クラ地峡

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タイランド湾とアンダマン海。その間の陸地がクラ地峡

クラ地峡(Kra Isthmus)は、東のタイランド湾と西のアンダマン海に挟まれてマレー半島の最狭部を形成している陸地(地峡)である。右図のBandon Bayから半島を横切るあたり。地峡の東部はタイ、西部はミャンマーマレーシアに属しており、クラ川とサウィ湾を結ぶ最も狭い部分はわずか44km幅しかない。最高点は75mである。

概要[編集]

古くからスズの産地として有名であり、東西交通の要所である。

歴史[編集]

この地域に運河を通す構想が立てられることが昔からしばしばあった。初めて運河建設が言及されたのは1677年であり、その目的はタイからビルマまで船で物資を輸送する際マレー半島周りよりも短いルートを建設することにあった。フランス人技師チームに調査を依頼したものの、当時の技術力ではその計画はあまりに非現実的であった。1793年には、アンダマン海側の防衛を軍がより簡単に行えるようにするためにと、ラーマ1世の弟が計画して一時見直されることもあったが、計画は実現しなかった。19世紀初期には、イギリス東インド会社が運河建設に興味を持った。そこでクラ川河口付近から反対側にあるイギリス植民地付近まで探査が行われたが、結果は否定的なものだった。一番建設実施に近いところまでこぎつけたのは、スエズ運河の建設者レセップスであった。彼は1882年にこの地域を訪問し建設約束を取り付けたが、1897年シンガポール港の優位を維持するため、タイとイギリス帝国は運河をそこで造らないことに同意した。

1973年に、アメリカフランス日本タイの四カ国が合同で原子爆弾による運河開削を提案したが後に中止となった。結局、現在まで運河の開削は行われていない。

現在、マラッカ海峡において海賊の被害が多発しているほか(マラッカ海峡の海賊参照)、増大する船舶による混雑や、年々巨大化するタンカーコンテナ船が海峡の一番狭く浅い部分を通れなくなるなどの問題も出てきており、その対策として再びクラ地峡に運河パイプラインを建設する計画が持ち上がっている。クラ運河が開通すれば東南アジアにおけるシンガポールの重要性が薄れるため、タイ内外の華僑は計画を歓迎していない。

参考文献[編集]

  • Abdullah MT. 2003. Biogeography and variation of Cynopterus brachyotis in Southeast Asia. PhD thesis. The University of Queensland, St Lucia, Australia.
  • Corbet, GB, Hill JE. 1992. The mammals of the Indomalayan region: a systematic review. Oxford University Press, Oxford.
  • Hall LS, Gordon G. Grigg, Craig Moritz, Besar Ketol, Isa Sait, Wahab Marni and M.T. Abdullah. 2004. Biogeography of fruit bats in Southeast Asia. Sarawak Museum Journal LX(81):191-284.
  • Wilson DE, Reeder DM. 2005. Mammal species of the world. Smithsonian Institution Press, Washington DC.

外部リンク[編集]