ギヨーム1世 (エノー伯)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
エノー伯ギヨーム1世

ギヨーム1世(Guillaume I,1286年 - 1337年6月7日)はエノー伯ホラント伯ゼーラント伯でもあった。エノー伯ジャン2世ルクセンブルク伯ハインリヒ5世の娘フィリッパの3男。

兄のジャンが金拍車の戦いで戦死した為後継者に選ばれたが、ブラバント公ジャン2世に襲撃され、領土の大半を奪われ、父も捕虜のまま他界してしまった。即位した年にこれらの領土を奪回、1323年パリで和睦、領有を認められた。一方でイングランド王室とも繋がりがあり、エドワード2世の王妃イザベラの亡命及び挙兵の手助けもしている。この時、イザベラの王太子エドワード3世と娘フィリッパの結婚が約束された。

1337年6月7日、死去。11月に百年戦争が勃発した。

子女[編集]

1305年ヴァロワ伯シャルルの娘で、フランス王フィリップ6世の妹ジャンヌと結婚。

先代:
ジャン2世
エノー伯ホラント伯ゼーラント伯
1304年 - 1337年
次代:
ギヨーム2世