ギャラント (駆逐艦)

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HMS Gallant (H59) IWM FL 22249.jpg
艦歴
発注
起工 1934年9月15日
進水 1935年9月29日
就役 1936年2月25日
その後 1943年9月に海没処分
除籍
性能諸元
排水量 基準:1,350トン
満載:1,854トン
全長 323 ft (98 m)
全幅 33 ft (10 m)
吃水 12.4 ft (3.8 m)
機関 アドミラリティ式重油専焼水管缶 3基
パーソンズ式オール・ギヤードタービン 2基
34,000shp、2軸推進
最大速力 36ノット (66.7 km/h)
航続距離 5,530海里/15ノット
乗員 145名
兵装 Mark IX 4.7in(120mm) 単装砲 4基
12.7mm 4連装機銃 2基
533mm 4連装魚雷発射管 2基
爆雷
爆雷投射機
爆雷投下軌条

ギャラント (HMS Gallant, H59) はイギリス海軍駆逐艦G級

艦歴[編集]

1934年9月15日起工。1935年9月29日進水。1936年2月25日就役。

最初、ギャラントはその同型艦の多くと共にイギリス本国にある第1駆逐群を編成していた。第二次世界大戦開戦はそこで船団護衛などに従事した。

ドイツ軍のノルウェー侵攻(ヴェーザー演習作戦)以降のノルウェー作戦時はギャラントは修理中であったため出撃していない。1940年5月終わりから6月上旬は多くのほかの艦船と共にギャラントもダイナモ作戦に参加した。1940年5月29日、ギャラントはドイツ軍機の攻撃で至近弾を受け損傷した。

1940年7月からギャラントはジブラルタルを拠点とするH部隊の第8駆逐群の一員となった。そこでは数度、マルタへ航空機を送る空母の護衛に従事した。また、1940年10月20日にはジブラルタル東方で駆逐艦グリフィンホットスパーと共同でイタリア潜水艦ラフォーレ (Lafolè) を撃沈した。

スパルティヴェント岬沖海戦の際、ギャラントはイギリス海軍の戦艦や巡洋艦を援護した。1941年初め、ギャラントはマルタへの船団護衛に従事した。1941年1月10日、ギャラントはパンテッレリーア島南西沖で触雷した。航行不能となったギャラントは駆逐艦モホークよってマルタへ曳航された。

そこで損害の大きかったギャラントは座礁させられた。その後ギャラントはマルタで空襲を受けて、全損と判定された。1943年9月にギャラントは防波堤として沈められた。

参考文献[編集]

  • M. J. Whitley: Destroyers of World War Two, Arms and Armour Press, London 1988 ISBN 0853689105

外部リンク[編集]