グリエルモ9世 (モンフェッラート侯)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
モンフェッラート侯爵グリエルモ9世、マクリーノ・ダルバ画

グリエルモ9世・デル・モンフェッラートGuglielmo IX del Monferrato, 1486年8月10日 - 1518年10月4日)は、イタリアのモンフェッラート侯爵(在位1494年 - 1518年)。

モンフェッラート侯爵ボニファーチョ3世とその妻でセルビア専制公ステファン・ブランコヴィチの娘であるマリアの間に生まれ、1494年に幼くして侯爵位を継いだ。父に倣って親フランスの立場をとり、アランソン公ルネの娘アンヌを妻に迎えた。2人の結婚式は1508年8月31日にブロワのサン=ソーヴール教会で執り行われている。

1513年のノヴァーラの戦いでは、敗走・退却するフランス軍をスイスミラノ連合軍から守る役目を果たした。スイス人傭兵のおかげでミラノ公に復帰したマッシミリアーノ・スフォルツァは、報復措置を行わない代わり3万スクードの賠償金を支払うようグリエルモ9世に要求した。マッシミリアーノは和平協定を遵守せず、モンフェッラート侯爵領に軍隊を差し向けて多くの都市を掠奪させた。

分家筋のインチーザ侯爵家(Marchesato di Incisa)の当主オッドーネ(Oddone d'Incisa)がモンフェッラート侯爵位を狙っていると知ると、グリエルモはインチーザ・スカパッチーノの町を占領して、オッドーネとその息子のバドーネを処刑し、インチーザ侯爵領を併合しようとした。しかしこの行動はインチーザ侯爵の宗主である神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の厳しい非難を受け、グリエルモはインチーザの併合を諦めざるを得なかった。

子女[編集]

アンヌ・ダランソンとの間に3人の子女をもうけた。

先代:
ボニファーチョ3世
モンフェッラート侯
1494年 - 1518年
次代:
ボニファーチョ4世