クインシー・オウス=アベイエ

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クインシー・オウス=アベイエ
名前
本名 クインシー・ジェームス・オウス=アベイエ
愛称 クインシー
ラテン文字 Quincy James Owusu-Abeyie
基本情報
国籍 ガーナ
オランダ
生年月日 1986年4月15日(23歳)
出身地 アムステルダム
身長 180cm
体重 74kg
選手情報
在籍チーム カーディフ・シティFC
ポジション CF
背番号 14
利き足 右足
代表歴
2007- ガーナ 7 (1)
2008年4月18日現在
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

クインシー・ジェームス・オウス=アベイエQuincy James Owusu-Abeyie, 1986年4月15日 - )は、ガーナサッカー選手。ポジションはフォワードカーディフ・シティFC所属。

目次

[編集] 人物

U-21オランダ代表 あらゆる世代の大会でゴールを量産してきた。高速のドリブルはティエリ・アンリを彷彿とさせ、また、アシスト能力に優れていることから、デニス・ベルカンプを準えられる。フィジカル面ではエドガー・ダービッツを感じさせる強靱さがある。

[編集] 来歴

アムステルダムに住むガーナ人のもとに生まれる。 アヤックスの有名なユース育成システムで9年間を過ごし、着実に英才教育を身につける。しかし素行の悪さが目立ち、アヤックスを追い出されそうになった2002年ハイバリーでのトライアル中に注目され、同年9月アーセナルへ完全移籍。17歳で、アーセナルのトップチームでデビューする。2003年10月イングランド・リーグカップの対ロザラム・ユナイテッド戦で途中出場。彼は、同大会で2試合に出場。

アーセナルのU-21チーム時代、対ウォルバーハンプトン・ワンダラーズで1人で6得点を決めたという逸話がある。アーセナルではマシュー・コノリーケリー・ギルバートと共にアーセナル関係者が“若手有望株三人衆”と呼んでいた。

FIFA ワールドユース選手権(当時)でU-20日本代表と対戦、その驚異的な身体能力を見せつけた。日本選手が3人がかりでも高速ドリブルを止めることができず、ゴールをアシストしている。日本が彼をノーマークであったのはカテゴリーをステップアップしていたため把握していなかったからだと思われる(ちなみに彼のマークについていたのは中村北斗

2007年1月にオランダ代表入りを断念し、国籍を持つガーナ代表入りを決意した。

2008年1月アフリカネイションズカップにてガーナ代表として初キャップを記録。

[編集] エピソード

  • アーセナル所属時代、チームメイトのアシュリー・コールの車に暴行を働いたり、プライベートでも警察沙汰が絶えなかった。
  • 将来が嘱望されているのにも関わらず、チーム内での評価がいまいちなのは性格に難があるためと思われる。
  • アーセナルのトップチームとの練習試合で彼のマークについていたコロ・トゥーレは「一人で止めるのは無理。潜在的な能力はクリスティアーノ・ロナウドをも凌駕する」と発言。
  • 当時アーセナル所属だったティエリ・アンリに嫌われていた。

[編集] 所属クラブ

ユース
シニア
→2007-2008 スペインの旗セルタ・デ・ビーゴ (loan)
→2008 イングランドの旗バーミンガム・シティ (loan)
→2009 イングランドの旗カーディフ・シティFC (loan)