グエン・ゴク・ロアン

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グエン・ゴク・ロアン
Nguyễn Ngọc Loan
生誕 1930年12月11日
フランス領インドシナ(現ベトナム)フエ
死没 1998年7月14日(67歳)
アメリカ合衆国ヴァージニア州バーク
所属組織 ベトナム共和国陸軍
最終階級 准将
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グエン・ゴク・ロアンベトナム語: Nguyễn Ngọc Loan, 漢字: 阮玉鸞, 1931年 - 1998年7月14日)は、ベトナム戦争当時の南ベトナム警察庁長官。

経歴[編集]

グエン・ゴク・ロアンはベトナム共和国陸軍士官であった。後にグエン・カオ・キ副大統領の側近となり、警察庁長官を務めた。任官中のベトナム戦争中に起きたテト攻勢の際に、サイゴンにて身柄を確保されたベトコンの兵士を銃で処刑する。

処刑の瞬間を撮影した写真は『サイゴンでの処刑』と題され世界各地に報道され、軍事裁判を行わずに路上で処刑を行ったロアンへ非難が集中した。しかし処刑された兵士は正規の軍人ではない上に、一般市民を虐殺したことが明確であった。 戦時国際法において、このベトコン兵士は戦争犯罪にあたるため処刑は合法だった。

しかしいずれにしても映像、画像の両方で撮影され、世界中へ配信されたこの処刑によりロアンの悪名は高まることとなった。なおこの処刑を行った数か月後、ロアンは機関銃による銃撃により右脚の切断に至る重傷を負う。

1975年4月のサイゴン陥落とともに、グエン・ゴク・ロアンは南ベトナムからアメリカへ亡命した。その後アメリカ政府からの資金援助を受けてワシントンD.C.郊外バージニア州バークのローリング・バレー・モールにてピザレストランを開業した。

しかし1991年に、過去が公に明かにされると仕事は廃業した。写真家エディ・アダムズは、ロアンのピザショップを訪れた際、そのトイレの壁には、「お前が誰かは分かっているんだ、くそったれ(We know who you are, fucker)」という落書きを見たと回想している[1]

ロアンはチュオン・マイという女性と結婚し、5人の子供がいた。1998年7月14日、バージニア州バークで、のため死去した。

捕虜の射殺[編集]

Nuvola apps kview.svg 画像外部リンク
サイゴンでの処刑
Searchtool.svg General Nguyen Ngoc Loan Executing a Viet Cong Prisoner in Saigon[2].

『サイゴンでの処刑』 (General Nguyen Ngoc Loan Executing a Viet Cong Prisoner in Saigon) と題されたこの写真は、1968年2月1日AP通信のエディ・アダムズ(Eddie Adams)によって撮影された。テト攻勢の最中のサイゴンで、グエン・ゴク・ロアンが南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)の士官を処刑している様子を写している。この様子はNBCニュースのカメラにも撮影されたが、アダムズの写真は決定的な印象を残した。

この射殺された士官が何者であるかについてはいまだに議論があり、グエン・ヴァン・レム(阮文歛)もしくはレ・コン・ナであるとされている。両者ともテト攻勢下のサイゴンで戦死したベトコンのメンバーで、双方の遺族とも、各々がこの写真の人物に酷似しており、断定はできないと証言した。

捕えられたグエン・ヴァン・レムはベトナム共和国警察庁長官グエン・ゴク・ロアンの前に引き出された。ロアンは個人所有していた回転式拳銃S&W M38[3]を引き抜き、その場で彼を射殺した。その光景は、目の前にいたAP通信カメラマンのエディ・アダムズ及びNBCニュースのテレビカメラマンらによって撮影された。写真と映像は全世界に配信され、反戦運動に勢いを与え、ベトナム戦争への介入に対するアメリカ世論に多大な影響を与えることになった[4]。 エディ・アダムズはこの写真で1969年度のピュリッツァー賞を獲得した。写真を見たオーストラリア出身の従軍記者パット・バージェスは再び戦場へと戻ったという[5]

