にはフィリッパ・シャーロット(1983年生)[7]、ジェームズ・ウィリアム(1987年生)がいる[8]。妹のピッパ・ミドルトンエジンバラ大学卒業生)もケイトとの関係と彼女自身のライフスタイルへの関心からプレス報道を受けた[9]

ケイトはバークシャーで育ち[10]、マールボロ・カレッジを卒業した後セント・アンドルーズ大学に入学した。大学で美術史の学位を取得後、ファッションブランド「ジグソー」のアクセサリー部門のバイヤーをしていたが、2007年に写真家になるためにその職を辞めたと報じられた[11]

[編集] ウィリアム王子との交際

イギリス王室
Badge of the House of Windsor.svg

エリザベス2世
エディンバラ公爵フィリップ


セント・アンドルーズ大学で、学友としてウィリアム王子と知り合う[12]。大学内で開かれたファッションショーにモデルとして出演したケイトにウィリアムが一目惚れし、ルームメイトだったこともあり、親しく交際が始まった。在学中に他の友人も交えた共同生活で絆を深めた[13]

ずっと交際の噂はあったものの、2人の関係が公になったのは、2004年頃で、ウィンザー家毎年恒例のスキー旅行にケイトが同行したことで、「未来のプリンセス」として取り上げられた[13]

2007年1月ごろ、イギリスメディアがケイトの誕生日の9日にウィリアムがプロポーズし、婚約するという報道を行った。この頃から報道合戦が過熱し、パパラッチが問題視され、報道規制がかけられる事態となった[14]

2007年4月14日、英大衆紙「サン」はウィリアムとケイトの関係が突如破局したと報じた[15]。理由に関しては定かではないが、BBCの王室担当記者は「2人の仲は問題はないように思えたので驚きだ」と語り、「王子は結婚はまだ早すぎると話していたが、王子の決断というよりは2人で合意したことだろう」と指摘した。一部メディアは破局の一因としてパパラッチの問題や[16]、中流階級であるケイトおよびケイトの母親の言動を挙げ、階級差を指摘し王室に相応しくないと報じるマスコミの存在を指摘している[13]

英大衆紙『News of the World』は、エリザベス女王が「(結婚の意思がないのなら)急ぐべきでない。ダイアナ妃の二の舞になる事を望んでいない」とウィリアムに対し忠告したと報じている。

2007年6月24日付けの英大衆紙「メール・オン・サンデー」がウィリアム王子との復縁を報じる[17]7月1日に行われたウィリアムとヘンリー王子主催のダイアナ妃の追悼コンサートに姿を見せた[18]。既に同棲しており2009年には結婚、と伝えるメディアもあるが[14]、公式には復縁の発表はなかった[13]

2010年10月、二人は旅行先のケニアで婚約し、11月16日、王室より正式に公表された。婚約指輪はダイアナ元妃のものであった。

[編集] 結婚

挙式は2011年4月29日ウェストミンスター寺院で行われ、YouTubeでもライブ配信された[19]。花嫁の付き添い人(メイド・オブ・オナー)を務めたのは、妹のピッパ・ミドルトンである[20]。結婚式当日は公休となり、夜にはバッキンガム宮殿で祖母エリザベス女王主催のパーティーが開かれる模様で、各国から王室関係者や著名人などが参加する。日本からも皇太子徳仁親王夫妻が出席する予定であったが、東日本大震災の影響により取り止めとなった。

ケイトが身につけたウェディングドレスはアレキサンダー・マックイーンのサラ・バートンがデザイン[21]。ティアラはエリザベス女王が18才の誕生日のときに父親であるジョージ6世から送られたもので、1936年カルティエがデザインしている。

尚、結婚式で凱旋した馬車1902年製のもので、今回のウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式以前では1981年に王子の両親であるチャールズ王太子ダイアナがこの馬車を使用した。その他のイギリス王室結婚式では1986年にもアンドルー王子セーラもこの馬車を使用している。

バッキンガム宮殿のバルコニーにて(2011年4月29日)
ミドルトン家ケイト(独身時代)の紋章

余談ではあるが、イギリス王室王位継承権を保持する人物が一般家庭出身の女性を妃に娶った例は、1660年ジェームス2世と、庶子から大法官にまで出世したエドワード・ハイド(後のクラレンドン伯爵)の娘であるアン・ハイドとの結婚以来、実に351年ぶりの出来事である[21]

[編集] エピソード(結婚前)

  • 2007年1月に自宅前で駐車違反の切符を切られたが、ウィリアム王子の恋人という立場を悪用することなく素直に受け入れた様子を英大衆紙「デイリー・メール」が報じた[22]
  • 言動の他にファッションも注目を集めており、週刊誌やダブロイド紙、ファッション雑誌などが彼女のファッションを特集記事として掲載している。ケイトのファッションはコンサバでリッチな「スローニー(Sloaney)」といわれるスタイルである[13]

