クシシュトフ・ザヌッシ

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クシシュトフ・ザヌッシ
Krzysztof Zanussi
クシシュトフ・ザヌッシKrzysztof Zanussi
生年月日 1939年6月17日(75歳)
出生地 ワルシャワ
国籍 ポーランドの旗 ポーランド

クシシュトフ・ザヌッシKrzysztof Zanussi, 1939年6月17日 - )はポーランドワルシャワ出身の映画監督クシシュトフ・ザヌーシとも表記される。

略歴[編集]

ワルシャワ大学物理学を、クラクフのヤゲロニアン大学で哲学を学ぶ。

1950年代後半から短編映画を多数製作し、1969年に『結晶の構造』で長編映画監督デビュー。翌1970年マール・デル・プラタ国際映画祭で脚本賞を受賞する。2作目の『家族生活』(1970年)は翌1971年第24回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品される。3作目の『Iluminacja(照明)』(1973年)は同年のロカルノ国際映画祭でグランプリを受賞した。

1977年の『保護色』は同年のポーランド映画祭でグランプリを受賞。本作はクシシュトフ・キェシロフスキ監督の『アマチュア』(1979年)などと並んで、1970年代後半のポーランド映画界のムーブメントである「モラルの不安の映画」運動の代表作として知られる。本作のようにザヌッシの作品はアンジェイ・ワイダ監督のような政治色の強い作風ではなく、インテリ層の道徳的ジレンマなど個人の視点から社会を切り取ったものが多い。

80年代に入り、1980年の『コンスタンス』で第33回カンヌ国際映画祭審査員賞を、1982年の『Imperatyw(命令)』で第39回ヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞を、1984年の『太陽の年』で第41回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞している。

1992年の『巨人と青年』から3作連続で東京国際映画祭に出品され、1996年の『育ちゆく日々』は第9回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。

近年も2000年の『Zycie jako smiertelna choroba przenoszona droga plciowa』が第22回モスクワ国際映画祭でグランプリを受賞。2005年の『Persona non grata』が第62回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品されるなど、精力的に活動しているが、日本では第10回東京国際映画祭で上映された『ブラザー・アルバート』以降、劇場公開がされていない。

2005年、エレバン国際映画祭で生涯功労賞を受賞。

監督作品[編集]

  • 結晶の構造 Struktura krysztalu(1969年)
  • 家族生活 Życie rodzinne(1970年)
  • Iluminacja(1973年)
  • Bilans kwartalny(1975年)
  • Pittsville - Ein Safe voll Blut(1975年)
  • 保護色 Barwy ochronne(1977年)
  • Spirala(1978年)
  • コンスタンス Constants(1980年)
  • From a Far Country(1981年)
  • Imperatyw(1982年)
  • 太陽の年 Rok spokojnego slonca(1984年)
  • Paradigma(1985年)
  • Wygasle czasy(1987年)ドキュメンタリー
  • 悲愴 Wherever You Are...(1988年)
  • Stan posiadania(1989年)
  • Zycie za zycie(1991年)
  • 巨人と青年 Dotkniecie reki(1992年)
  • 育ちゆく日々 Cwał(1996年)
  • ブラザー・アルバート Our God's Brother(1997年)
  • Zycie jako smiertelna choroba przenoszona droga plciowa(2000年)
  • Suplement(2002年)
  • Persona non grata(2005年)
  • Il sole nero(2007年)
  • Serce na dloni(2008年)
  • Rewizyta(2009年)

外部リンク[編集]