キャサリン・P・ハイヤー

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キャサリン・パトリシア・ハイヤー
Kathryn Patricia "Kay" Hire
NASA所属宇宙飛行士
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
現況 現役
誕生 1959年8月26日(55歳)
アラバマ州モービル
他の職業 技術者
階級 アメリカ海軍大佐
宇宙滞在期間 15日21時間50分
選抜試験 1994年NASA選抜試験
ミッション STS-90, STS-130
記章 Sts-90-patch.png STS-130 patch.png

キャサリン・P・ハイヤー(Kathryn Patricia "Kay" Hire、1959年8月26日-)は、アラバマ州モービル出身のアメリカ海軍予備軍の軍人、アメリカ航空宇宙局宇宙飛行士である。スペースシャトルで2度宇宙飛行した。趣味はセーリング、スキー、スキューバダイビング、釣り等である。

教育[編集]

キャリア[編集]

海軍[編集]

1982年10月にアメリカ海軍の飛行士の資格を取得すると、ハイヤーはメリーランド州のパタクセント・リバー基地を拠点とするOceanographic Development Squadron Eight (VXN-8) に所属し、世界中で航空部隊による海洋学の調査を行った。プロジェクト・コーディネーター、ミッション・コマンダー、デタッチメント・オフィサーとしてP-3等の航空機に搭乗した。

後にNaval Air Training Unit Matherに配属され、カリフォルニア州マザー空軍基地で後進の指導に当たった。

1989年1月、ハイヤーは軍での常勤の勤務を辞め、フロリダ州ジャクソンビルの予備軍に入った。最初の遠征では、Patrol Squadron Augment Unit VP-0545やAnti-Submarine Warfare Operations Center 0574、0374等に所属した。

1993年にTitle 10 USC combat aircraftへの女性軍人の制限が廃止されると、ハイヤーはアメリカ軍で初めての女性戦闘機搭乗員となり、1993年5月13日にP-3の通信員としてPatrol Squadron Sixty-Two (VP-62)に配属された。VP-62もジャクソンビルを拠点としており、彼女は北大西洋、ヨーロッパ、カリブ海等で日常的な任務に当たった。

彼女は後に空母キティホークに乗り、2001年から2003年には再び国内勤務となり、カリフォルニア州マクディル空軍基地アメリカ中央軍本部のスタッフとして不朽の自由作戦や、第5艦隊のスタッフとしてイラクの自由作戦を支援した。2002年12月1日には、現在の階級であるアメリカ海軍の大佐に昇進した。

NASA[編集]

ハイヤーは1989年5月からケネディ宇宙センターで働き始めた。1991年にはスペースシャトルのテストプロジェクトのエンジニアとなり、船外活動ユニットやロシアの軌道ドッキングシステムの検査を指揮した。1994年にはSpace Shuttle Orbiter Mechanisms and Launch Pad Swing Armsの責任者になった[1][2][3]

1994年12月にはNASAから宇宙飛行士の候補に選ばれ、1995年3月からジョンソン宇宙センターで訓練を行った。1年間の訓練を終え、彼女は通信員として働くようになった。1998年のSTS-90ではミッションスペシャリストとして381時間を宇宙で過ごした。また2010年のSTS-130ではミッションスペシャリストとして国際宇宙ステーションを訪れた。

宇宙飛行経験[編集]

1998年4月17日から5月3日に行われたSTS-90では、スペースシャトルコロンビアで16日間に滞在し、スペースラブ神経系に対する微小重力の影響を調べる26の生物学の実験を行った。STS-90では地球の軌道を256周し、630万マイルを飛行した。

2010年2月8日から2月21日に行われたSTS-130では、ミッションスペシャリストとして国際宇宙ステーションを訪れた。

出典[編集]

外部リンク[編集]