キッド・マッコイ

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チャールズ・"キッド"・マッコイ
Kid McCoy.jpg
基本情報
本名 ノーマン・セルビー
通称 Kid McCoy
階級 ライトヘビー級
身長 182cm
リーチ 193cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1872年10月13日
出身地 インディアナ州
死没日 1940年4月18日(満67歳没)
プロボクシング戦績
総試合数 106
勝ち 84
KO勝ち 64
敗け 7
引き分け 6
無効試合 9
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チャールズ・"キッド"・マッコイ(Charles "Kid" McCoy、本名:ノーマン・セルビー (Norman Selby)、1872年10月13日 - 1940年4月18日)は、アメリカ合衆国出身の元プロボクサー

漫画「あしたのジョー」で一般に知られるようになったコークスクリュー・ブロー(パンチの当て際に手首を回転させ、抉り込むように打つパンチ)の発案者とも言われる[要出典]。 猫がボールにじゃれているのを見て閃いたといわれているが、キッド・マッコイ自身は奇行の多い人間だったため真相は定かではない。


来歴[編集]

1897年12月17日、ダン・クリードンを15RTKOで倒して初世界タイトルを取得。その後も階級を問わず闘い、1904年には初代世界ライトヘビー級王座をジャック・ルートと争ったが判定で敗れた。翌年引退したがカムバック、その後も引退とカムバックを繰り返した。

優れた技巧派であった反面、一種の奇人で、油断させたるため病身を装ってリングに上がったり、セコンドに画鋲を仕込ませて相手に踏ませたり、試合中に相手に話しかけ、その隙に乗じてパンチを浴びせダウンさせたりなど、反則紛いの変則ファイトでも知られる。私生活でも8回結婚を繰り返したり、同居していた不倫相手を射殺するなど、奇行を繰り返したという。また、1935年には湖に転落した児童6人を救い出した。1940年、睡眠薬の過剰摂取による自殺を遂げた。遺書には「この世は狂っている」と書かれていた。

通算戦績[編集]

106戦84勝(64KO)7敗6引分6無判定試合3無効試合

関連項目[編集]

外部リンク[編集]