グレートタイタン

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グレートタイタンは、

  1. 日本競走馬。下記。
  2. 特撮テレビドラマ『超新星フラッシュマン』に登場した巨大ロボット・タイタンボーイの強化形態。ちなみにタイタンボーイ→グレートタイタンはスーパー戦隊シリーズ最初の「2号ロボ」である。超新星フラッシュマン#メカニックの項を参照。

グレートタイタン
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1975年4月2日
死没 1981年4月26日(7歳没・旧表記)
シンザン
リレントデーター
母の父 カウントオブオナー
生国 日本北海道新冠町
生産 松本和夫
馬主 長底定治郎
調教師 吉田三郎栗東
競走成績
生涯成績 35戦10勝
獲得賞金 2億617万3800円
  

グレートタイタンは、日本競走馬京都記念阪神大賞典金杯(西)愛知杯などを勝った。

[編集] 概要

1977年12月11日阪神競馬場の新馬戦で吉田勝也騎乗でデビューし11着、1978年1月28日の4戦目・未出走未勝利戦で初勝利を挙げる。平場300万下条件戦、山吹賞を連勝し、4歳オープン馬となるが、オープンクラスでは3着、3着、2着と勝ちきれない競馬が続いた。秋には1100万下条件に降格し、清水特別で勝利を挙げて菊花賞に出走するが12着に敗れた。

1979年夏、5歳初戦のジューンステークスを人気薄ながら快勝したものの、続く小倉中京での3戦は勝てず、11月4日京都記念(秋)(この年は阪神競馬場での開催)に出走。稲葉的海(現・調教助手。道路に逃げてきたノボリハウツーを捕獲した人)を鞍上に迎え、52キログラムの軽ハンデもあり2分26秒5のレコード勝ちして初重賞制覇。その後は京阪杯2着を経て、武邦彦を鞍上にして愛知杯金杯(西)を連勝する。しかし、続く中日新聞杯サンケイ大阪杯は1番人気に支持されたものの完敗。オープンレースを挟んで出走した天皇賞(春)に出走したが14着に敗れる。秋になっても朝日チャレンジカップ京都大賞典と連敗する。

1980年11月2日田原成貴との初コンビとなった京都記念(秋)では最後方から一気に追い込み同レースを連覇。天皇賞(秋)は展開の綾により負けたものの、プリテイキャストの大逃げが決まる中、最後方から追い込んで5着に入った。年末の阪神大賞典(この年は京都競馬場での開催)では、タカノカチドキやオーバーレインボーを最後方から追い込み見事に差しきっている。

1981年日経新春杯マイラーズカップ、サンケイ大阪杯と3連敗し、雪辱を目指した天皇賞(春)の直前追い切り中に倒れ、心臓麻痺でそのまま死亡した(この模様を取材で来ていたデイリースポーツのカメラマンが偶然撮影しており、第5回関西写真記者協会賞受賞)。

田原成貴はこの馬を「天まで突き進みそう」、「空気を裂く馬」と表現していた。

[編集] 血統表

グレートタイタン血統  ボワルセル系Plucky Liege4×5=9.38%、Gainsborough5×5=6.25%)

シンザン
1961 鹿毛
*ヒンドスタン
Hindostan
1946 黒鹿毛
Bois Roussel Vatout
Plucky Liege
Sonibai Solario
Udaipur
ハヤノボリ
1949 栗毛
ハヤタケ *セフト
飛竜
第五バツカナムビユーチー *トウルヌソル
バツカナムビユーチー

リレントデーター
1965 黒鹿毛
Count of Honor
1953 黒鹿毛
Count Fleet Reigh Count
Quickly
Honor Bound Bull Dog
Anchors Ahead
*リレントレス
Relentless
1959 黒鹿毛
Determime Alibhai
Koubis
Flor y Flor Gulf Stream
Fineza F-No.3-o

[編集] 参考文献

  • 神戸新聞社史編纂委員会「デイリースポーツ四十年史」『神戸新聞社九十年史』神戸新聞社、1988年