クリスマスツリー
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クリスマスツリー (Christmas Tree) はクリスマスのために飾り付けられた木である。「知恵の樹」の象徴とされる。
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[編集] 概要
クリスマスツリーには常緑の針葉樹(主に幼木)が用いられる。ヨーロッパでは昔から使われてきたヨーロッパモミや入手が容易であることからヨーロッパモミに代わって広く使われるようになったドイツトウヒのほか、コーカサスモミ、ノーブルモミなどが主に使用されるが、日本ではモミが主に使用され、他にエゾマツ・トドマツなども用いられる。北米では主にバルサムモミ、フレーザーモミ、グランディスモミ、ヨーロッパアカマツ、カナダトウヒ、コロラドトウヒ、アメリカトガサワラなどが用いられる。
日本でモミやトドマツがよく用いられるのは、ドイツトウヒの学名がPicea abiesで、この種名abiesがマツ科モミ属の属名Abiesと同一であるために、和訳においてドイツトウヒと日本のモミ属の樹木(モミやトドマツなど)を混同してしまったことによる。ただしエゾマツはドイツトウヒと同じトウヒ属Piceaであり、近縁である。
常緑樹が使われるのは、冬の間も緑を保つため強い生命力の象徴とされたためである。また、『クリスマスの起源』(O.クルマン著)によれば、中世の聖夜の降誕祭の序幕において行われた、アダムとエヴァの堕罪の舞台劇で使われる「知恵の樹(善悪の知識の樹)」として、冬に葉が落ちてしまうリンゴの木の代用に、常緑樹のモミの木が禁断の木の実を飾るために使用されたのが由来ともされる。
ツリーの先端には、キリストの降誕を知らせたベツレヘムの星 (Star of Bethlehem) にちなみ、多くは星が飾られるが、イギリスなどではクリスマス・エンジェルという天使が飾られる。
その他にリンゴ(アダムとイヴが食べた知恵の樹の実を象徴したもの:光沢のある玉になっていることが多い)、キャンディケイン(杖の形をした飴)、ロウソク、金や銀のモール、ポップコーン(糸でつないで飾る)、雪を模した綿など、さまざまなものが飾られる。現代ではロウソクの代わりに、豆電球の飾りを飾る家が多い。
豆電球の配線は、以前は直列に配線されたものが多く、1つ切れると探す手間がかかるものが多かったが、近年では並列に配線されているものが一般的である。LEDを用いたものもある。また、音楽にあわせて点滅するものもある。電飾の色彩もかつては赤青黄緑といった複数色を配置した非常にカラフルなタイプが主流であったが、クリスマスを楽しむ世代が20代カップルにまで広がるにつれ(他、電球からLEDに使用部品がシフトしていくのに合わせる様に)、青一色など単色の電飾タイプが市場の大勢を占めていく変化を見せた。近年では、再び複数色電飾タイプ(但し、こちらもLED使用)が勢力を盛り返してきている。1990年代中期より、光ファイバーを電飾部品に用いたタイプ(光源にモーター稼動する彩色フィルター回転盤を組み合わせる事により、時間経過で一斉に色が変化)も登場し、こちらも定着している。
プラスチック製のクリスマスツリーも存在しており、常緑樹に似せられた緑色のものが一般的である。また、ホワイトクリスマスを連想させる白いプラスチックで作られたものもある。選ぶ手間を防ぐため、飾りつけもツリーと一緒に販売されていることが多い。
[編集] 歴史
クリスマスツリーをクリスマスに飾る風習が最初に記録されたのは1419年、ドイツのフライブルクであった。パン職人の信心会が聖霊救貧院にツリーを飾った。1600年代にはドイツ各地で記録が残されている。ベルリンには1800年頃にツリーが伝わっている。イギリスへはビクトリア女王を通じて伝わった。夫のアルバートがドイツ出身であったため、彼のためにクリスマス・ツリーに飾って見せたところから。アメリカ合衆国で最初のツリーはドイツ移民によって1746年に飾られた(出典:若林ひとみ「クリスマスの文化史」)。
現在では、キリスト教徒が少ない日本のような国でも、この風習は根付いている。ロシアのヨールカは、日本の門松と同じく新年を祝うものだが、クリスマスの時期から飾られ、クリスマスツリーと何ら変わるところはない(参考:ロシアの新年)。
日本では1860年、プロイセンの使節オイレンブルクが公館に初めて飾った。1874年には原胤昭(はら たねあき)により築地大学(明治学院の前身)で行われたクリスマス・パーティーに、日本初のサンタクロースとともに登場している。1885年に横浜で開業した明治屋が、1900年に東京銀座へ進出すると、銀座のクリスマス飾りは広く行われるようになり、同じころには、神戸でクリスマス用品の生産が始まった。日本のクリスマス行事は、1928年の朝日新聞紙上で、「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるほど定着していた。第二次世界大戦中は影を潜めるが、戦後すぐに復活、1948年には東京駅などのクリスマスツリーが、(当時は国営鉄道であったため)宗教活動ではないかと問題にされ、運輸省が「季節的な装飾のひとつで宗教活動ではない」と釈明するひと悶着もあった。現代の日本においては季節的な装飾として定着している。
[編集] 関連項目
[編集] 関連文献
- 若林ひとみ著『クリスマスの文化史』白水社 (2004/11/25)ISBN 4-560-04075-3
- クラウス・クラハト:克美・タテノクラハト共著『クリスマス どうやって日本に定着したか』角川書店(1999年)ISBN 4-04-883598-X
- O.クルマン著『クリスマスの起源』教文館 (2006年)ISBN 4-7642-6023-9

