フリヴニャ
| フリヴニャ | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| гривня | |||||
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| ISO 4217コード | UAH | ||||
| 使用国・地域 | |||||
| インフレ率 | 12.8% (2007年) | ||||
| 情報源 | CIA World Factbook, 2008年 | ||||
| ERM | |||||
| 開始日 | 1996年9月2日 | ||||
| 補助単位 | |||||
| 1/100 | コピーイカ (копійка) | ||||
| 通貨記号 | ₴ U+20B4 | ||||
| 硬貨 | 1・2・5・10・25・50コピーイカ 1フリヴニャ |
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| 紙幣 | 1・2・5・10・20・50・100・200・500フリヴニャ | ||||
| 中央銀行 | ウクライナ国民銀行 | ||||
| ウェブサイト | www.bank.gov.ua | ||||
フリヴニャ(ウクライナ語: гривня、フルィーウニャ、 [ˈɦrɪu̯nʲɑ][1])は、ウクライナの通貨単位。
国際通貨コード(ISO 4217)は「UAH」。ウクライナ語の略称は「грн.(hrn.)」である。
補助単位はコピーイカ(копійка)であり、1フリヴニャ=100コピーイカである。
サインは、「
」か筆記体のキリル文字で「Г」を書き、横に引いた二重線を重ねたものである。
1フリヴニャ=11.2085円[2]。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 20世紀まで
フリヴニャは11世紀にキエフ大公国で通貨として使われていた。これは、ルーシ全体の通貨であったとされる。
フリヴニャはスラヴ語のgrivaから派生している。現在ではフリヴニャは馬のたてがみという意味であるが、もとはサンスクリットに由来する言葉で「首」という意味であった。同様にして、そこからフリヴニャは、金や銀で作られた首の周りに着用される装飾品を指し示すようになり、転じて一定の重さの金塊か銀塊を示すことになった。当時は他にもノガタ、クナ、ベクシャの3つの補助単位が使われていた。ノガタ(nogata)は熊や狼のような大きな動物の毛皮を意味し、クナ(kuna)はテンなどの小動物の毛皮を意味している。最も小さなベクシャ(veksha)はリスの毛皮を意味している。
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キエフ大公国の菱形フリヴニャ。
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ヴォロディーメル1世大公の銀貨。
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ヴォロディーメル1世大公の紋章つきの金貨。
ロシア帝国時代は、ウクライナではカルボーヴァネツィと呼ばれたルーブルが通貨単位として用いられた。ウクライナにおけるルーブリは、それまでのフリヴニャに新たに名称を与えるという形で現れた。のち、ズロトニクなど帝国共通の単位が用いられるようになった。
[編集] ウクライナ内戦期
1917年に成立したウクライナ人民共和国では、共和国成立以前からウクライナ中央ラーダによって新しいウクライナの通貨の選定が行われていた。最初に採用されたのはカルボーヴァネツィで、1917年7月18日に決定された。これは、ロシアの通貨単位ルーブリのウクライナ名がカルボーヴァネツィであったことを考えれば、ウクライナが独自の通貨を定めることにより自国の独自性を強調すると同時に、ロシアとの連携関係も重視していたことを意味していると考えられる。補助単位としてはシャーフが採用され、200シャーフで1カルボーヴァネツィとされた。
しかし、十月革命でボリシェヴィキが政権を奪取すると、それを非難したウクライナとソビエト・ロシアの関係は急激に悪化、ウクライナ・ソビエト戦争が開始された。12月19日には100カルボーヴァネツィに相当する単位としてクピュラが制定された。1918年1月、赤軍によって首都を追われたウクライナ政府はドイツ帝国と同盟することで首都を奪還した。
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ウクライナ人民共和国の100フリヴニャ(表)。
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ウクライナ人民共和国の100フリヴニャ(裏)。
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ウクライナ国の100カルボーヴァネツィ(表)。
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ウクライナ国の100カルボーヴァネツィ(裏)。
こうした中、3月1日には、新たな通貨単位としてフリヴニャが選定された。補助単位としてはシャーフが用いられた。この単位は、100シャーフおよび1/2カルボーヴァネツィに相当するとされ、2、10、100、500、1000、2000フリヴニャ紙幣が発行された。これらは、ドイツで造幣された。
4月のヘーチマンの政変によって成立したウクライナ国では、カルボーヴァネツィとクピュラ、シャーフが基本単位として用いられた。12月にディレクトーリヤが政権を奪取しウクライナ人民共和国を復活させると、基本単位はフリヴニャに置かれた。しかし、1919年10月までカルボーヴァネツィの発行は続けられた。その後、ウクライナ人民共和国は戦争に敗れて壊滅し、政府は海外へ亡命した。
