クリコヴォの戦い
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クリコヴォの戦い(ロシア語:Куликовская битваまたはБитва на Куликовом поле)は、1380年9月8日、モスクワ大公ドミートリー・ドンスコイの率いるルーシ諸侯連合軍が、キプチャク・ハン国のママイ・ハーン部隊とそれに同盟したリトアニア大公国・ルーシ諸侯などの連合軍を破った戦い。
なお、アレクサンドル・ソルジェニーツィンの小説『胴巻のザハール』では地名が「クリーコヴォ」なのか「クリコーヴォ」なのかという問題が出されているが、一般には「クリコーヴォ」を取っている。
[編集] 概要
ロシアの諸国にとって、タタールに対する史上最初の勝利として特筆され、ロシアが「タタールのくびき」から脱却する最初のきっかけになった出来事として評価される。また、この戦いに勝利したことからモスクワ大公国の威信は大いに上がり、同国の勢力拡大に大きな影響を及ぼしモスクワ大公ドミートリーは「ドミートリー・ドンスコイ(「ドン川のドミートリー」の意味)」の称号を得た。
敗れたジョチ・ウルスであったが、その後新たなハンの下で巻き返しに成功し、モスクワ軍を駆逐した。しかし、こうした過程を経て次第にジョチ・ウルスの勢力は減退と分裂を極めていった。この戦いは、以後ロシア人がこの地域に台頭するきっかけとなる歴史的な大事件としてロシア史では半ば伝説的に語られている。