グリゴリー・ペトロフスキー (政治家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
グリゴリー・ペトロフスキー, 1937
グリゴリー・イヴァノヴィチ・ペトロフスキー, 1917

グリゴリー・イヴァノヴィチ・ペトロフスキーロシア語: Григорий Иванович Петровский [1]; ウクライナ語: Григорій Іванович Петровський[2], 1878年1月23日 - 1958年1月9日)はウクライナ人革命家[3]。ソ連中央執行委員会議長(1922-1938年)。

経歴[編集]

グリゴリー・ペトロフスキーは、人生の大半を現役の政治家として活動し続けた。彼の政治歴の始まりは、1897年にロシア社会民主労働党へ参加したときである。ボリシェヴィキ派の同志が起訴・追放され始めた1914年11月まで、彼はボリシェヴィキ革命家であった。

十月革命後の1917年11月30日、ペトロフスキーは内務人民委員に任命され、1919年3月1日まで務めた[4]。この職にあって、彼はチェカ活動の監督者であり、また赤色テロの主唱者の一人でもあった。彼はその命令書において「数多くの人質を、ブルジョワジーから取るように。抵抗する場合は、これらの人質はまとめて射殺せよ…。テロの適用に情けは無用である」[5]と書いている。

1922年12月30日、彼はウクライナ共和国代表としてソ連中央執行委員会議長の1人となった。ペトロフスキーは自身のことを国際主義者と見なし、ウクライナ民族主義を否定した[3]。1938年1月12日、ソ連最高会議幹部会副議長に選出されるまで、議長職に留まった。スターリンの大粛清においては、彼は粛清されることはなかったが、コシオールチュバーリ、スホムリン (Sukhomlin) 等の親しい友人の処刑に衝撃を受け、嘆き悲しんだ[6]。ソ連が彼の60歳の誕生日を祝賀した直後、彼はヨシフ・スターリンより尋問された。「我々は君のような人間を撃ち殺してきたが、君は助けられるだろう」と、誰かが言ったのか、と。そして共産党から除名され、ダーチャとアパートを追い出された[7]。仕事のないまま1年が過ぎた後、彼は1940年、モスクワソ連革命博物館館長となり、二度と政界に復帰することはなかった。大祖国戦争中、息子レオニード[8]が戦死した後、獄中の息子ピョートルを釈放するようスターリンに手紙で頼んだ。しかし、彼は間もなく銃殺刑に処された[9]。ペトロフスキーは1958年に死去した。

ペトロフスキーの遺体は、モスクワ(ロシアの首都)のクレムリンの壁近くに埋葬された[3]

遺産[編集]

ドニプロペトロウシク市(過去の名はエカチェリノスラフ)は1926年、ペトロフスキーに因んで改名された[3][10]。何人かのウクライナ人は、1991年ウクライナが独立したことに伴い、市を再改名すべきと考えている[3]

ウクライナの首都キエフにあるペトロフスキーの彫像は、2009年11月末、年1度のホロドモール犠牲者追悼記念日の数日前に取り壊された。ウクライナ大統領ヴィクトル・ユシチェンコは、「ホロドモール犠牲者の記念日に」、ソ連指導者のモニュメント撤去を命じる制令を発している。地元の歴史家たちは、ペトロフスキー及びウクライナ共産党指導者ラーザリ・カガノーヴィチこそが、ウクライナにおけるスターリン政策の主要な実行者と考えている。その他に、例えばホロドモール調査委員会メンバー Vasyl Marochko のような歴史家は、ペトロフスキーは飢餓の広がりを知ったとき、さらなる食料をウクライナに供給するよう、2度に渡りスターリンに嘆願したが、しかしこの要請は無視された、と述べている[3]

脚注[編集]

  1. ^ ラテン文字表記の例: Grigory Ivanovich Petrovsky
  2. ^ ラテン文字表記の例: Hryhoriy Ivanovych Petrovsky
  3. ^ a b c d e f Ukraine tears down controversial statue, BBC News (2009年11月27日付)
  4. ^ http://www.elisanet.fi/daglarsson/dokumentit/sov.htm#LENIN
  5. ^ Jacques Baynac, La terreur sous Lénine, 1975
  6. ^ Roy Medvedev, Let History Judge, 1971(邦訳『共産主義とは何か』三一書房、1973-74年)
  7. ^ Roy Medvedev, Let History Judge, 1971
  8. ^ Leonid
  9. ^ Roy Medvedev, Let History Judge, 1971
  10. ^ The Kravchenko Case: One Man's War Against Stalin by Gary Kern, Enigma Books, 2007, ISBN 1929631731, p.191