クロスレイ (高速輸送艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Insert image here.svg
艦歴
発注
起工 1943年10月16日
進水 1944年2月12日
就役 1944年10月22日
退役 1946年11月15日
その後 動力ハルクとしてエクアドルに売却
除籍 1960年6月1日
性能諸元
排水量 1,400トン
全長 306 ft (93 m)
全幅 37 ft (11 m)
吃水 12 ft 7 in (4 m)
機関 バブコック・アンド・ウィルコックス式ボイラー2基
GE製エレクトリック・タービン2基
2軸推進、12,000 shp
最大速 23.6ノット (27.2 mph; 43.7 km/h)
航続距離 6,000カイリ (12ノット時)
乗員 士官12-15名、兵員189-192名
兵装 38口径5インチ両用砲1門
連装40mm砲3基
単装20mm砲6基
爆雷投下軌条2軌

クロスレイ (USS Crosley, APD-87) は、アメリカ海軍高速輸送艦クロスレイ級高速輸送艦のネームシップ。艦名はウォルター・S・クロスレイに因む。

艦歴[編集]

クロスレイは1943年10月16日にラッデロウ級護衛駆逐艦の1隻 (DE-226) としてフィラデルフィア海軍造船所で起工する。1944年2月12日にW・S・クロスレイ夫人によって命名、進水し、建造途中で高速輸送艦へ転換、1944年10月22日に就役した。

就役後1944年12月21日にノーフォーク海軍造船所を出航、1945年1月16日に真珠湾に到着する。翌月は水中破壊チームと共に訓練を行い、続いて2月14日にサンペドロ湾に向けて出航、3月4日に到着する。同湾で沖縄侵攻のリハーサルに参加した。作戦1週間前には第17水中破壊チームの母船として指定される。作戦は4月1日に開始し、クロスレイは海岸線の偵察巡航を担当した。4月2日、ディカーソン (USS Dickerson, APD-21) が特攻機の攻撃を受け、クロスレイは犠牲者の救助を支援した。4月12日にはホワイトハースト (USS Whitehurst, DE-634) も同様の攻撃を受け、同艦を支援する。4月20日から6月7日まで、クロスレイは沖縄とウルシー環礁レイテ島間の船団護衛に従事した。

終戦後、クロスレイはレイテ島から韓国の占領を担当する第40歩兵師団を8月28日に仁川へ送り届けた。その後は仁川港でパイロット艦としての任務に従事し、続いて陸軍の兵士を釜山へ輸送した。10月3日、釜山港を巡航中に破損した帆船を発見する。同船には抑留を免れようとする元日本兵45名が乗船していた。クロスレイは同海域に留まって兵員輸送を担当し、1946年3月29日に帰国の途に就いた。

クロスレイは1946年11月15日にフロリダ州グリーンケーヴスプリングスで退役し、大西洋予備役艦隊で保管された。1960年6月1日に除籍され、動力ハルクとしてエクアドルに売却された。

外部リンク[編集]