[編集] ソ連時代
ソ連時代、ウクライナではソ連カルボーヴァネツィと呼ばれる通貨が使用されたが、これはソ連全体で言うところのソ連ルーブリと同じものであった。ウクライナ的なフリヴニャは排除され、多くは破棄された。
1941年から1944年のあいだナチス・ドイツによってポーランドからベラルーシ、南ロシアにかけて建国された国家委員会ウクライナ(ライヒスコミッサリアート・ウクライナ)では、ソ連ルーブリにかわってカルボーヴァネツィが通貨単位として採用された。これは、ドイツの撤退と国家委員会の崩壊により廃止され、再びソ連ルーブリに戻された。
[編集] ウクライナの独立時代
ウクライナの独立により、1992年にソ連時代に使用されていたソ連ルーブリにかわって採用されたのがカルボーヴァネツィ(通称クポーン)であった。
しかし、経済の混乱もありこの通貨は一時的単位に終わった。極度のインフレにより流通する通貨の桁は数万から10万にまでなり、1996年には新たな通貨単位フリヴニャへの転換が実行された。それまでの10万カルボヴァーネツィが1フリヴニャに換算され、切り替えは年内に実施された。これは、実質的なデノミネーションであった。なお、補助単位としては1992年よりコピーイカが用いられているが、ロシア系のこの単位のかわりにウクライナ系のシャーフを採用するという動きもあったが、実現されなかった。
2003年には、公募によりフリヴニャのサインが決定された(ページ冒頭の画像参照)。2004年にウクライナ国民銀行が、フリヴニャを示す綴りとして混同されていたгривня(hryvnia)とгривна(hryvna)の語源の公式調査に着手した。その結果、гривна(hryvna)が女性用の装飾品を示していたこと、そしてгривня(hryvnia)が中世に使われていた通貨単位であることが確認され、以後гривня(hryvnia)が、正式名称となった。
| Yahoo!ファイナンスで計算: | 豪ドル 加ドル 瑞フラン ユーロ 英ポンド 香港ドル 日本円 米ドル |
| Googleで計算: | 豪ドル 加ドル 瑞フラン ユーロ 英ポンド 香港ドル 日本円 米ドル |
| サーチナで見る推移: | 日本円 人民元 香港ドル 台湾ドル 米ドル ユーロ 英ポンド |
(Googleのみの計算)
[編集] 紙幣・硬貨
流通している紙幣は、1、2、5、10、20、50、100、200フリヴニャの8種類。流通している硬貨は、1、2、5、10、25、50コピーイカ、1フリヴニャの7種類である。但し、紙幣には新旧大小等、同一価値のものでも数種類あるため、時折混乱のもとになっている。古い紙幣は嫌われ、あまりに古い場合は実質使用できなくなるため、ウクライナ人は手持ちの紙幣のうち古びたものから先に使おうとする傾向があるようである。
ときおり記念メダルも発行されているが、1フリヴニャのものが中心でありあまり高額のものは発行されていないようである。
[編集] 硬貨
| 現在流通中の硬貨[3] | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 画像 | 価値 | 技術的特性 | 説明 | 初造幣 | ||||||
| 裏 | 表 | 長径 (mm) | 厚さ (mm) | 重さ(g) | 合金 | 縁 | 表 | 裏 | ||
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1
コピーイカ |
16 | 1.2 | 1.5 | ステンレス鋼 | 無紋 | 国章 | 価値 | 1992年 | ||
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2
コピーイカ |
17.3 | 1.2 | 0.64ないし1.8 | アルミニウムないしステンレス鋼 | ||||||
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5
コピーイカ |
24 | 1.5 | 4.3 | ステンレス鋼 | 縦溝 | |||||
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10
コピーイカ |
16.3 | 1.25 | 1.7 | 黄銅 ないし アルミニウム青銅 | 縦溝 | 国章 | 価値 | 1992年 | ||
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25
コピーイカ |
20.8 | 1.35 | 2.9 | 縦溝・無紋 | ||||||
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50
コピーイカ |
23 | 1.55 | 4.2 | |||||||
|
1
フリヴニャ |
26 | 1.85 | 7.1ないし6.9 | 銘: ОДНА ГРИВНЯ、造幣年 | ||||||
[編集] 紙幣
[編集] 第1版
| 初発行版[4] | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 画像 | 価値 | 寸法 (mm) | 基色 | 説明 | ||||
| 表 | 裏 | 表 | 裏 | 造幣年 | 開始 | |||
|
1
フリヴニャ |
135 × 70 | 海松色 | ヴォロディーメル1世 | ヘルソネソスの遺跡 | 1992年 | 1996年 9月2日 |
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|
2
フリヴニャ |
小豆色 | ヤロスラウ1世 | 聖ソフィア大聖堂 | |||||
