グランド・キャニオン
| グランド・キャニオン | |
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グランド・キャニオンを流れるコロラド川
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| 底部標高 | 約2,600フィート (800 m) |
| 長軸全長 | 277マイル (446 km) |
| 幅 | 4から18マイル (6.4から29km) |
| 座標 | 北緯36度06分 西経112度06分 / 北緯36.1度 西経112.1度座標: 北緯36度06分 西経112度06分 / 北緯36.1度 西経112.1度 |
グランド・キャニオン(Grand Canyon)はアメリカ合衆国アリゾナ州北部にある峡谷である。コロラド高原がコロラド川の浸食作用によって削り出された地形であり、先カンブリア時代からペルム紀までの地層の重なりを目の当たりにできるところでもある。地球の歴史を秘めている価値と共に、その雄大な景観から合衆国の初期の国立公園の一つであるグランド・キャニオン国立公園に含まれている。さらに1979年には世界遺産に登録された。
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地理 [編集]
グランドキャニオンの起源は今から7000万年前、この一帯の広い地域がカイバブ・アップリフトとよばれる地殻変動により隆起したことに始まる。
約4000万年前、コロラド川による浸食が始まる。峡谷は500万年前にほぼその全容を現し、現在見られるような峡谷になったのは、約200万年前である。そして今もなお、浸食は続いており、最古でおよそ20億年前の原始生命誕生時の地層を浸食している。
グランドキャニオンの断崖は平均の深さ約1200m、長さ446km、幅6km~29kmに及ぶ。最深地点は1800m。
降雨量はサウス・リム (South Rim) で年間380mm、最深部では年間200mmとなっている。
地質 [編集]
グランドキャニオンがいつ始まったのか、東と西の渓谷は同時に形成されたのかそれとも独立に生まれたのか、などの点に関しては長い議論が続いている。最近の研究では峡谷の起源を500万年から600万年前と概算していたが、新たな手法の適用による詳細な分析の結果、起源はさらに遡ることが示されてきている。 2008年にサイエンス誌に掲載された研究では[1]、渓谷全体の9つの洞窟の壁で見つかった方解石堆積物を分析するためにウラン鉛年代測定法を利用しその起源がそれまでの想定の3倍近い1700万年前であると報告している。さらに2012年には、代表的な岩石の年代測定法である(U-Th)/He法(岩石中のアパタイトが80℃程度に冷えた年代が測定出来る)に2004年に開発された高精度な補正法[2](同30℃程度に冷えた年代まで特定出来る)を適用することで、東西の渓谷はほぼ同時に削られ始めており、その時期はこれまでの想定より遙かに古く7000万年ほど前に遡ることが示された[3]。
この浸食地形は、地球上で最も完全な地質柱状図の一つを成すものである。 グランドキャニオンで代表的な露頭は、インナー渓谷の底の20億年前のビシュヌ片岩から、リムに見られる2億3千万年前のカイバブ石灰岩にわたる。約5億年前の地層と約15億年前の地層の間には約10億年に及ぶ時間のギャップがあり、不整合(en:unconformity)で大規模な地層の浸食が生じたことを示している。 地層の多くは、原初期の北米大陸の辺縁部で、海進と海後を繰り返した海岸としての沼地、 又は砂浜などの海岸の環境において、暖かい浅い海でで堆積した。主な例外として、風成砂丘堆積の豊富な地質学的証拠が含まれているペルム紀ココニーノ砂岩がある。スパイ群などのいくつかの部分も、海洋でない環境で堆積した。
グランドキャニオンの大きな深さと、その殆どが海面下の高さで形成されその層の高さは、(ララミー変動中の)約6500万年前から始まったコロラド高原の5,000~10,000フィート(1500~3000メートル)の隆起に起因することができる。この隆起は、コロラド川とその支流の傾斜勾配を急峻化している。その傾斜勾配は、今度はその流れる速度と岩を削る力を増している(現在のコロラド川の標高差について参照)。
氷河期間の気象条件は、コロラド川の排水量を増加させた。原初期のコロラド川は、一層、速く深くその川床を削る結果となった。
カリフォルニア湾が開かれ、河川の最低点となる基準面を低くした時に、530万年前に、コロラド川の基準面と流路は変更された。これにより、浸食の速さが増し、120万年前までにはほぼ全部のグランドキャニオンが現在の深さにまでに達した。峡谷の段丘状の絶壁は、差動的な浸食によって作成された。 300万年前から10万年前の間に、火山活動は、時には完全に川を塞いだ火山灰や溶岩を この地域で堆積させた。これらの火山岩は、峡谷の中で最も新しい。
