クリューセース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アガメムノーンに娘の返還を求めるクリューセース。ルーブル美術館所蔵

クリューセース古希: Χρύσης, Chrȳsēs)は、ギリシア神話の人物である。長母音を省略してクリュセスとも表記される。複数の人物が知られており、それらは、

である。以下に順に説明する。

アポローンの神官[編集]

このクリューセースは、クリューセー市のアポローンの神官で、娘クリューセーイスの父。

トロイア戦争の際、娘がギリシア軍の捕虜となったため、クリューセースは身代金を持ってギリシアの陣地を訪れ、娘の解放を乞ったが、クリューセーイスを手放したがらないアガメムノーンは彼を乱暴に追い返した。このためクリューセースはアポローンに祈りを捧げ、ギリシア軍に報復することを願うと、アポローンは怒ってギリシア軍に対し9日間死の矢を降らせ、多くのギリシア兵が疫病で死んだ。アガメムノーンはしぶしぶクリューセーイスを返すことに同意したが、代わりにアキレウスの捕虜ブリーセーイスを奪ったため、怒ったアキレウスは戦場に出ることを拒否した。オデュッセウスが船で娘を返しに来ると、クリューセースはアポローンに犠牲を捧げ、怒りを解くことを願ったので、ギリシア軍は疫病から解放された[1]

クリューセーイスの子[編集]

このクリューセースは、クリューセーイスとアガメムノーンの子。上記のクリューセースの孫にあたる。

ギリシア軍の捕虜になっていたクリューセーイスは解放されて父のもとに返されたとき、すでにアガメムノーンの子を身ごもっており、生まれるとアポローンの子として育てた。

後にタウリストアース王のもとからオレステースイーピゲネイアが逃げてきたとき、クリューセースは自分が彼らと同じアガメムノーンの子であると母から教えられ、オレステースと協力してトアースを殺し、タウリスからアルテミス神像を持ち出し、ミュケーナイに帰ったという。[2]

ミーノースの子[編集]

このクリューセースは、クレータ島の王ミーノースとニュムペーのパレイアとの子で、エウリュメドーン、ネーパリオーン、ピロラーオスと兄弟。パロス島の住人で、ヘーラクレースがパロス島に立ち寄ったときにヘーラクレースの仲間を殺したため、兄弟とともに殺された[3]

ミニュアースの父[編集]

このクリューセースは、シーシュポスの子ハルモスの娘クリューソゴネイアと海神ポセイドーンの子で、ミニュアースの父。プレギュアースの後を継いでオルコメノスの王になった[4]

脚注[編集]

  1. ^ 『イーリアス』1巻。
  2. ^ ヒュギーヌス、121。
  3. ^ アポロドーロス、2巻5・9。
  4. ^ パウサニアス、9巻36・4。

参考文献[編集]