フランス領ギアナ
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| 公用語 | フランス語 | ||||
| 地域圏 | Guyane française | ||||
| 県番号 | 973 | ||||
| 県庁所在地 | カイエンヌ | ||||
| 郡庁所在地 | サン=ロラン=デュ=マロニ |
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| 知事 | アンジュ・マンシニ(Ange Mancini) | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 |
83,534 km² 0.26% |
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| 郡 | 2 | ||||
| 小郡 | 16 | ||||
| 市町村 | 22 | ||||
| 人口
- 人口密度 |
2.3/km² |
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| 通貨 | ユーロ | ||||
| 国際電話番号 | 594 | ||||
| ccTLD | .gf | ||||
フランス領ギアナ(仏: Guyane française)は、南アメリカ北東部に位置するフランスの海外県ならびに海外地域圏(レジオン)。西にスリナム、南と東をブラジルと接し、北は大西洋に面する。面積は北海道とほぼ等しい。県都はカイエンヌ。
目次 |
[編集] 歴史
もともとこの地域には古くから、カリブ族、アラワク族、エメリロン族、ガリビ族、パリクール族、ワヤンピ族(またはオヤンピ族)、ワヤナ族などのアメリカ州の先住民族が居住していた。
1604年にアンリ4世の命を受けたラ・ラヴァルディエールがギアナに港を建設しアマゾンの調査を行った。その後、ギアナに少しずつフランスから入植者が入るようになり、1638年にカイエンヌの町を設立し、1664年から本格的な定住が始まった。1667年のブレダ条約によりギアナをオランダ、イギリスと分割。その後も入植は続いたが風土病で多くの死者を出した。18世紀末に革命直後のフランス立法府はギアナでの流刑地の建設に着手した。19世紀から20世紀半ばまでに政治犯を中心に囚人がギアナに送られ「呪われた土地」あるいは「緑の地獄」などと呼ばれていた。特に沖合いにある流刑島のデビルズ島は、その名のとおり、「悪魔の島」として悪名高い。19世紀に一時ポルトガルに占領されるが、後に返還されフランスがギアナの領有を保っている。1858年から1900年までゴールドラッシュが起こり、2万人以上が黄金を求めてやって来たためギアナの人口は急増した。1946年3月19日に、フランスでの行政上の区分は植民地から海外県に変更された。
[編集] 政治
フランスの海外県(兼レジオン)であり、EU圏内においてヨーロッパ大陸外に位置する最大の地域であり、アフリカ大陸にあるスペインのセウタ、メリリャと並んで、EU圏内で島嶼を除いたヨーロッパ大陸外に位置する三地域の内の一つである。元首はフランス大統領であり、県庁所在地はカイエンヌ。二つの地域に分かれ、19人からなる普通議会と34人からなる地方議会があり、議員は共に選挙によって選出される。
フランス領ギアナは二人の議員 をフランス国民議会に送り、一人はカイエンヌのコミューンと、マコウリアのコミューンを、もう一人は残りのフランス領ギアナの全体を代表している。後者の選挙区はフランス共和国の陸地の中では最も大きい。 フランス領ギアナはまた、フランス元老院に一人の議員を派遣している。
フランス領ギアナは伝統的に保守的だったが、近年社会主義政党が躍進している。多くの住民はより広範な自治を求めているが、完全独立の意志は非常に弱い。[要出典]
フランス領ギアナが慢性的に抱える問題は不法移民と、ブラジルとスリナムからの金の盗掘者の増加である。県とスリナムの国境は熱帯雨林の間を流れるマロニ川で、フランス国家憲兵隊とフランス外人部隊によるパトロールが困難である。 スリナムとの国境線は議論を呼んでいる。
知事はアンジュ・マンシニ(Ange Mancini)。
[編集] 地方行政区分
フランス領のギアナは二つの地域、19のカントン、22のコミューンからなる。
| Arrondissement of Saint-Laurent-du-Maroni |
Arrondissement of Cayenne |
|---|---|
- 主要都市
[編集] 地理
