クリシュナ・プラサド・バッタライ

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クリシュナ・プラサド・バッタライ

クリシュナ・プラサド・バッタライネパール語: कृष्ण प्रसाद भट्टराई: Krishna Prasad Bhattarai1924年12月13日-2011年3月4日)は、ネパール政治家首相を2度務める。

長年、ネパール会議派党首を務める。ネパール会議派の草創期を知る数少ない長老。ネパール共産党毛沢東主義派バブラム・バッタライとは別人物。1990年民主化運動ジャナ・アンドラン)では自宅軟禁され、十分な活動はできなかったが、最終段階で政府と交渉し、複数政党制を勝ち取った。(ただし、パンチャヤット制の廃止には時間がかかった。)チャンド首相に代わり、民主化運動後、国王から首相に任命される。

首相の任期は次の通り。

ネパール会議派の党首を26年近く務めたが、党が王制廃止を方針としたのに反対して2007年9月26日離党している。

先代:
ロケンドラ・バハドゥール・チャンド
ネパールの首相
1990年-1991年
次代:
ギリジャ・プラサド・コイララ
先代:
ギリジャ・プラサド・コイララ
ネパールの首相
1999年-2000年
次代:
ギリジャ・プラサド・コイララ