クレオパトラ・テア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クレオパトラ・テア(希:Κλεοπάτρα Θεά、英:Cleopatra Thea、紀元前164年? - 紀元前121年)はセレウコス朝シリアの女王(在位紀元前126年または紀元前125年-紀元前121年)。プトレマイオス朝エジプトのプトレマイオス6世、クレオパトラ2世の娘。シリア王アレクサンドロス1世バラス、デメトリオス2世ニカトル、アンティオコス7世シデテスの妻となる。
生涯 [編集]
紀元前150年、セレウコス朝でデメトリオス1世ソテルとアレクサンドロス1世バラスの王位を巡る内戦が発生すると、プトレマイオス6世はバラスを支援し、娘クレオパトラ・テアと結婚させた。バラスとの子がアンティオコス6世ディオニュソスである。
バラスは勝利したものの、まもなくプトレマイオス6世と対立し、テアは離婚した。バラスはデメトリオス2世ニカトル(同1世の子)に敗北し、テアはニカトルと結婚した(紀元前145年)。ニカトルとの子がセレウコス5世フィロメトル、アンティオコス8世グリュポスである。ニカトルがパルティアとの戦闘で捕虜となってから、ニカトルの弟アンティオコス7世シデテスと結婚し、アンティオコス9世キュジケノスをもうけた。
シデテスがパルティアに殺害されてニカトルが復位するものの、反乱が続き、ニカトルは簒奪者アレクサンドロス2世ザビナスの軍に敗走、妻テアの命令で殺害された(紀元前125年)。
テアは女王として権力を掌握し、息子セレウコス5世フィロメトルを即位させるも、対立し殺害した。フィロメトルに続きアンティオコス8世グリュポスを擁立するが、まもなく対立し、毒殺を図って逆に毒殺された(紀元前121年)。
|
|
|