グレゴリー・ジャービス

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グレゴリー・ブルース・ジャービス
Gregory Bruce Jarvis
NASA所属宇宙飛行士
現況 死去
誕生 1944年8月24日
ミシガン州デトロイト
死没 1986年1月28日(41歳)
フロリダ州ケープ・カナベラル
他の職業 技術者
階級 アメリカ空軍大尉
選抜試験 1984年NASA選抜試験
ミッション STS-51-L
記章 STS-51-L-patch-small.png

グレゴリー・ジャービス(Gregory Bruce Jarvis、1944年8月24日-1986年1月28日)は、アメリカ合衆国エンジニア宇宙飛行士アメリカ空軍軍人。

STS-51-L搭乗科学技術者として参加し、チャレンジャー号爆発事故に巻き込まれて死亡した。

経歴[編集]

ミシガン州デトロイトで、父ブルース、母エレンの間に生まれた。妻はMarcia C. Jarvis。

彼は1967年にニューヨーク州立大学バッファロー校から電子工学で学士号を、1969年にはノースイースタン大学から修士号を取得した。同年、アメリカ空軍に入隊して1973年まで従軍し、大尉として除隊した。その後はヒューズ・エアクラフト社で働き、1984年7月にスペースシャトルの搭乗科学技術者に選ばれた。

ニューヨーク州立大学バッファロー校の北キャンパスにある工学部の建物は、ジャービスの死の後に、ジャービス・ホールと改名された。初めは生徒達が建物の壁に「ジャービス・ホール」と記していたが、1987年に正式に認められ落成式が行われた。ジャービス・ホールは主に工学支援サービスに使われている。

ハモサビーチにある記念碑

1990年のテレビ映画『チャレンジャー』では、リチャード・ジェンキンスによって演じられた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]