クンドゥーズ
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| クンドゥーズ قندوز |
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|---|---|
クンドゥーズ郊外 |
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| 座標 : 北緯36度43分48秒 東経68度51分36秒 / 北緯36.73000度 東経68.86000度 | |
| 行政 | |
| 国 | アフガニスタン |
| 州 | クンドゥーズ州 |
| クンドゥーズ قندوز |
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クンドゥーズ (ダリー語 :قندوز) は、アフガニスタン北部の都市で、クンドゥーズ州の州都。Kundus、Kundûz、Qonduz、Qondûz、Konduz、Kondûz、Kondoz、Qhunduzなどともアルファベット表記される。幹線道路によって、西のマザーリシャリーフ、南のカーブル、北のタジキスタン国境と結ばれている。人口は264,100人 (2006年の公式推計[1])、マザーリシャリーフに次いでアフガニスタン第5の都市である。位置は36.73°N 68.86°E、標高は海抜397 m。
歴史 [編集]
古代にはドラプサカとして知られ、アレクサンドロス大王がバクトリア遠征の際に訪れた地でもある。
パシュトゥーン人のギルザイ部族長シェール・ハーン・ナーシルの統治の下で、20世紀初頭にはクンドゥーズはアフガニスタンで指折りの豊かな地域に成長した。これは、おもにナーシルが創設したスピンザー・コットン・カンパニー(英語: Spinzar cotton Company)の成功によるものであった。同社は現在も操業を続けている。彼の息子で後継者のグラーム・サルワル・ナーシル(英語: Ghulam Sarwar Nashir)は、グルブッディーン・ヘクマティヤールの初期の有力な後援者であった。 クンドゥーズはターリバーンが最後まで守った主要都市であったが、2001年11月26日に陥落した。陥落前に、5,000人に達するターリバーンとアルカーイダの兵士がパキスタンの飛行機で輸送されるのが複数の目撃者によって報告されている[1][2][3]。
参考資料 [編集]
- ^ Seymour Hersh, The Getaway: Questions surround a secret Pakistani airlift, New Yorker, January 21 2002
- ^ The ‘airlift of evil’, MSNBC, November 2001
- ^ Kunduz celebrates end of siege, BBC News, November 26 2001