キプリッチ・ヨージェフ

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Flag of Hungary.svg この項目では、ハンガリー語圏の慣習に従い、名前を姓名順で表記していますが、ヨーロッパ風にヨージェフ・キプリッチと表記することもあります。
キプリッチ・ヨージェフ Football pictogram.svg
名前
本名 Kiprich József
愛称 魔術師
カタカナ キプリッチ・ヨージェフ
ラテン文字 Jozsef KIPRICH
基本情報
国籍 ハンガリーの旗 ハンガリー
生年月日 1963年9月6日(50歳)
出身地 タタバーニャ
選手情報
ポジション FW
代表歴
1984-1995 ハンガリーの旗 ハンガリー 70 (28)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

キプリッチ・ヨージェフ(Kiprich József, 1963年9月6日 - )は、ハンガリータタバーニャ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード

経歴[編集]

選手時代[編集]

タタバーニャで生まれ1980年に地元クラブのFCタタバーニャでデビュー。タタバーニャでは9シーズンを過ごし1984-85シーズンに18得点を挙げリーグ得点王となったが、タイトルとは縁が無かった。

1989年オランダフェイエノールトへ移籍し、同年8月20日のフォルトゥナ・シッタート戦でデビュー。エト・デ・フーイヨン・デ・ウォルフらと共にリーグ優勝1回(1993年)、カップ優勝4回(1991年、1992年、1994年、1995年)、スーパーカップ優勝1回(1991年)に貢献した。

1995年からはキプロスAPOELニコシアへ移籍し1995-96シーズンのキプロスリーグでは24試合で25得点を挙げ得点王となりリーグ優勝に貢献。またキプロスカップ決勝ではAEKラルナカを下しリーグと合わせて二冠獲得に貢献した。しかし翌1996-97シーズンは17試合で4得点を記録するに留まり、1997年限りでクラブを退団した。

1997年にオランダのFCデン・ボスで1シーズンの間プレーした後、1998年には自身がデビューしたFCタタバーニャへ復帰。2部リーグへ降格していたクラブを1年で1部リーグ復帰へ導くと、翌1999年からはプレイングマネージャーを務め、2年間過ごした後の2001年に現役を引退した。

ハンガリー代表としては1984年9月26日オーストリア戦でデビュー。1986年ワールドカップ・メキシコ大会では1次リーグのソビエト連邦戦とカナダ戦の2試合に出場した。その後はハンガリーサッカー界は低迷期に入りFIFAワールドカップUEFA欧州選手権への出場は成らず。1995年9月6日トルコ戦を最後に代表から退くまで国際Aマッチ70試合に出場し28得点を挙げた。

引退後[編集]

その後は本格的に指導者としての道を歩み、タタバーニャを退団後の2001年7月ヴァシャシュSCの監督に就任。ルーマニア2部リーグのFCオリンピア・サトゥ・マーレ、やハンガリー国内のクラブチームの監督を歴任し、2005年からは古巣のフェイエノールトのスカウトを務めた。その後は再び指導者の道へ戻り、ウーイペシュトFCU-19チームのコーチを経て、2008年からはジルモートSEの監督を務めている。

所属クラブ[編集]

指導歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 現在のFCタタバーニャ
  2. ^ 現在のFCタタバーニャ

外部リンク[編集]