キンディオ県
| キンディーオ県 Departamento del Quindío |
|||
|---|---|---|---|
| — 県 — | |||
|
|||
| 標語:Joven, Rico y Poderoso (若い、豊かな、そして強い) |
|||
| 賛歌:Himno del Quindío | |||
| 位置図 | |||
| 座標: 北緯41度32分 西経75度42分 / 北緯41.533度 西経75.700度 | |||
| 国 | |||
| 地方 | アンデス地方 | ||
| 設立 | 1966年7月1日 | ||
| 県都 | アルメニア | ||
| 面積 | |||
| - 計 | 1,845km2 (712.4mi2) | ||
| 域内順位 | 31位 | ||
| 人口 (2005年) | |||
| - 計 | 518,691人 | ||
| - 順位 | 22位 | ||
| - 人口密度 | 281.1人/km² (728.1人/mi²) | ||
| 等時帯 | UTC-5 | ||
| ISO 3166コード | CO-NAR | ||
| 郡 | |||
| 基礎自治体 | 12 | ||
| ウェブサイト | www.quindio.gov.co | ||
キンディーオ県(キンディオけん、スペイン語: Departamento del Quindío)は、コロンビアのアンデス地方の県。県都はアルメニア 県内をアンデス山脈が横切っている。品質の良いコーヒープランテーションや、色とりどりの建築物、温和な気候、宿泊施設や観光名所の多様性などで有名。コロンビアでは面積が2番目に狭い県である。
目次 |
概説 [編集]
キンディーオ県コロンビアにある32県の一つで、同国の中西部地方のアンデス地域に位置し、同国のコーヒー産業の中心の1つである。北はリサラルダ県と、南と東はトリーマ県と、そして西はバジェ・デル・カウカ県と隣接する[1]
歴史 [編集]
コロンブス以前の時代には、この地方には、現在のコロンビアに相当する領域で美術的、文化的表現力が最も豊かな先住民グループ(Pijao)の一つキンバージャ族が暮らしていた。
コロンビア国内の東のアマゾン地域と西の太平洋岸地域の中間地帯にあるこの地方は、その時代の人々にとっては交通の要衝として必要不可欠な地域であった。19世紀に、アンティオキアの植民地化と呼ばれた経済進出が、ビエッホ・カルダスとよばれた地域やトリーマ北部、バジェ北部などの地域に到着し、これらの地域に多くの集落が現われはじめ、その中には都市へと変貌するものもあり、たとえば、1889年10月14日にはアルメニアが創設されている。また、この経済植民化の過程において県内の自治体の大半が建設された。
この植民化と共和国の初期の時代に、キンディーオ地域はポパジャン州(Provincia de Popayán)の一部を構成、1857年からはカウカ連邦州(Estado Federal del Cauca)の一部となり、そして1908年にはカルタゴ県(Departamento de Cartago)となったものの、カルダス県への併合によって廃止された[1]。
カルダス県は1905年に創設され、キンディーオ地域の住民は以前の行政的一体性のための併合を求めるデモ行動を行い、その結果1908年8月31日にカルダス県への併合が認められた。コーヒー栽培とコーヒーブームはこの地域に急速な経済発展と人口増加をもたらし、アルメニアはこの地域の重要な都市で、商業の一大中心地へと変貌し、このことによって指導者層の人々は県の創設を求めるようになった。最終的にシルビオ・カバージョスとアンシサル・ロペスの2人の国会議員による交渉が功を奏し、ギジェルモ・レオン・バレンシア政権時代の1966年1月19日にこの請求は認められ、同年7月1日県として設立された。初代県知事にはアンシサル・ロペス・ロペスが就任した[2]。
行政区画 [編集]
| 自治体 | 地図 |
|---|---|
脚注 [編集]
- ^ a b “Quindío (Generalidades)” (español). Biblioteca Luis Ángel Arango. 15 de marzo de 2012閲覧。
- ^ “Historia del departamento” (español). Gobernación del Quindío. 15 de marzo de 2012閲覧。
|
|||||||