クパン
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| クパン Kota Kupang |
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Kupang lighthouse and Sail Indonesia anchorage |
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| 位置 | |||
| 座標 : 南緯10度9分39.6秒 東経123度35分13.5秒 / 南緯10.161000度 東経123.587083度 | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 州 | 東ヌサ・トゥンガラ州 | ||
| 市 | クパン | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 1,634km2 | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2010年現在) | ||
| 市域 | 450,000人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | インドネシア時間 (UTC+8) | ||
| 夏時間 | なし | ||
| 市外局番 | 0380 | ||
クパン (インドネシア語: Kupang) は、インドネシアの都市。ティモール島の西部(西ティモール)に位置し、東ヌサ・トゥンガラ州の州都。
- 人口:約450,000人
- 位置:南緯10度11分 東経123度35分
空港は、エル・タリ空港 en:El Tari Airport
歴史 [編集]
- オランダやポルトガルの植民地時代には、重要な港として交易が行われた。今でもその痕跡を見ることができる。
- バウンティ号の反乱-ブライ艦長以下19人は救命艇に乗せられて追放され、41日かかりティモール島にたどり着く。
- 太平洋戦争中、1942年から1945年まで日本軍が占領し、ダーウィンへの空襲の拠点とした。
- 20世紀前半、ヨーロッパとオーストラリア間の長距離を飛ぶ飛行機の給油地点であった。東ティモール紛争の間、インドネシア軍、および民兵にとって重要な補給地点であった。