キリスト集会
キリスト集会(キリストしゅうかい:Brethren)はプロテスタントの一教派。18世紀以降、イギリスで興った信仰復興運動(リバイバル)、また、同時期にアメリカ・カナダ・アフリカなど世界各地に起こった同様の動きに端を発する。聖職者制度を設けず、宣教師、伝道者、指導者などの立場に関わらず、すべての男性のクリスチャンを「兄弟」、女性のクリスチャンを「姉妹」と呼ぶことから、他教派より「brethren(ブレズレン、ブレザレン、ブラザレン)」、「プリマス・ブレズレン」と呼ばれる。 現在「教会」と訳されているギリシャ語の「エクレシア」(εκκλησία)の意味が本来「集まり、集会」という意味であること、また、「ただ、イエス・キリストの御名のもとに集う集まりである」というスタンスから、その集まりを「教会」と呼ばず「集会」と呼ぶ。教団や中枢本部を置くといった組織形態を拒むが、それぞれ交流は持っている。日本において一般に無教会主義教会以外でキリスト集会と称しているのはほぼこのブレズレン系の教会である。
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[編集] 沿革
日本において、戦前より宣教活動していたものとしては、東京と大阪にあるいくつかの集会、そのほかキリスト同信会がある[1][2]。第2次世界大戦前の宗教団体法により、日本国内では、「日本基督教団」「日本天主公教団」の二つにほとんどの教派は統合されるが、それを拒む[3]。 日本国内において、逮捕されたクリスチャンは3,000人ほどであり、ホーリネス派の信者、無教会派の信者、またキリスト集会という群れに属する信者である。「三位一体の神よりほかに神なしとなし」[4]云々より逮捕されたあと、内村鑑三の無教会派クリスチャンとは異なる群れであることが取り調べの中で判明したため、この当時の司法当局は最終的に「無宗派クリスチャン」という名称を用いている[5]。 戦後については、非組織的、かつ、その宣教師の国籍もアメリカ、カナダ、ドイツ、イギリス、アイルランド、ニュージーランドと多岐にわたるため、沿革を遡るのは困難である。 宗教法人格を有する/しないについても、各々の諸集会によって、見解が異なる(第二次世界大戦中の弾圧の影響が大きい)。比較的規模が大きく、宗教法人格を有しているものに、ドイツ人のブレザレン宣教師ルスコー宣教師の活動から発展して九州で複数の教会に発展し病院を経営している九州キリスト福音フェローシップや、リーベンゼラ宣教団のドイツ人宣教師ゴットホルド・ベック師が日本に入国後、同運動に共鳴しプリマスブラザレンに転向してはじめた吉祥寺キリスト集会を中心とするグループがあるが、他のキリスト集会とは一線を画している。
[編集] 特色
[編集] ○信仰と教理
- 信仰義認-人は、善行や功徳ではなく、ただ神の恵みによるイエス・キリストの十字架の贖いにより、個々の信仰で義とされる(=救われる)。
- 三位一体
- 逐語霊感-聖書66巻はすべて神の霊感によって書かれている。
- 万人祭司-ルターが唱えた万人祭司とは違い、牧師職を否定し、一人の聖職者による牧会は認めない。
- 福音にふさわしく歩むことを心がけるが、キリスト集会としての基準を満たすためには、倫理的に保守的である。
- 歴史観に時代区分(ディスペンセーショナリズム)を、また、終末論は千年王国前再臨説(プレミレニアム)を採るクリスチャンもいる。
- 個々の諸集会の自治を重んずるため、神学において統一した見解を持ち合わせているわけではない。
[編集] ○礼拝と牧会
- 毎週日曜日、聖餐式を行う。この聖餐式を中心とした礼拝を聖書の記述のまま「パン裂き」と呼ぶキリスト集会もある。
- 聖餐式を伴う礼拝は信者を対象としているため、同日、他の時間帯に「伝道集会」もしくは「福音集会」という未信者を対象とした集会を持つ。
- 礼拝プログラムを持たず、男性信者らによって、自由に賛美歌がリクエストされたり、祈り、聖書朗読、説教(キリスト集会では建徳の学びという)がなされる[6]。
- 賛美歌を唄うときはオルガンなどの楽器を使用せず、アカペラで歌う。新約聖書に楽器を使用して賛美歌を唄ったという記述がないから楽器を使用しないという立場である[7]。
- 洗礼は、完全に水に浸す形のバプテスマ(全浸礼)のみを採用している。
- 集会中の女性信徒にかぶりもの(欧米では帽子、日本ではスカーフのような布)を義務付けている。
- 女性信者には聖書からの説教や公の祈りなど、集会中の発言を認めていない。