[編集] 日本語伝記

  • 『プリンセス・ケイト 英国王室への道』 中央公論新社、2011年1月 - ISBN 978-4123902908
    クラウディア・ジョセフ/菊池由美・島田楓子・高橋美江・スコジ泉共訳

[編集] 紋章

2011年4月19日、結婚を控え、ミドルトン家の3人の子供に新たに紋章が付与された[23]。青色のリボンは未婚の女性であることを示している。ケイトの弟のジェームズは自分の子孫にこの紋章を継承することができる。結婚後は、この紋章とウィリアム王子の紋章を組み合わせ新たな紋章が作られ、キャサリン妃の紋章となった。

[編集] 脚注

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  1. ^ MSN産経ニュース (2008年5月27日). “「ケイト」ではなく本当は「キャサリン」よ 英王子の恋人ミドルトンさん”. 2008年11月14日閲覧。
  2. ^ wargs.com (2007年). “Ancestry of Kate Middleton”. 2008年11月15日閲覧。
  3. ^ a b “The Leeds connection...”. Yorkshire Evening Post. http://www.yorkshireeveningpost.co.uk/features/The-Leeds-connection.1760281.jp 
  4. ^ Wilson, Christopher (22 December 2006). “Kate, the coal miner's”. Daily Mail. http://www.dailymail.co.uk/femail/article-424446/Kate-coal-miners-girl.html 
  5. ^ 英王子結婚式:受け継いだダイアナDNA - 毎日jp(毎日新聞)
  6. ^ about us”. partypieces.co.uk (2008年). 2008年8月9日閲覧。
  7. ^ thePeerage.com (2007年). “Person Page - 19582”. 2008年11月15日閲覧。
  8. ^ thePeerage.com (2007年). “Person Page - 20281”. 2008年11月15日閲覧。
  9. ^ Nicholl, Katie (21 April 2007). “First Kate, now sister Pippa splits from heir”. Daily Mail. http://www.dailymail.co.uk/news/article-449861/First-Kate-sister-Pippa-splits-heir.html 
  10. ^ Profiles - Kate Middleton”. Hello! (2001年8月). 2008年8月9日閲覧。
  11. ^ VOGUE.com (2007年11月13日). “ケイト・ミドルトンの選択。”. 2008年11月14日閲覧。
  12. ^ asahi.com (2007年1月10日). “英ウィリアム王子、婚約間近?過熱報道に王室ぴりぴり”. 2008年11月14日閲覧。
  13. ^ a b c d e ALL Abouto WEEKENDER (2008年1月30日). “『イギリス、イケメン王子の大恋愛に注目!』出会いは王子の一目惚れ”. 2008年11月17日閲覧。
  14. ^ a b ALL Abouto WEEKENDER (2008年1月30日). “『イギリス、イケメン王子の大恋愛に注目!』どうなる?!7年越し大恋愛の行方!!”. 2008年11月17日閲覧。
  15. ^ AFPBB News (2007年4月14日). “ウィリアム王子が恋人と破局、英大衆紙が報じる - 英国”. 2008年11月14日閲覧。
  16. ^ AFPBB News (2007年1月9日). “ウィリアム王子恋人は「第2のダイアナ」?過熱報道に不安高まる - 英国”. 2008年11月14日閲覧。
  17. ^ AFPBB News (2007年6月24日). “ウィリアム王子、元恋人と「復縁」か”. 2008年11月14日閲覧。
  18. ^ AFPBB News (2007年7月7日). “ウィリアム王子とミドルトンさん、「復縁は確実」と英紙報道”. 2008年11月14日閲覧。
  19. ^ YouTube、29日の英王室結婚式をライブ配信RBB TODAY 2011年4月20日
  20. ^ キャサリン妃の妹、ピッパ・ミドルトンさん「美人!」と人気が急上昇!ヘンリー王子との仲もうわさにシネマ・トゥデイ2011年4月30日
  21. ^ a b “ウィリアム英王子が結婚 パレードに100万人”. 日本経済新聞. (2011年4月29日). http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C9381959FE0EBE2E19D8DE0EBE2E6E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2 2011年4月30日閲覧。 
  22. ^ JAPAN JOURNALS (2007年1月4日). “1/4 将来の「女王」の器量を発揮!?――ケイト・ミドルトン、駐車違反の切符を素直に受け入れ”. 2008年11月14日閲覧。
  23. ^ “ケイトさん一家に紋章付与、ウィリアム英王子との結婚で”. ロイター. (2011年4月20日). http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-20713520110420 2011年4月20日閲覧。 
  24. ^ a b c Royal wedding: Kate Middleton coat of arms unveiled”. BBC News. 2011年4月19日閲覧。
  25. ^ a b c Kate Middleton family gets coat of arms”. The Guardian. 2011年4月19日閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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