|
5
フリヴニャ |
藍色 | ボフダン・フメリニツキー | 聖イッリャ教会[5] | |||||
|
10
フリヴニャ |
青紫色 | イヴァン・マゼーパ | キエフ洞窟大修道院 | |||||
|
20
フリヴニャ |
鶯茶色 | イヴァン・フランコー | リヴィウ・オペラ劇場 | |||||
[編集] 第2版
| 第二発行版[6] | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 画像 | 価値 | 寸法 (mm) | 基色 | 説明 | ||||
| 表 | 裏 | 表 | 裏 | 造幣年 | 開始 | |||
|
1
フリヴニャ |
133 × 66 | 緑色 | ヴォロディーメル1世 | ヘルソネソスの遺跡 | 1994年 | 1996年 9月2日 |
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|
2
フリヴニャ |
小豆色 | ヤロスラウ1世 | 聖ソフィア大聖堂 | 1995年 | 1997年 9月1日 |
|||
|
5
フリヴニャ |
藍色 | ボフダン・フメリニツキー | 聖イッリャ教会[5] | 1994年 | ||||
|
10
フリヴニャ |
青紫色 | イヴァン・マゼーパ | キエフ洞窟大修道院 | |||||
|
20
フリヴニャ |
茶色 | イヴァン・フランコー | リヴィウ・オペラ劇場 | 1995年 | ||||
|
50
フリヴニャ |
紫色 | ムィハーイロ・フレシェーヴシクィイ | 最高議会の議事堂 | 無記 | 1996年 9月2日 |
|||
|
100
フリヴニャ |
深緑色 | タラス・シェフチェンコ (高齢) | 聖ソフィア大聖堂 | |||||
|
200
フリヴニャ |
青色 | レーシャ・ウクライーンカ | ルーツィク城 | 2001年 8月22日 |
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[編集] 第3版
| 第三発行版[7] | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 画像 | 価値 | 寸法 (mm) | 基色 | 説明 | ||||
| 表 | 裏 | 表 | 裏 | 造幣年 | 開始 | |||
|
1
フリヴニャ |
118 × 63 | 利休鼠色 | ヴォロディーメル1世 | ヴォロディーメル1世のキエフ城 | 2004年 | 2004年 12月1日 |
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|
1
フリヴニャ |
青・黄 | 2006年 | 2006年 5月22日 |
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|
2
フリヴニャ |
小豆色 | ヤロスラウ1世 | 聖ソフィア大聖堂 | 2004年 | 2004年 9月28日 |
|||
|
5
フリヴニャ |
藍色 | ボフダン・フメリニツキー | 聖イッリャ教会[5] | 2004年 6月14日 |
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|
10
フリヴニャ |
124 × 66 | 茜色 | イヴァン・マゼーパ | キエフ洞窟大修道院 | 2004年 11月1日 |
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|
20
フリヴニャ |
130 × 69 | 緑色 | イヴァン・フランコー | リヴィウ・オペラ劇場 | 2003年 | 2003年 12月1日 |
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|
50
フリヴニャ |
136 × 72 | 紫色 | ムィハーイロ・フレシェーヴシクィイ | 中央議会の議事堂 | 2004年 | 2004年 3月29日 |
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|
100
フリヴニャ |
142 × 75 | 淡黄色 | タラス・シェフチェンコ (若齢) | ドニプロ川とウクライナの琵琶法師 | 2005年 | 2006年 2月20日 |
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|
200
フリヴニャ |
148 × 75 | 牡丹色 | レーシャ・ウクライーンカ | ルーツィク城 | 2007年 | 2007年 5月28日 |
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|
500
フリヴニャ |
154 × 75 | 肌色 | フルィホーリイ・スコヴォロダ | キエフ・モフィラ大学 | 2006年 | 2006年 9月15日 |
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[編集] 注
- ^ しばしばロシア語名(гривнаグリーヴナ;grivna)に沿った表記でグリヴナあるいはフリヴナとも書かれるが、ロシア語はウクライナの公用語ではない。
- ^ 2009年1月9日現在。最新の情報についてはリンク参照 1フリヴニャ何円?Yahoo。
- ^ ウクライナ国民銀行(2009年)
- ^ ウクライナ国民銀行(2009年)
- ^ a b c 在スボーチウ村のボフダン・フメリニツキーの菩提寺。
- ^ ウクライナ国民銀行(2009年)
- ^ ウクライナ国民銀行(2009年)
[編集] 外部リンク
フリヴニャはいくら?