クラウス・マイネ

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クラウス・マイネ
Klaus Meine
2006年}
2006年
基本情報
ジャンル ヘビーメタルハードロック
職業 歌手ソングライター
担当楽器 ヴォーカルギタータンバリン
活動期間 1965年-現在
レーベル RCAマーキュリーソニーBMG
共同作業者 スコーピオンズアヴァンタジア
著名使用楽器
Dommenget Doublecut "Black Beauty"

クラウス・マイネ (Klaus Meine, 1948年5月25日 - ) は、ドイツ歌手であり、ヘビーメタルバンド、スコーピオンズのヴォーカリストとして知られている。ギタリストのルドルフ・シェンカーと共に、1970年まで加入していなかった事実に関わらず、全てのアルバムに関わったグループ内唯一のメンバーである。

バイオグラフィー[編集]

クラウスは、強いドイツのアクセントと、高音からソフトバラードまで洗練されたユニークなテノールヴォイスでよく知られている[1]

クラウスは、スコーピオンズの曲の歌詞をほとんど書いている。また、彼はハーマン・ラレベル(スコーピオンズの元ドラマー)とも、ヒット曲『ハリケーン』などの数曲の歌詞を共作している。クラウスは、『ウィンド・オブ・チェンジ』や『モーメント・イン・ア・ミリオン・イヤーズ』のような孤独な曲も数曲作っている[2]

1981年、ワールドツアーの後、アルバム『蠍魔宮〜ブラックアウト』のレコーディング中に、クラウスは、きちんと話すことができないほどにまで声を痛めた。クラウスは、医者にこの声の問題のため、別の職業を考えるようにアドバイスされた。しかし、スコーピオンズはこの苦境を共に乗り越え、2回の声帯手術などの治療後に、クラウスの声は回復した。クラウスは、ヒット・パレーダー英語版によって、史上最も偉大なヘビーメタルヴォーカリストの22位にランクされた[3]

1990年には、クラウスはロジャー・ウォーターズの『ザ・ウォール』を演奏する「ライヴ・イン・ベルリン」で演奏した。クラウスはこのパフォーマンスで、ハイライトとなる歌手であった。2000年には、ハノーファー市勲を受賞した[4]。2008年、Dommengetがクラウスの60歳の誕生日に、彼へクラウス・マイネのサイン入りギターをリリースした。ヒューマニティー・ワールドツアーとゲット・ユア・スティング・アンド・ブラックアウト・ワールドツアーでは、クラウスは演奏する際にこのギターを使用した[5]

出典[編集]

外部リンク[編集]