ガリヤン

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Gharyan
غريان
Gharian
—  City  —
Gharyanの位置(リビア内)
Gharyan
Gharyan
Location in Libya
座標: 北緯32度10分01秒 東経13度01分00秒 / 北緯32.16694度 東経13.01667度 / 32.16694; 13.01667
リビア
ジャバル・アル・ガルビ県(2007年以前はガリヤン県)
標高 2,274ft (693m)
等時帯 UTC + 2

ガリヤン(Gharyan)、ガルヤーンとも) (アラビア語: غريانĠaryān)は、リビア北西部の都市。ジャバル・アル・ガルビ県に属する。2007年まではガリヤン県の県都だった。トリポリタニアに属し、首都トリポリから南へ113km離れている。ガリヤン山の斜面に位置し、周囲には乾燥した高原が広がる。ナフサ山地東部に位置し、山地西部のナールートと並ぶナフサ山地の中心都市である。住民はベルベル人が多い。トリポリからの高速道路がガリヤン近郊まで通じており、ガリヤンで南へ直進しフェザーン地方のセブハに向かう道と、ナフサ山地上の諸都市を結んでナールートまで延びる道路が分岐する交通の要衝である。

ガリヤンはトリポリから南のフェザーンへのキャラバンがナフサ山地を越える地点にあり、古くから交易で栄えた。1884年オスマン帝国はガリヤンに市長と市評議会を設置した[1]。 20世紀初頭には、ガリヤンはイタリアの侵略に対する抵抗拠点のひとつとなった。1920年代には、イタリア人がトリポリとガリヤン近郊の村の間に長さ90kmの鉄道を敷設したが、第二次世界大戦中にイギリス軍によって破壊された[2]

ガリヤンはこの地方で生産されるイチジクサフラン穀物の集散地であり[3]、これらの生産物は地元での消費用のほか、一部は輸出される。また、ガリヤンは陶器の生産地としても知られており、焼き物はガリヤンの名産品となっている。

ガリヤンには、かつてこの地方の住民が暮らしていた穴居住宅(ダモース)がいくつか残っている。これはベルベル人が夏の暑さと外敵を防ぐために建設したもので、深い縦穴を掘り、そのそこから横に穴を掘り進めて住居としたものであり、チュニジアマトマタにあるものと類似している。

脚注[編集]

  1. ^ Anderson, Lisa (1984) "Nineteenth-Century Reform in Ottoman Libya" International Journal of Middle East Studies, 16(3): pp. 325-348, p. 331
  2. ^ Le ferrovie nell'Africa italiana: aspetti economici, sociali e strategici (in Italian) (PDF)
  3. ^ Anderson, Lisa (1984) "Nineteenth-Century Reform in Ottoman Libya" International Journal of Middle East Studies, 16(3): pp. 325-348, p. 333