南ベトナム側の発表によると、レムはその日に南ベトナムの警察官やその家族を殺害したベトコンの死の部隊の指揮官であり、レムが逮捕されたのは、34体もの縛られ射殺された警察官とその親族の遺体が放置された溝の付近であったという。しかもそれらの犠牲者には、ロアンが名付けた子6名など、ロアンの副官と親友の家族たちも含まれていたということだった。カメラマンのアダムズは南ベトナム側の説明を確認したが、彼は処刑のために居合わせただけだった。レムの未亡人は、夫がベトコンのメンバーであり、テト攻勢が始まってから夫の姿を見ていないことを認めた。処刑の直後、処刑に立ち会わなかった南ベトナム政府高官は、レムはただの政治的スパイだったと発言した[6]

エディ・アダムズはこの写真(『サイゴンでの処刑』)で1969年度ピューリッツァー賞 ニュース速報写真部門を受賞したが、にも関わらずアダムズは後にその引き起こした衝撃を後悔していると語った。この写真は反戦のアイコンとなった。ロアンと有名になってしまった自身の写真について、アダムズは後にタイム誌で以下のように述べている。

将軍はベトコンを殺した。私はカメラで将軍を殺した。スチール写真は世界で最も強力な武器だ。人々はそれを信じるが、たとえ手を加えてなどいなくても、写真は嘘をつく。写っているのは真実の半面だけだ。あの写真はこうは言わなかった。「あの暑い日のあの時あの場所で、あなたが将軍ならどうしただろう? 捕まえたのはいわゆる悪党で、奴は一人か二人か三人の米兵をぶっ殺した後だった。」

The general killed the Viet Cong; I killed the general with my camera. Still photographs are the most powerful weapon in the world. People believe them, but photographs do lie, even without manipulation. They are only half-truths. What the photograph didn't say was, "What would you do if you were the general at that time and place on that hot day, and you caught the so-called bad guy after he blew away one, two or three American soldiers?"[7]

その後アダムズは、自身の写真によってロアンの世評を傷つけたことをロアンとその家族に直接謝罪した。また、その死に際しアダムズは彼を次のように称賛した。

その男は英雄であった。アメリカは涙を流すべきだ。私は人々が彼について何も知らないまま、彼が死にゆくのを見たくはない。

The guy was a hero. America should be crying. I just hate to see him go this way, without people knowing anything about him.[8][9]

出典[編集]

  1. ^ Adams, in documentary en:An Unlikely Weapon (2009), dir. en:Susan Morgan Cooper
  2. ^ Cuộc chiến Việt Nam”. BBC. 2011年4月25日閲覧。
  3. '^ Buckley, Tom. "Portrait of an Aging Despot", Harpers magazine April 1972, Page 69
  4. ^ “Nguyen Ngoc Loan, 67, Dies; Executed Viet Cong Prisoner”. New York Times. (1998年7月16日). http://www.nytimes.com/1998/07/16/world/nguyen-ngoc-loan-67-dies-executed-viet-cong-prisoner.html 2009年5月7日閲覧. "But when Brig. Gen. Nguyen Ngoc Loan raised his pistol on Feb. 1, 1968, extended his arm and fired a bullet through the head of the prisoner, who stood with his hands tied behind his back, the general did so in full view of an NBC cameraman and an Associated Press photographer." 
  5. ^ Lucas, Dean (2007年2月17日). “Famous Pictures Magazine - Vietnam Execution (HTML)”. Famous Pictures Magazine. 2007年7月21日閲覧。
  6. ^ Vietnam Studies: Law at War: Vietnam 1964-1973, Major General George S. Prugh, , , US Army Center of Military History, 1975
  7. ^ Adams, Eddie (1998年7月27日). “Eulogy”. Time Magazine. http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,988783,00.html 2009年5月7日閲覧。 
  8. ^ Image Canon - Historic Images
  9. ^ http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,988783,00.html

外部リンク[編集]