歴史 [編集]
10500年前には人類がいたと思われ、ネイティブ・アメリカンは少なくとも4000年前にこの地域に住んでいた。
ヨーロッパ人では1540年9月、スペイン領だったこの地域をコンキスタドール、フランシスコ・バスケス・デ・コロナドの命を受けて、金を探していた軍人ガルシア・ロペス・デ・カルデナス (García López de Cárdenas) とその一隊が探検した。3分の1程サウス・リムを下り、水が無くなったために上に戻った。先住のホピ族が金は出ないことを教えたために、彼らは去り、それ以降ヨーロッパ人からは忘れ去られていた。
1869年、アメリカ軍人ジョン・ウェズリー・パウエル (John Wesley Powell) がスペイン領だったこの地域の調査(最初の科学的な調査)のために訪れた。
動植物 [編集]
- 国立公園内には1500種以上の植物、355種の鳥類、89種の哺乳類、47種の爬虫類、9種の両生類、17種もの魚類が確認されている。
- リスなどの哺乳類が走っているのを見かけることもあるが、国立公園内では動物に触ることは禁止されており(罰金250ドル)、また狂犬病にかかっている場合があるため、噛まれたりした場合6時間以内に血清を打たないと死に至ることもある。ただし、餌付け等はなされていないためこちらから手を出さなければ襲い掛かられることはない。
交通 [編集]
ノース・リム (North Rim) とサウス・リム (South Rim) があり、サウス・リムはネバダ州ラスベガスもしくはアリゾナ州フェニックスから車で約5時間の距離にある。
ラスベガスからは飛行機で遊覧飛行しながら行くことも出来て、飛行機やバスを使ったツアーもある。ラスベガスからはシーニック航空やビジョン航空が定期便を運航している。
ロサンゼルスからは飛行機での日帰り観光ツアーが運行。
グランド・キャニオン鉄道 [編集]
アリゾナ州ウィリアムズからグランド・キャニオン鉄道が毎日運行している。
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- 運賃:60~155ドル(大人)
- 1800年代、探鉱者が多く集まった、アニタ鉱山(ウィリアムから45km北)からの運搬用に作られた
- 1899年、源鉱が予想ほど採掘されなかった為、資金難に陥る
- 1901年9月17日、アッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道が買い取り、グランド・キャニオンまでの軌道を設置、旅客鉄道として開通
- 1968年、自動車の普及により、利用者数が減少、サービスの停止
- 1989年9月17日、運行再開
利用した著名人 セオドア・ルーズベルト、フランクリン・ルーズベルト、アイゼンハワー、ビル・ゲイツなど
観光 [編集]
1919年にアメリカの国立公園として指定され、1979年には世界遺産にも登録されたグランドキャニオンは、年間を通してアメリカ人はもとより全世界から多くの観光客が訪れる。その数およそ年間400万人。
グランドキャニオンにはサウスリムとノースリムがあるが、観光の中心となるのはサウスリムで、大部分の観光客が訪れる。観光地周辺は標高2,000m級の高地で、年間を通じて開園されている。ノースリムは標高が2500mほどで、積雪のため冬期は閉鎖される。
サウスリムには、6か所の宿泊施設、ギフトショップ、銀行、郵便局、スーパーマーケット、ビジターセンター、鉄道の駅がある。また、園内を巡回する無料のシャトルバスも3路線走っており、滞在者にとっては便利な足となっている。
対してノースリムは、1か所の宿泊施設しかなく、無料のシャトルバスなどもない。ノースリムが開園している時期(5月~10月頃)には、サウスリムとノースリムを結ぶバスが1日1往復している(有料)。
グランドキャニオンへの観光客は、車を使い陸路で来るか、外国や遠方からの観光客は主にラスベガスから飛行機やバスを使ったツアーに参加するのが一般的である。ラスベガスからグランドキャニオンまでは、陸路で約5時間。飛行機では約1時間で行くことができる。ロサンゼルスからの飛行機も約1時間30分で到着する。
活動 [編集]
主なトレイル [編集]
Corridor trails
- ブライト・エンジェル・トレイル
- ノース・カイバブ・トレイル
- プラトーポイント・トレイル
- リヴァー・トレイル
- サウス・カイバブ・トレイル
参照:en:List of trails in Grand Canyon National Park
谷底のキャンプ場は利用するには届出が必要だが、ピーク時には3ヶ月待ちと言う人気ぶりである。
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古代プエブロ人の穀物倉