- 牧師について、教会を人間的に支配する存在として認識しているため[8]、聖職者制度を採らない。
- 教会政治は、男性信徒の中で「複数」の長老を選び、長老主導の牧会が行なわれるが、長老派教会でいう長老制とは違う。
- 牧師を基本的に持たないが、フルタイムの伝道者や宣教師がいる集会では、その人が必然的に牧師的な立場になることが多い。
- エクスクルーシブ派では、基本的に責任者や代表を置かないという立場なので、一人の牧会者に対する依存度は少ないが、社会的には教会としての責任の所在が不明確で、常に他の長老との調整が必要なため、緊急時の教会としての意思決定も迅速には対応できない。
- 様々な教会内の問題が牧師一人に集中してしまうことがないため、相互牧会を行なうのに適している。
[編集] ○その他
- 他プロテスタント諸教派に見られるような神学校等での訓練は、聖書にそのような記述がないことを理由に認めていない。
- 建物(教会堂)についての呼び方は、その多くが「集会」(Assembly)、「集会所」(Assembly)、「福音館」(Gospel hall)などである。日本には、「伝道館」や「○○チャペル」と掲げているキリスト集会もある。
- 個々の群れ(集団)としては教会と名乗らず、集会と名乗る。
- 他のプロテスタント諸教派との違いを強調するが、聖書は福音派と同じものを使用しており、独自の聖書翻訳はしていない。翻訳上、キリスト集会としてふさわしくないとされている部分に関しては、読み替えて使用している。例:「教会→集会」、「牧師→牧者」、「教師→教者」等。
- 建物の内外に十字架を設置することを嫌う。オープン派では例外もある。
- 伝道者や宣教師を含め集会で牧会者の立場にある信徒を「先生」と呼ぶことはしない。
- 流行、また華美を嫌う。信者の髪型、服装については、そのキリスト集会の方針によって注意を受けることがある。
- 戦後の日本では、すぐに放送伝道に着手し、現在も「聖書と福音」がラジオ関西において毎週放送されている。
- 以下のように大きく二つの流れに分けられる。歴史的な対立点としては、終末における信者の携挙が再臨前か後かについてと、他教派の教会やクリスチャンに対する考え方についてである。しかし、実際には現代における各々のキリスト集会にあって、その信徒により考え方がまちまちであるため、グループごとに細かく判別することは困難である。ここでは、あくまで大枠において客観的な洞察にとどめる。
- オープン派(Open Brothren)→他の教派に対して穏健であり、交流も行なっているグループもある。この中にはカリスマ派やペンテコステ派の流れに組するキリスト集会や、ブラザレンの特色を残しつつ「教会」と名乗り、牧師制度を取り入れているキリスト集会もある。イギリスで活躍した信仰者として知られるジョージ・ミュラーはこちらに属する。歴史的にブレザレン系というだけで、すでにその特色を失い、すでにブラザレンを脱している教会もある。
- エクスクルーシブ派(Exclusive Brothren)→他の教派に対して排他的であり、同じ立場をとる集会以外とは、たとえそれがブラザレン同士であっても一切交流を持たない。自分たちの集まりを教派の一つ、またはブレザレン派とも認識しておらず、聖書に忠実な使徒時代からの正統なエクレシア(集会)だと自認しているため、他教派に対しての異端視的な見方が強い[9]。あくまでキリスト中心という理由から、信徒のみの集会でも代表や責任者を置くことを好まない。ここでいうキリスト集会の特色は、ほぼエクスクルーシブ派のことを言っている。
[編集] 脚注
- ^ キリスト同信会『キリスト同信会100年史年表』同信社
- ^ M.L.ヤング『天皇制とキリスト教』燦葉出版社
- ^ この当時の特高警察の記録における日本キリスト教団の「従軍牧師」の報告書等によると、「聖書の言う天地創造の神エホバは実は天照大神のことであって、キリストが神の子であるように天皇陛下は“現人神”であらせられる。そして現実的な救いは、日の出づる国から出現する」云々ということが布教されていた様子である
- ^ 「昭和16年中に於ける社会運動の状況」第十三巻,内務省警保局発行
- ^ 滝川晃一著「雲のごとく」伝道出版社
- ^ 細川勝利著「世界の中の日本の教会」つのぶえ出版
- ^ 「みことば」2011年7月号伝道出版社
- ^ 「集会の真理と行動」伝道出版社
- ^ 「集会の真理と行動」伝道出版社