クシシュトフ・ペンデレツキ
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クシシュトフ(またはクリシュトフ)・ペンデレツキ (Krzysztof Penderecki 1933年11月23日 - )ポーランドはクラカウ生まれのユダヤ系の作曲家で指揮者。ポーランド楽派の主要作曲家の1人である。
目次 |
[編集] 作風
ダルムシュタット語法によらない初期の電子音楽における経験から発想されたオーケストラを用いたトーンクラスターや特殊奏法だけの刺激的な音響作曲法に大きな特徴があった。
創作の頂点とされる「ルカ受難曲」やオペラ「ルダンの悪魔」を書き上げた後は新ロマン主義へ傾倒し、作風を古典的なものへ回帰させていった。新ロマン主義へ傾倒してからは、まずショスタコーヴィチの影響を受けたと語っている。ショスタコーヴィチが得意とした引用による影響で、ペンデレツキは自作曲でしばしば自作、他作からの引用を行っている。交響曲第2番はその典型例である。また多くの作品で半音階的な進行を多用することに特徴がある。 主にオーケストラの客演が非常に多く、自作の指揮を手がける傍ら、古典作品も振る指揮者でもある。最近の音楽は「クレード」などのカトリックの宗教音楽が多い。
[編集] 主要曲
[編集] オペラ
[編集] 交響曲
- 交響曲第1番 1973年
- 交響曲第2番「クリスマス」1979-80年 - きよしこの夜などのクリスマス音楽を引用
- 交響曲第3番 1988年-1995年
- 交響曲第4番 「アダージョ」 1989年
- 交響曲第5番 「朝鮮風」1991年-92年
- 交響曲第7番「エルサレムの7つの門」 1996年
- 交響曲第8番「はかなさの歌」 2004年-2005年
[編集] 管弦楽曲
- 放射
- 広島の犠牲者に捧げる哀歌(弦楽合奏)1959-60年
- アナクラシス 1959-60年
- ポリモルフィア 1961年
- 蛍光 1961年
- ヤコブの夢 (1974年)
- デ・ナトゥーラ・ソノリス第1番・第2番
- ヤコブの夢 (1974年)
[編集] 金管と打楽器のための作品
- ダンジガーファンファーレ(2008年)
- 平和のための前奏曲(ワールドオーケストラフォアピース委嘱作品・2009年)
[編集] 協奏曲
[編集] ヴァイオリンと管弦楽のための作品
- ヴァイオリン協奏曲第1番 1976年
- ヴァイオリン協奏曲第2番「メタモルフォーゼン」(1992年-1995年)
- カプリッチョ(1972年)
[編集] チェロと管弦楽のための作品
- チェロ協奏曲第1番 1972年
- チェロ協奏曲第2番 1982年
- 合奏協奏曲 2000年-2001年
- ラルゴ 2003年
- チェロと管弦楽のためのソナタ (1964年)
[編集] その他
- フルートと室内管弦楽のための協奏曲 (1992年)
- ピアノ協奏曲「復活」 2001年-2002年
- ホルン協奏曲「冬の旅」 2008年
[編集] 吹奏楽曲
- ピッツバーグ序曲 (1967年)
- エントラータ (1994年)
- ブルレスケ組曲 (1995年)
[編集] 室内楽曲
- 弦楽四重奏曲第1番 1960年
- 弦楽四重奏曲第2番 1968年
- 弦楽三重奏曲 1991年
- 六重奏曲
[編集] 合唱曲
- ルカ受難曲 (1965年)
- 怒りの日(アウシュヴィッツで殺害された人々の思い出に捧げるオラトリオ) (1967年)
- ウトレンニャ (1971年)
- ポーランド・レクイエム (1980-84年)
- コスモゴニア (1970年)
- 来たれ、創造主(1987年)
- ベネディクトゥス(1993年)
- カディッシュ (2009年)