フランス領ギアナは地理的に大きく分けて沿岸部と内陸部の二つに区分される。沿岸部には人口の大多数が居住しており、内陸部には熱帯雨林のために近づきがたい。南緯4度より北は標高100m以下の低地が、それよりも南は丘陵地が広がる。最南部はギアナ高地となっている。中央部を南北に分水嶺が走り、行政区も2つに分かれている。最高峰は、ベルヴューデリーニニ山(851m)。西のスリナムとの国境にはマロニ川、東のブラジルとの国境にはオヤポク川が流れる。また、沿岸部には幾つかの小さな島があり、代表的な島としてはデビルズ島が挙げられる。
[編集] 気候
フランス領ギアナの気候は、ケッペンの気候区分では、Am熱帯モンスーン気候である。降水量は北部ほど多く、4000mmに達する。
[編集] 経済
フランス領ギアナの経済はフランスに大きく依存している。最大の産業は漁業(輸出の3/4を占める)であり、金、木材が続く。
製造業はほとんど存在せず、農業もあまり盛んではないが、主にバナナ、コーヒー、サトウキビ、米などを栽培している。ラム酒、エビ、木材などは有望である。また、観光においては近年特にエコツーリズム産業が発展している。失業率は20%から30%と高い。
赤道に近く、静止軌道の打上げに適した場所であることから、1966年 クールーに建設されたフランス国立宇宙センターの射場・ギアナ宇宙センター(クールー宇宙センター)がある。ギアナ宇宙センター関連の産業がGDPの25%を占め、1,700人を雇用している。
[編集] 交通
開発が遅れているため交通基盤はあまり進んでいない。ロシャンボー空港がある。
[編集] 国民
フランス領ギアナの人口は209,000人であり[1] 、大多数が沿岸部に居住している。センサスによると住民の54.4%がフランス領ギアナ生まれであり、11.8%がフランス本土、5.2%がフランス領カリブ諸島のフランス海外県(グアドループとマルティニーク)であり、28.6%が外国生まれである(特にブラジル、スリナム、ハイチ等[2])
移民は約20,000人ほどだと推測される。
クレオール人とアフリカ系黒人が66%、ヨーロッパ(特にフランス)からの入植者の子孫は12%で、インド人(印僑)が12%、先住民インディオが人口の3-4%、南アメリカの最多民族のマルーン(逃亡奴隷の黒人の子孫)の一族がおり、華人やフランス領インドシナ時代のベトナムやラオスなどからの移住者(ミャオ族)も少数だがいる。 宗教はカトリックが54%を占め、マルーンやインディオには独自宗教を信仰するグループもある。公用語はフランス語でフランス語のクレオール語なども話す。
マルーンは主にマロニ川沿いに居住している。パラマッカ、オカン(スリナムにも居住している)、ボニ(アリュク)などのグループがある。
先住民のインディオのグループとしてはアラワク族、カリブ族、エメリジョン族、ガイビ族(現在はカリーニャ族と呼ばれる)、パリクル族、ワヤンピ族、ワヤナ族など。
| 1790年 推測 |
1839年 推測 |
1857年 推測 |
1891年 推測 |
1946年 センサス |
1954年 センサス |
1961年 センサス |
1967年 センサス |
1974年 センサス |
1982年 センサス |
1990年 センサス |
1999 センサス |
2007年 推測 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 14,520 人 | 20,940人 | 25,561人 | 33,500人 | 25,499 人 | 27,863 人 | 33,505人 | 44,392 人 | 55,125 人 | 73,022 人 | 114,678 人 | 157,213 人 | 209,000 人 |
| 過去のセンサスと INSEE の見積もりからの公式な数値である。 | ||||||||||||
[編集] 脚注
- ^ INSEE, Government of France. ""Estimations de population régionale au 1er janvier 2007"" (フランス語). 2008-01-15 閲覧。
- ^ INSEE, Government of France. ""Migrations (caractéristiques démographiques selon le lieu de naissance)"" (フランス語). 2007-05-04 閲覧。
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ギアナ海外県公式サイト (フランス語)
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