クロード・ミシェル・シェーンベルク

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クロード=ミシェル・シェーンベルクClaude-Michel Schönberg, 1944年7月6日, フランスヴァンヌ - )は、フランス出身の音楽プロデューサー、俳優、歌手、作曲家。ポピュラーソングおよびミュージカルなどを手がけ、作詞家アラン・ブーブリル (en) との共作でよく知られている。

代表作には以下のものがある。

生い立ち[編集]

シェーンベルクは当初、音楽プロデューサー兼歌手としてデビューしたが、ミュージカルでもあるフランス初のロック・オペラの「フランス革命 (en)」の曲の大部分を1973年に作曲し、その年その舞台でルイ16世の役を演じた。

1974年にはポピュラーソング "Le Premier Pas" (愛のはじまり) の作詞作曲を手がけた。この曲は100万枚以上のヒットとなり、フランスでその年の売り上げ一位を記録した。この曲のプロデュースはフランク・プゥルセルによる。

その後、自作自演のアルバムを1枚製作したが、1978年ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』をミュージカル化することをアラン・ブーブリルと計画し、その時からミュージカルに専念することを決めた。レ・ミゼラブルはパリのパレ・ド・スポールで1980年に上演され、1985年にはロンドンで、1987年にはブロードウェイで上演され、絶賛を浴びた。ブロードウェイ公演はトニー賞の12部門にノミネートされ、ミュージカル作品賞およびオリジナル楽曲賞を含む8部門を受賞した。

1989年にはシェーンベルクとブーブリルのコンビはレア・サロンガ (en)とジョナサン・プライスを起用した『ミス・サイゴン』でロンドンを席巻した。その後行われたブロードウェイ公演では、1991年4月11日にチケット売り上げが2400億ドルに達し新記録となった[1]。この年のトニー賞ではミュージカル作品賞およびオリジナル楽曲賞を含む10部門にノミネートされた。

1997年にシェーンベルクとブーブリルのコンビは新しいミュージカルマルタン・ゲール (en) をロンドンのプリンス・エドワード・シアター (en) で上演し、この年のローレンス・オリヴィエ賞を受賞した。イギリスとアメリカでツアー公演を行っている。

2001年にはシェーンベルクは初のバレエ「Wuthering Heights (嵐が丘)」を作曲し[2]2002年9月にイギリスのノーザン・バレエ・シアターで上演された。

ミュージカル「パイレート・クイーン」[編集]

シェーンベルクとブーブリルは2006年、「パイレート・クイーン (en)」 という女海賊グレース・オマリー (en) の冒険を描いたミュージカルを発表した。2006年4月5日にブロードウェイ上演に先立つ8週間のトライアウトをシカゴのキャデラック・パレス・シアターで終えたが、上演前にさらにヒルトン・シアターでのプレビューに向けて修正を迫られた。そして2007年4月5日に上演にこぎ着けた。ミス・サイゴンで作詞に加わっていたリチャード・モルトビー・ジュニア (Richard Maltby, Jr.) が脚本と歌詞の修正に加わった。またキャスティングはグラシエラ・ダニエル (Graciela Daniele) が行った。

しかし内容の野蛮さとチケット売り上げの低さから、「パイレート・クイーン」の上演は2007年6月17日に打ち切られた。公演回数は85回でプレビュー公演は32回、結局1800万ドルの赤字で、商業的にはブロードウェイ史上最悪の失敗となった。オリジナル・キャストによる録音は2007年7月3日にリリースされた。

「パイレート・クイーン」後の新作など[編集]

2005年10月8日には、「レ・ミゼラブル」の20周年記念公演がロンドンで行われた。ブロードウェイでの上演は2003年5月18日に終了していていたが、その上演期間の長さは「キャッツ」、「オペラ座の怪人」に続いて第3位の記録を保持している。シェーンベルクは現在、ブロードウェイのブロードハースト・シアター (en) で6ヶ月間の上演予定の「レ・ミゼラブル」の監督を行っている (後に延長が決まった)。

「パイレート・クイーン」に続くシェーンベルクとブーブリルの共作「マルグリット (en)」では、作曲にはミシェル・ルグラン、作詞にはブーブリルとハーバート・クレッツマー (en) と起用している。「マルグリット」は小デュマの「椿姫」を下敷きにしており、第二次世界大戦中でドイツ占領下のパリを舞台として、上流階級のドイツ将校の妻が、半分ほどの年齢の音楽家と恋に落ちる、というストーリーである。初演は2008年5月6日にロンドンのロイヤル・ヘイマーケット・シアター (en) で行われ、11月1日まで上演が続いた[3]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ニュースサイトの記事
  2. ^ ノーザン・バレエ・シアターでの紹介ページ
  3. ^ ニューヨーク・タイムズの記事

外部リンク[編集]